第196話

 サイラは本当に勘が良い。……良すぎて、何やら違う不穏まで察知していたかもしれないけど。

 それはそれとして……だ。「気のせいかもしれない」なんて前置きからして、サイラらしくないものだった。それだけ自信が持てないくらいに微かな気配で、そしてそれでも無視できないくらいに不穏に感じたということだろう。

 

 最近知った二組の担任は、薄黄色の髪をした優しげな三十ほどの男だ。そして整った顔の中で、奥が見通せない細められた目に少しの胡散臭さを感じるような、そんな人物でもあった。

 

 僕が感じていた胡散臭さなんて外見的特徴の話以上のものではないけど、サイラが感じた「何か」となると無視はできない。

 

 そんな風に考えて見ていたからだろうか、女子生徒の包囲を脱出したカミーロは、すぐにこちらの視線に気付いて近寄ってきた。

 

 「こんにちは、アル君。最近なぜかよく会いますね。……そちらはコレオ家の?」

 「カミーロ先生、こんにちは。確かにそうですね。あぁ、こっちはサイラです」

 「サイラ……です」

 

 よく会う、ね……。なんとも白々しく感じるけど考えすぎだろうか。

 聞かれた質問は大した内容でもなかったけど、ちょっと疑心暗鬼になりつつある僕は、聞かれたことには答えずに紹介だけした。「コレオ家の使用人ですか?」という質問だったんだろうけど、確かにサイラは使用人ではあるけど“コレオ家の”じゃなくて“僕直属の”だ。とはいえ、とっさにそんなちょっとした情報でも与えるのを躊躇した。

 サイラはサイラでいつもと調子が違う。言葉遣いや所作はライラに叩き込まれた“余所行き”で、言いつけられてもいないのにこれがでるっていうのは、やっぱり警戒している様子だ。

 

 とはいえ、カミーロはそんなサイラをじろじろと観察したり訝しむ態度をみせたりはしない。仮に何か多少の失礼があったりしたとしても、使用人をじろじろと見たり話題に出したりするのは対面する相手を軽んじているとして厭われる行為。そんなのは貴族の常識だ。

 

 「前にも言いましたけど、街に出る時は気を付けてくださいね。アル君に限って大丈夫でしょうけど、成果発表会前は浮つく生徒も多いですから」

 「はい」

 

 確かに口うるさく感じはするけど、その言葉は教員として普通のものだ。だから僕としても特に何を言うでもなく、ただ素直に頷いた。

 そしてそれ以上に何かを言われるでもなく、僕の方から何かを聞くでもなく離れる。ただ学園内ですれ違っただけの教員と生徒なんてそんなものだ。

 

 だけどふと、頭の中に引っかかるものがあった。

 …………貴族の常識? 慣れたやり取りだったから、あまりにも普通に流してしまったけど、それは特に面子を重んじる貴族ならではの仕草であるはずだ。

 

 「カミーロ先生って、出身は貴族なのですか?」

 

 離れ際で、既に背を向けていたカミーロに向かって浮かんだ疑問を口にした。

 

 「…………どこで聞いたのですか?」

 

 別に出家した貴族であるかどうかを聞くこと自体は失礼なことでもない。まあ詮索されるのを嫌がる人は少なくないから、あまりするような質問でもないかもしれないけど。

 だけど顔だけ振り向いたカミーロの目は薄く開かれて、その普段は見えない灰色の瞳が不穏な色でこちらに向けられていた。

 

 「いえ、お気に触ったのならすみません。僕も貴族ですから……やり取りの中で直感しただけですよ」

 「……そうですか」

 

 そう答えるとカミーロの目はまた瞳が見えないくらいに細められ、それで感情ごと隠されてしまったようにさっきの不穏さも感じられなくなった。

 

 「何も気にしていませんよ。こちらこそ妙な反応をしてしまって、すみませんでした」

 

 とって付けたような優しげな態度でそう言いながら、カミーロは去って行く。

 

 「あの人ってば、やっぱり何かあるの」

 

 ぽつりと呟かれたサイラの言葉が、僕の内心も代弁していた。

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