第317話

 「アル……お前は……」

 

 ルアナやフランチェスコから報告を受けていたであろう僕とは一段違う姿を見て、ヤマキは驚いている。……と思っていたんだけど、目を細めているその表情は、なんだか違うようにも見えた。

 まあ、今のヤマキの心情なんて考えても仕方がないことだし、そんな同情なんて向こうの方から願い下げだろう。

 

 だから僕は、足に力を入れて前へと踏み出す。

 

 「いくよ!」

 

 誰に報告する訳でもないんだけど、一言とともに地面を蹴った。それほど強い力ではなく、むしろ足より全身のほかの部分に力を入れる。

 なぜなら足に風魔法をまとわせている今の状態なら、推進力はそれで十分だからだ。

 

 そしてその期待通りに僕の身体は急激に加速し、周りの風景はブレて、離れた場所にいたヤマキの姿はどんどんと大きくなっていく。そんな急加速の最中にあって、無様に体勢を崩さないために力を入れていた上半身をうまく動かして安定を保つ。

 

 「うらあっ!」

 

 気合いを放ちながら腕を――火魔法で燃え上がる右手を――振り上げてヤマキに肉薄しようとする。

 

 「たいしたもんだが……」

 

 高速移動しながら、だけど意識のうえではスローモーションのように感じる中で、ヤマキも僕に呼応するようにして右腕を構えるのが見えた。ゆったりした動きのようでとても速く、大仰なようで無駄のない不思議な動作だ。

 その上げた右腕の先は、ただ真っ直ぐに僕の顔面を狙っている。カウンター……いや、おそらくヤマキは僕の攻撃を躱そうなんて考えちゃいない。これは相討ち狙いだ。それも肉を切らせて骨を断つどころではなくて、互いの骨を同時に砕こうとしているんだ。

 

 ……気に入らないな。

 僕に対して、確実にダメージを与えるためにあえて無謀な策を敢行しているということではあるんだろうけど、その行いは自罰的な意図があるような気がした。

 だから、やっぱり気に入らない。

 

 僕のことを裏切っておいて、なおパラディファミリーに義理立てをする。それでいて勝手に罪悪感を抱いて自爆紛いのことをする。

 そう、罪悪感だ。このヤマキの行動をさっきは一家の連中を守るためにしていることと考えたし、それは間違っていないと思っているけど、それだけではなくてこの昔気質な男は自身の不義理を後ろめたく思っているんだ。

 

 「人の復讐を勝手に利用しないで欲しいな」

 「な!?」

 

 間合いの目前に迫っていたところで、愚痴を言いながら横に跳んだ。一度だけの風魔法で加速したのではなく、今の僕は足に風をまとっている状態だ。だから、高速接近中に急転換することだってできる。きっとヤマキの目には僕が急に姿を消したように見えただろう。実際に、今もまだ直前まで僕のいた方向に視線を向けている。

 

 「らあぁっ!」

 

 そしてこちらを見ていないヤマキの横っ面に拳を叩きつけると、そこにまとわりついていた魔法の火はヤマキへと移り、そのまま全身を焼きつつ小さく爆裂して殴った以上の勢いで吹き飛ばした。

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