第15話

 次に目を覚ましたのは、屋敷の自室だった。物語だとこういうときに、ベッドに寄りかかって眠っているのはライラ辺りが絵になると思うんだけど……、そのポジションはなんとグスタフだった。

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 のんきに寝息を立てやがって……、……? 頭から左目にかけて包帯を巻いているな。無我夢中で気付かなかったけど、穴に落ちた時に怪我をしていたのか?

 ゲームでは普通に使っていたものだけど、この世界には魔法薬というものがある。魔法薬師によって作られるそれらは、怪我でも病気でも飲むだけで治療してしまう。もちろん、重傷や重病を治すようなものは簡単には作れないし、高価な訳だけど。

 そして怪我を治す外傷治療薬は、広く流通する下級や中級でもそれなりに効果的だけど、上級や特級と大きく違う特徴として、怪我をしてから時間が経っていると傷跡は残りやすいということがある。高価な魔法薬は貴族でも男爵家くらいだと中々手が出るものではないから、グスタフの包帯もおそらく念のため傷跡が落ち着くまでの処置だろう。

 

 そしてそれによってわかることがある。よく覚えていないけど、最後に残してしまった密猟者の一人をグスタフが傷を負いながらもなんとかして、そして僕を運んで迷いの森を脱出したということになる。

 

 ゲーム『学園都市ヴァイス』とは違ってグスタフを囮にして見捨てたりはしなかったから、恨まれるルートからは外れたはずだけど……、頼りになるところを見せようという試みは失敗に終わったかな?

 まあ、生きているんだから良しとしておこうか。

 

 「アル様っ!」

 

 その瞬間、ばあんという派手な音をたてて扉を開いたのは使用人のライラだった。使用人としてあるまじき行動だけど、その表情をみるとさすがの僕でも責める気にはなれなかった。

 

 「お、おぎで……いぎで……うぅぅぅぁぁぁぁあああ!」

 

 涙と鼻水に塗れた顔で泣きじゃくっていたからだ。目を覚ましたばかりの僕に飛びつくようなことはさすがに遠慮したようで、一瞬こちらへ手を伸ばすような素振りをみせてから、結局はその場で両手で顔を覆って泣き続けている。

 

 「んっ? ぅうん……あれ……?」

 

 ベッドの横においた椅子に座り、僕に寄りかかるようにして寝ていたグスタフが目を覚ます。なんで……というのはいうまでもない。これだけうるさくされれば起きるに決まってる。

 

 「アル君……っ、良かった!」

 「ああ、お前が屋敷まで?」

 「うん……それくらいしかできなかったから」

 

 やはり、今こうして無事にベッドの上なのは、グスタフのおかげだったか。けどグスタフの表情は暗い、僕がほぼ密猟者を倒してしまい、守られる形になったのを気に病んでいる様子。信頼を得るために最初から密猟者を探していたなんて言えない空気だこれ……、それにあの場面でじっとしてろって言ったのも足手まといに感じたからだしなぁ。

 

 「それくらいなんていうな」

 「え?」

 「最後の一人。僕が仕留めそこなったやつ。グスタフがやってくれたんだろう?」

 「あ、うん……」

 

 包帯に覆われたグスタフの左目の辺りを見ながら言うと、グスタフは小さく頷いた。

 

 「あっ、でも目は大丈夫だよ。落ちてた密猟者のこん棒を拾って最後の奴を後ろから殴った時に、反動でおでこにぶつけちゃって……」

 

 ドジって怪我をした事を恥じているらしい。剣豪を多く出すシェイザ家の子弟らしい考え方だけど……。

 

 「僕は助かった、グスタフのおかげで」

 

 しっかりとグスタフの伏せた顔を見ながら伝えた。実際に、僕は今回こいつのおかげで生きている。原因とか経緯とか、そういうのはどうでもよくて、そのことが結局は大事だと僕は思う。生きてこそ、だからな。

 

 「……うん」

 

 包帯の上から左目の辺りを触るグスタフの表情は晴れない。一応納得はしてくれたようだけど……。

 まあ、こういうのは、言葉だけじゃ伝わらないよな。行動を……それも痛みを伴う行動をとってこそ、だ。血と痛みは時に何よりも強い絆となる。

 目は大丈夫で、包帯がその巻き方ってことは、多分目の上から額にかけて、だよな?

 

 「ヴェント放出パルティ

 「っ! 何をっ!」

 「アル様ぁっ!」

 

 ごくごく小さな魔力で風の刃を生じさせて、僕の左目のすぐ上から額にかけての位置を、小さく抉った。時間が少し経ってから下級の外傷治療薬を飲めば、程よく傷跡が残るだろう。

 

 「グスタフが最後に戦ってくれたおかげで僕は助かったのに、当の本人はその時のことを恥じている。だから僕がこの同じ傷を誇りに思おう。グスタフ……お前の代わりにな」

 「…………アル君」

 「あああああ、ど、どど、どうすれば」

 

 慌てまくるライラは放っておくとして、グスタフはやっとこっちをちゃんと見てくれた気がする。さっき起きてから、じゃなくて僕が“思い出して”から今日までの間で初めて、という意味だ。

 こんなの論理も何もないめちゃくちゃだけど……、今はこんな筋の通し方しか思いつかなかった。けどこれで良かったと、じくじくとした額の痛みが証明しているような気がする。

 “思い出した”知識で手っ取り早くかっこいい所をみせて信頼を得るつもりだったけど……、そんなのらしくなかったな。血と痛み……うん、これでこそ“俺”だ。

 

 *****

 

 ゲーム『学園都市ヴァイス』の世界にいると気付いて、浮かれていたせいであまり気にならなかったけど、これまではどうにも十歳まで貴族として育った生意気なガキことアル・コレオと、クソみたいな暴力に塗れて生き、死んでいった“俺”が時々に入れ替わりながら行動していた気がする。

 それが密猟者との戦いで死線を潜ったことで、魂レベルでうまく混ざったような感じがする。ようやく僕はアル・コレオだって迷いなくいえるようになった

 

 浮ついた気持ちが落ち着いて、自分が定まったことで、行動方針をとりあえずはっきりと自覚した。

 僕は死にたくない。

 幸いにも……といっていいのかはわからないけど、僕は『アル・コレオ』がどう進んでも最後は死ぬ悪役貴族だと知っている。『アル・コレオ』はどうして死ぬのか……ゲームの悪役だから? 裏組織の首領として悪いことをするから? それが神か何かの決めた寿命だから? ……どれも違う、理由は単純に『アル・コレオ』が弱いからだ!

 この世界でも弱肉強食が真理だというなら、僕は強くなろう。密猟者なんかに殺されかけることがなく、裏組織でも好きにすることはできず、世界の何者からも舐められない。そんな本物の“悪役貴族”となって、ヴァイシャル学園へ入学するその日を迎えようじゃないか。

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