第234話

 決行は早ければ早いほどいいということで、明日の明け方に実行することとなった。

 急なことだし、合流してから行動なんて不測の事態が起きそうだから、ルアナも連れて僕らの拠点で一晩明かすことにした。

 

 「こっちはうまくやりますんで、ご心配なく」

 

 ヤマキ一家の拠点である豪邸を出たところで、門番をしていたフランチェスコがそう言ってくる。さっき入る前にも気が逸っている様子だったし、相当に気合いが入っているようだ。

 というより、ヤマキ一家としては縄張りをこれまで好き勝手に荒らしてきたデルタファミリーに対して怒っていて当然かもね。

 

 「じゃあな、しくじんなよ」

 「わかってるよ、ヤマキさんの方こそ見送りに出てこなくて良かったのに」

 「うるせぇ、年寄り扱いするんじゃあねぇよ」

 

 わざわざ外まで見送りに出てきたヤマキ一家の頭領に軽口を叩くと、厳つい顔を精一杯歪ませて文句を言ってきた。とはいえ、その瞳の色は怒っているというよりどこか楽しげで、ヤマキにしても抗争の気配に湧き立つものがあるようだ。

 

 「では、行くとするかの」

 「ええ、お世話になります」

 

 出発を促すラセツに、ルアナがほんの微かに頭を下げて応じていた。フランチェスコは今も微妙に身構えていて、やっぱりラセツを少し怖がっている様子を見せているけど、ルアナの方はそんなことないようだ。

 同じ幹部でヤマキの腹心であるとはいえ、フランチェスコにとってルアナは姉貴分にあたるらしく、頭が上がらないばかりか戦闘能力でも精神力でも敵わない存在であるようだ。今もさりげなくルアナがフランチェスコを一瞬見たようだし、本人としては弟分にはもっと頼りになるようになって欲しいみたいだけどね。

 

 「さて――」

 

 ラセツのさっきの言葉を受けて拠点に向けて出発しようとしたところで、僕、ラセツ、ヤマキ、ルアナ、フランチェスコの動きが一瞬止まる。もう一人の門番や、ヤマキと一緒に拠点から顔を出していた他の面々はまだ気付いていない。

 だけど勘の良い面子以外もそれに気付くよりも、本人・・がここまで到達する方が早かった。

 

 それは上から降ってきた。

 

 「っはぁ! ……失礼いたします」

 

 かなりの高高度からの落下であったにもかかわらず、多少の気合いの声を上げた程度で膝を曲げて深く腰を落とした姿勢で着地し、すっくと立ちあがった時には澄ました表情でこちらに挨拶までしてくる余裕があるようだった。

 

 「ヴィオレンツァ……」

 「はい」

 

 僕が驚きながら名前を口にすると、タキシードを動きやすくしたような服装をした大女――パラディファミリーの幹部ヴィオレンツァ――は、やはり平気な顔で返事をしてきた。周囲にいる皆は、僕以上に驚き動揺している。僕が名前を口にしてからはなお更だ。

 

 「なぜ……いや、何をしにここへ?」

 「それは…………少々お待ちを」

 

 問い質そうとしたけど、ヴィオレンツァは上に目を向けながら手の平をこちらに向けてくる。「待て」というジェスチャーだけど、何を見ている? そういえば、こいつが降ってきたのも上からだったけど……。

 

 「まったくひどいのー、ヴィオレンツァはいつもいっちゃんを置いて勝手にいっちゃうのー」

 

 女児のようなあどけない声音に、何か不穏な軋みが混じった響きで、頭上から声がした。そしてすぐに、ホウキにまたがったスーツ姿の小柄な女が降りてくる。

 ヴィオレンツァと同格の幹部、インガンノまで姿を現したのだった。

 

 相談役という名目上の役職に押し込めた以上は、僕が学生として過ごしている間は放っておいてもらえると思っていたのに、こいつらはいったい何をしに来たんだ……?

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