第363話

 持ち上げた右足を、勢いよく振り下ろす。靴裏が燃え尽きた炭の塊に激突して、黒い粉塵が辺りに舞った。

 

 「……は?」

 

 だけど右足にあった感触がおかしくて、僕は唖然とする。どすっというそれは炭や灰の塊ではあり得なくて、もっといえば人間一人分の重さとも到底思えないような重みだった。

 

 「ちっ!」

 「――――――!」

 

 心の底からの苛立ちに舌を打ちつつ、慌てて距離をとる。そしてその間にも、聞き取れない様な何事かを喚きながら、サティの燃え残りは立ち上がった・・・・・・

 

 そう、真っ黒になるまで燃えていたのは表面だけで、その内部には無事な状態で残っていたということだ。蹴った衝撃で表面の炭や灰が飛び散ったことで、今はその姿を露わにしていた。

 といっても、表面が剥がれ落ちた人間のグロテスクな姿ということじゃない。それは白い靄が人の形をとったような、光の塊が動く不思議な化け物だった。

 そんなものが人間みたいに手足を動かして立ち上がり、蹴った感触としてかなりの重さもあったという事実にさすがに動揺する。

 何かが内側からサティを乗っ取って動かしていたことはわかっていたけど、宿主が燃えてなくなっても普通に行動できるとはね。もしかしてこれまでの戦闘は、こうなれるまでの時間稼ぎだったとか……?

 ちょっと嫌な思考が過ぎったのを、頭を振って追い出す。

 

 サティはこの部屋に入った瞬間には死んで、それでも動き続ける体は燃えて消えた。僕の側の事情だけでいえば、これでパラディファミリーを壊滅させるという目的は達したことになる。求心力だったドン・パラディがいなくなったし、幹部連中も潰した。残っている構成員は物の数じゃない。

 だから、何ならもうこれで帰りたいくらいなんだけどね……。

 

 「――――?」

 

 白い靄とも光ともわからない人型の塊は、首にあたるであろう場所を曲げてまた何かの音を発してくる。

 金切り声で叫んでいるようにも、ぼそぼそと呟いているようにも聞こえるそれは、不思議と何かの言語だろうということは理解できるんだけど、肝心の何を言っているのかがまるでわからない。

 

 「わかる言葉で言えよ、化け物」

 「――――(前世とあわせてもう十分に生きたであろう?)」

 「は?」

 

 また意味のわからない音――と思ってうんざりしていたら、なぜかその意味が唐突に理解できた。何語かもわからないのに、意味がわかるというのはすごく気持ちの悪い体験だ。

 というか、前世がどうのっていったか、こいつ。

 

 「――――――(お前という誤りを正し、世界をあるべき姿に戻すのが我が使命)」

 

 理解できる内容としては、流暢になったとはいえさっきまでのと違いはなかった。前世とかに触れるその言葉には、メンテの時以来のうすら寒い感覚がするけど、それにしたって結局はたいした問題じゃない。

 

 何やら蠢いて、おそらく腕をこちらに向けるような姿勢――戦闘態勢――をとった白い化け物を見ながら、こっちの気持ちももう一度戦いの温度へと上げていく。

 ……どちらにしろ、明確に敵視してくるっていうなら、完膚なきまでに叩き潰すだけだ。

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