第229話

 「そこまでっ、キサラギ・ボーライ君の勝利!」

 

 ヴァイシャル学園成果発表会では戦闘・戦術科の三年生はトーナメント形式で戦闘能力を競う。そしてこの私キサラギ・ボーライは、前評判通りの優勝を果たしていた。

 

 ――すごい、さすが生徒会長!

 ――みたみた!? 今の魔法すごかったよね!

 

 見学していた学生達の声が耳に入る。外部から見に来たらしい大人達はさすがに声に出して何か言うようなことはしていないが、その表情は概ね私に対して好意的なものに見える。

 自分でいうのも何だが……、これは正当な評価だろう。生徒会長にして戦闘・戦術科三年主席、そしてボーライ伯爵家次期当主候補筆頭でもある私を侮る者などただの愚者だからだ。

 とはいえ、それだけ評価が高いということは、良いことばかりでもない。学生ながらに四文字魔法を発動しても誰も驚かないし、高い火力で対戦相手を圧倒しても観衆は慄かない。

 全て「それくらいはできて当然」と見られているからだ。……とはいえ、そのことに幼児のように文句を喚く気もない。努力や才能を安く見られるような心地がしない訳でもないが……、そもそもの話そうした評判は私自身が意識して築き上げたものでもあるからだ。ボーライの人間として侮られないよう、“謀略伯爵”の血を受け継ぐものとして学内の評判を誘導する程度のことはしてきた。

 そしてそんな高い評判を常に上回る実績を積み上げ続けてきたことで、学内では学生達から信奉にも近いほど慕い尊敬され、学外からも一目置かれている。

 

 最強にして完璧な生徒会長。将来はフルト王国内でも貴族家当主としてその辣腕を振るうことだろう。

 ――そんな評判に私は浴してきた。

 

 だが実のところ私は完璧などではない。私は入学試験を受験しにきた当時十四歳の相手にちょっかいを掛けようとして、返り討ちにあったのだから。

 試験中の出来事であったからか、あるいは教員がボーライ家の心証悪化を怖れたためか、どちらか……あるいは両方なのかわからないが、あの時の事は噂が広まっていない。だから今回の模擬戦でも私が楽々と勝ち上がっていくのが当然という空気の中進んでいたが、正直にいうと内心は穏やかではなかった。

 「またあっさりと負けてしまったら、どうしよう……」と、そんな弱気が私の心中にはずっと居座っているからだ。負けを知ることは己の弱点を知ることであり、それは明日の強さに繋がる。学園の教員であればそんなきれいごとを口にするだろうし、実際に一理はあるだろうが、負け方にも種類というものがあると思う。

 あのような……惨敗と評するほかない経験は、心の傷にしかなりえず、あれを糧とできるような者はもはや狂人であろうよ。

 

 とはいえ、私とてボーライ家という謀略渦巻く貴族家で生まれ育った人間。そうした心の傷を隠し、自分自身でも見て見ぬ振りをする程度のことはできる。だからこそ、今回の模擬戦でも、少なくとも傍目からはあっさりと勝利を得るに至った。

 

 

 

 だが見て見ぬ振りは所詮ごまかしで、心の傷そのものがなくなる訳ではない。だからこそ模擬戦を終えた私は、称賛してくる後輩達の相手もせず、将来の利益となるであろう学外の大人と交流することもなく、こうして独りで学園内を歩いていた。

 他人からどう見られようと、私も所詮はただの人間であり、年月を経るごとに心中に抱える物も多くなる。ごまかしかある種の狡猾さかはわからないそんな気持ちで、なるべく人気の少ない方を選んで進んでいく。

 別にそれほど長時間をこうして過ごすつもりもない。もう少し歩いて……気分が落ち着けば私はいつもの最強で完璧な生徒会長に戻れる。

 ただこうして……歩きながらも“結局見学には来ていなかった後輩”を探しているような心境は、まだ落ち着いているとはいえないだろう。

 

 そんなことをしていたからだろうか、片付けも始まって普段よりは騒然としている学園内にあって、私はふと何かの音を耳にした。

 他の音に混じって、しかし他とは種類が違うように感じられたその音を、首を振って探そうとする。

 

 「…………倉庫?」

 

 離れた位置にあるあまり使われていない倉庫が目に入った。記憶を探ると、学内でも不便な位置にあるその建物は、普段は使わないような資材や教材を置く場所になっていたような気がする。

 つまり、生徒も教員も日頃は近づかない場所ということだ。

 

 「何かあったなら危ないな」

 

 今日はそんな“日頃”ではないのだから、誰かがあそこに物を片付けにでも来ていたのかもしれない。そして大きな音がしていたのが本当にあそこであった場合、生徒会長としては確認をしておくべきだろう。

 責任感と心配……そしてほんの少しの好奇心で、さっきまでよりやや軽くなった気分で私は歩を進める。

 

 「中に気配が……?」

 

 ちょうど真っ直ぐ近づいた位置はその小さな倉庫の入り口とは反対側で、建物の規模に相応の小さな空気取り用の窓がある壁だった。窓の位置は高くて覗き込めないが、ここからぐるっと回り込めば正面から中を確認できるし、扉が施錠されていたのであれば、私の勘違いだったということだからそれでいい。

 そして確認を終えたら、生徒会長としての仕事に戻ろう。……もちろん本当に事故でも起こっていたらそれどころではないが。

 

 

 

 そんな軽い心境でその倉庫に興味を示し、近づいたことで私はあの事を見聞きしてしまうことになった。

 今となっては知れて良かったのか、あるいは決して知りたくなどなかったのか、それは私自身でもわからないが……、とにかく知ってしまった以上は見て見ぬ振りなどできなくなってしまった。

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