24-7 アリシャさんへの手紙


アリシャさんへ


 お約束の水出しですが、7日火曜の昼過ぎのご都合は如何でしょうか?

 7日火曜の昼過ぎのご都合が悪い場合は、翌週で希望の日時をお知らせください。


イチノス


 そこまで書いて、あることに気が付いた。

 この手紙だと、アリシャさんに返信の手間を取らせることにならないか?


 そう言えば、数日前に商工会ギルドのメリッサさんから、会合に参加するか否かの回答を求める伝令をもらったな。


「タチアナさん、返事を貰う伝令って出せますか?」


「返事を貰う伝令? それって伝令を届けた相手に、同意とか不同意の返事を求める伝令のことですよね?」


「はい、その伝令です。出来ますよね?」


「う~ん⋯ イチノスさん、それって商工会ギルドからの伝令でした?」


 ん?

 タチアナさんは、俺が商工会ギルドから返事をする伝令を受け取ったのを知っているのか?

 いや、あり得ないな。


「えぇ、そうでしたね。商工会ギルドのメリッサさんから、返事をする伝令を受け取りましたね」


「イチノスさん、すいません。その返事を貰う伝令ですが、今月から冒険者ギルドでは、依頼を受けて無いんです」


 今月から?

 まあ、いつからであったとしても今の冒険者ギルドでは受け付けていないのだな。


「そうなんですか⋯」


 冒険者ギルドで受け付けていないなら仕方がない。


「わかりました、カレー屋のアリシャさんには、これで出して貰えますか?」


「はい、承ります」


 アリシャさんへの手紙を封筒に納め、タチアナさんへ手渡した時、奥の方から早足でこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


 足音の主へ目を向ければ、ニコラスさんが真っ直ぐにこっちへ向かってくる。


 タチアナさんの後ろで止まったニコラスさんが息を整えて口を開いた。


「イチノスさん、こんにちは。申し訳ございませんが、この後にお時間をいただけますでしょうか? ご契約の件でキャンディスさんが、お話を差し上げたいとのことです」


 ご契約の件? 相談役の業務内容と待遇の契約の件だな。


「わかりました。もう一通伝令を依頼したら伺いますと伝えてもらえますか?」


「はい、ありがとうございます。それに適切なご指導をいただき、ありがとうございました」


 礼を告げて頭を下げたニコラスさんは、眉間に皺のない明るい笑顔を見せると、再び早足で戻っていった。


 昨日までのニコラスさんは、見事なまでに眉間に皺を寄せていた。


 それが昨日のあの後の質問状の受け付け方や書き方に関わる会合を経て、幾多の苦悩から一気に解放されたのだろう。


 俺は大衆食堂で書いたメモ書きを眺めながら、コンラッド宛の手紙を書いていく。


コンラッドへ


 今週の9日水曜以降の昼過ぎであれば時間が取れます。都合の良い日時をお知らせください。


イチノス


 うん、これで良いだろう。


 明日の6日月曜はヘルヤさんが店に来て、明後日の7日火曜は魔石の入札で商工会ギルドに続いてカレー屋だな。


 この二日間は避けて、8日水曜以降は、9日木曜は昼前の商工会ギルドでの魔石の入札結果以外には予定が入っていないはずだ。


 その後は特に予定は入っていないのをもう一度確認した。


「じゃあ、これを領主別邸のコンラッド殿へお願いします」


 コンラッドへの手紙を封筒に納め、タチアナさんへ手渡すと、その後ろにオバサン職員が立っているのに気が付いた。


「割り込んでごめんなさいね。イチノスさん、王都の研究所から通知が来てますよ」


 そう言って、二つ折にした紙を渡してきた。それを受け取り中を確認する。


 魔法円使用料支払通知

 王国歴622年 3月分

 個数 201

 種類 3

 計 1206


 オバサン職員から渡された紙は、魔法研究所からの知らせだった。

 これは、魔法研究所を辞める際に取り決めた支払の知らせだ。


 俺は魔法研究所を辞める際に、ガス灯に用いられる魔法円についての使用料=利用料を取り決めた。


 1個のガス灯に使われる俺の描いた魔法円は全てで3種類。

 1種類の利用につき、銅貨2枚の使用料が得られる。


 つまりは、魔法研究所でガス灯を製造してそれが1個売れると、俺に銅貨6枚が支払われる仕組みだ。


 この手紙からすると、今年の3月に201個のガス灯が魔法研究所から売られたとわかる。


 この契約を、産業へ舵を切った魔法研究所と結んでおいて、本当に良かった。

 当時の研究所の文官と散々やりあったが、こうして自分が働かずとも、魔法研究所がガス灯を作って売る毎に、俺は収入が得られる良い結果を得たのだ。


「今月も来たんですね」


「それも預かりで良いんですよね?」


 さも当然のように、オバサン職員が預かりでと告げて来る。


「えぇ、それでお願いします。お姉さんに任せします」


「まかせて。これから預かりの残高を作り直して、新しい預かりの残高証を出すから」


「ありがとうございます。お手数をお掛けします」


 オバサン職員が再び嬉しそうな顔を見せると、俺の返事を聞かぬまま受付カウンターの席を立ち、事務仕事をする机へ向かった。

 その後ろ姿は、どこか喜びを纏っている気がする。


 うん、何かオバサン職員の扱い方がわかってきた気がするぞ(笑


 あれ? タチアナさんは?


 目の前にはいつの間にやら誰もいない。


 そういえば、気が付いたらおばさん職員とタチアナさんが入れ替わっていたな。


「じゃあ二人で行ってくれる?」


「「はい!!」」


 隣の受付から、タチアナさんの説明と二人の少年の返事が聞こえた。


 そちらを見やれば、隣の受付で先ほどの二人の見習い冒険者へタチアナさんが伝令の説明を始めていた。


「いい、まずはこの伝令をカレー屋の『アイシャ』さんへ届けること」


「はい!」


 返事を聞いたタチアナさんが、話し掛けていた少年に伝令を渡した。


「そして、イチノスさんが返事を欲しがっているのを伝えること」


「はい!」


 もう一方の少年に伝えながら、タチアナさんが冒険者ギルドの伝令に使う封筒と用紙を渡している。


 そんな様子を見ていた俺の視線に気が付いたのか、タチアナさんが俺を見てきた。


 その動きにつられたのか、見習い冒険者の二人も俺を見てくる。


 なんだ? 俺の応えを待っているのか?


 わかったぞ!


 俺は財布を取り出し、タチアナさんへ声をかける。


「タチアナさん、伝令の代金は?」


「はい、イチノスさん。すいませんが3通分でお願いできますか?」


 そう告げて、タチアナさんが指を3本出してきた。


 うん、素晴らしい采配だ。


 ギルドを絡めた伝令の扱いと支払いについては、タチアナさんに任せよう。


 これは俺の希望へのタチアナさんなりの采配とギルドへの配慮なのだ。それを俺は喜んで受けよう。


《付録》

 実はイチノスは、ちょっとだけ間違いをしています。

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