17-15 二人の新人冒険者の突撃


 ジェイク叔父さんがリアルデイルへ来た状況を思いながら階段を降りきる。


 受付カウンターへ目をやると、冒険者らしき格好をした数名がタチアナと話し込んでいた。


 そろそろ冒険者達が護衛から戻ってきて、ギルドへ来る時刻かと壁の時計を見れば4時になろうとしている。


 受付カウンター脇のスイングドアからホールへ出ようとすると、俺の顔を見たタチアナが会釈をしてきたので軽く返した。


 ホールへ出て立ち止まり、このまま店へ戻るか風呂屋へ行くかを思案しながら、依頼が貼られている掲示板へ目が行った。


 特に目を引く真新しい1枚の掲示を読むと⋯


麦刈り

5月31日から10日間

参加可能な方は受付へ


 あぁ、麦刈りが始まるんだな。

 これは見習い冒険者達は薬草採取より麦刈りを選びそうだ。


 それにしても10日間とは長目だな。

 去年は1週間だった気がする。

 その1週間も一昨年より長いと聞いたな。

 まあ、豊作か作付面積が増えたんだろう。


 他の依頼は月並みな感じで、特に目を引くものは見当たらなかった。


 来月からの、質問状受付に関して貼られている特設掲示板も念のために眺めた。


 何となく以前に目にした掲示とは違っている感じがして改めて見て行くと、ここにも目を引く貼り紙があった。


ウィリアム様の公表資料

受付で販売中です


 なるほど。

 サノスが持っていた公表資料や、大衆食堂で冒険者達が持っていたのは、ギルドで買ったんだな。


 商人達の持っていた公表資料の写しは、商工会ギルドで販売しているのかも知れない。


 だとすれば、ウィリアム叔父さんの公表をリアルデイルの街へ浸透させるのに、両ギルドは成功しているということだ。


 そうなると残るは、読み手の理解度を上げる工夫、そして冒険者と商工会の両ギルドが、公表の実現に向けた組織作りと運営だな。


 そうしたことを考えながら、俺は冒険者ギルドを後にした。



 冒険者ギルドを後にした俺は、結局、風呂屋へ行きエールを求める体になった。


 今は出来上がった体へエールを注ぐために、大衆食堂へと足を運んでいる。


 一旦、店へ戻ることも考えたのだが、店へ戻る道すがらでの街兵士との敬礼を考えて風呂屋を優先した。


 冒険者ギルドから店までの道程には、交番所へ変わり行く元魔道具屋の前の街兵士、そして店の向かい側の街兵士と、一旦、店へ戻るだけで2回も街兵士から敬礼を受けるのだ。


 更には夕食を求めて店から出れば、再び店の向かい側に立つ街兵士からの敬礼が待っている。


 その3回の街兵士への敬礼を考えて、風呂屋を選択した。


 うん。明らかに言い訳だな(笑


 店へ戻って大人しくしていれば良いだけなのに、何故か店へ戻るのを避けている自分を感じる。


 まあ、深く考えるのはやめよう。

 明日からしっかりと仕事をすれば良いのだ。


 そうした言い訳を考えながら大衆食堂へ入ると、いつものように給仕頭の婆さんが迎え入れてくれた。


「あら、イチノス。今日は随分と早いね」


「たまには早目に来ようと思ったんだけど、迷惑だったかい?(笑」


「どこでも好きに座っとくれ。エールでいいね?」


「おう、エールで頼む」


 エールの代金を払って木札を受け取り、いつもの長机へ座って周囲を見回す。


 知った顔の冒険者が3名が2組だけ。

 そんな皆と軽く会釈を交わす。


 護衛から戻ってきた冒険者達が来るには、少し時間が早いのだろうと思っていると婆さんの声が響いた。


「いらっしゃ~い!」


 その声と共に、ドヤドヤと数名の冒険者達が入ってきた。


 新たに入ってきた冒険者達は、どの顔も知っている顔だし、風呂屋でも見掛けた気がするな。


「おう、イチノス」

「珍しいな、イチノス」

「随分と早いじゃないか」


 そんな声に適度に応えていると、オリビアさんがエールを持って来た。


「お待たせ~」


「ありがとう」


 礼を告げて木札を渡したら、一気にエールを飲み干す。


「プハァ~」


「お代わりする?」


「もちろん(笑」


 そう答えた時に、聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ。


「イチノスさん、教えてください!」

「イチノスさん、お願いします!」


 振り返れば、ヴァスコとアベルが何かを手に、俺に向かってお辞儀をしていた。


 二人の手にする何かに目をやれば、昨夜も目にした公表資料の写しのようだ。

 そんな二人の様子から、公表資料についての質問だろうと察してしまう。


「何を教えて欲しいんだ? 既に俺は飲み始めてるが、それでも良いかな?(笑」


「構いません!」

「お願いします!」


 ヴァスコもアベルも成人しているから、一緒に飲んでも良いんだよな?


「二人とも呑むか?(笑」


「いえ、俺もアベルも弱くて⋯」

「寝ちゃうんです(笑」


「じゃあ、何でも自分で頼んでくれ(笑」


「「はい」」


 二人が俺と同じ長机に着いたところで、敢えて何が知りたいのかを聞いてみる。


「二人は何が知りたいんだ? ただし、その手にしている公表資料の開拓団の話しは、俺は昨日もしたんだよなぁ~(笑」


 二人は昨日の場には居なかったと知っているが、それでも機先を制して冗談交じりに問い掛けてみた。


「その話しは、さっきギルドで先輩達から聞きました」


 そう言ったヴァスコが、周囲の長机に座る冒険者達をチラリと見た気がする。


「知りたいのは、見習いの仕事が増えるかどうかです」


 ヴァスコに続いてアベルが面白い事を口にした。


「見習いの仕事が増えるか?」


 思わず聞き直してしまう。


 ここまでのヴァスコとアベルの話で、先ほど入ってきた冒険者達にそそのかされて、俺へ聞いている気がしてきた。


「薬草採取の帰り道で、後輩たちから今日も聞かれて⋯」

「返事ができないのがちょっと恥ずかしくて⋯」


ククク


 見習い冒険者達から聞かれて困ってるんだな。

 それを先輩達へ聞いてみたが、納得できる返事をもらえなかったんだろう。


「わかった。教えてやるよ」


「「はい、お願いします!」」


「はい、こっちもお願いね」


 ヴァスコとアベルの返事に混ざるように、オリビアさんがお代わりのエールを持ってきてくれた。


「二人は何か頼むのかい?」


「冷たい紅茶はありますか?」

「僕も紅茶をお願いします!」


「イチノスさんは、串肉を焼くかい?」


「あぁ、お願いする」



 俺のお代わりのエール(3杯目)とヴァスコとアベルの紅茶が来たところで、俺は公表資料についての話を始めた。


「昨日の商人達は開拓団の時期とか規模を知りたがった。今日のヴァスコとアベルは見習い冒険者達の仕事が増えるかどうかを知りたいんだよな?」


「はい、皆がその事を知りたがってます」

「うんうん」


「昨日の商人達は開拓団について、具体的に教えて欲しかったらしいが、俺は知らないから具体的には答えられない」


「「⋯⋯」」


「それは見習い冒険者達の仕事が増えるかどうかでも同じことだ」


「「うーん⋯」」


「商人達と同じ様に結論を求める希望には応えられないが、公表資料の読み方は教えてやれる」


「公表資料の?」

「読み方ですか?」


「あぁ、それを教えるから、後は自分で考えてみたらどうだ?」


「自分で」「考えるんですか?」


「何なら、先輩の冒険者達に聞いても良いぞ(笑」


ガタガタ


 周囲の長机に座っていた冒険者達が座り直した。


 おい、お前ら。

 慌てて俺達に背を向けて座り直すな。

 ついさっきまでこっちを見てたのを俺は知ってるんだぞ(笑


 ヴァスコとアベルもすがるように周囲の冒険者を見るんじゃない。


「自分で色々と考えるのは面白いぞ」


「「⋯⋯」」


 俺としてはヴァスコとアベルに提案したつもりだが、二人は黙ったままだ。


「ヴァスコとアベルは俺に教えられて知った事を、見習い冒険者達へ伝えるだけなのか?」


「「!?」」


 二人の顔に何かに気付いた感情が見て取れた。


「自分で思い付いたことを後輩たちと話し合うのも、皆の意見を聞ける切っ掛けになるし、色々と意見を交わせるのは意外と面白いぞ(笑」


 俺は二人の返事を待たずに公表資料の読み方の説明を始めた。


──

これで王国歴622年5月29日(日)は終わりです。

申し訳ありませんが、ここで一旦、書き溜めに入ります。

書き溜めが終わり次第投稿します。

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