王国歴622年5月30日(月)

18-1 完成度の高い魔法円


王国歴622年5月30日(月)

・薬草採取解禁(護衛付き)

・ダンジョン発見報告会(イチノス不参加)


「イチノスさ~ん おはようございま~す」


 ロザンナの声で目が覚めた。

 ベッド脇の置時計を見れば8時前だ。


 カーテン越しの外光はすでに明るく、陽(ひ)がしっかりと昇っていると共に、今日の天気の良さを知らせてくれる。


トントントン


 階段を登るような叩くような音がする。

 ロザンナは、サノスから2階が俺の私的空間(プライベートスペース)だと聞いているので、俺を起こすために階段を叩いているのだろう。


トントントン


 再び音がする。

 階段を叩くことで、昇る際の足音でも真似ているつもりなのだろうか?(笑


 「起きてるぞ~」


トン⋯


 俺の返事と共に階段を叩く音が止んだ。


 着替えを済ませ階下へと降りて行き、溜まった尿意を済ませて台所の前を通る。

 するとサノスが手を洗いながら朝の挨拶をしてきた。


「師匠、おはようございます」


「サノス、おはよう」


 作業場へ行くとロザンナが既に御茶を淹れていた。


「イチノスさん、おはようございます」


「ロザンナ、おはよう」


 朝の挨拶を終え作業場の自分の席に座ると、ロザンナは浸出を終えた御茶をマグカップへ注ぎ始めた。


「イチノスさん、昨日、商工会ギルドで祖父と会ったと聞きました」


「あぁ、たまたま居て驚いたよ」


 そこまで軽く会話を終えたところで、サノスが台所から戻ってきた。


「師匠、今日の予定を聞いても良いですか?」


「ん? 今日は何も予定は入っていないから、一日、店にいるぞ」


「じゃあ、後で魔法円を見てもらえますか?」


「もう、描き上げたのか?」


「はい。私としては出来上がったと思います」


「すごいな。この数日でよくぞ書き上げたな」


「へへへ」


 俺が褒め言葉を口にすると、サノスが嬉しそうな顔をし、そんなサノスをロザンナが微笑ましい顔で見ている。

 そんなロザンナへ俺は問い掛けた。


「ロザンナはどうだ?」


「私ですか? ちょっと躓いてます⋯」


 躓いてる?


 何処かで止まってるということだな。

 まぁ、初めての型紙作りだから慌てる必要は無いな。


「ロザンナの進み具合も、後で見せてくれるかな?」


「はい、よろしくお願いします」


 その時、ふとロザンナがお茶を淹れるのに使っていた魔法円へ目が行った。


あれ?


 何で俺が描いた携帯用の水出しと湯沸かしの魔法円を使っているんだ?


 イスチノ爺さんから開店祝いで贈られた『湯出しの魔法円』は使っていないのか?

 既にサノスは型紙を作り終えているから、使えるはずなんだが⋯


「ちょっと聞いて良いか?」


「何ですか? 師匠?」

「イチノスさん、何か?」


「イスチノ爺さんからもらった『湯出しの魔法円』はどうしたんだ? もう型紙を作り終わったんだろ?」


「あぁ、あれはお手本ですから元の場所に片付けました」


 サノスの言葉に疑問が湧く。


 確かにサノスが型紙を作ったりお手本にしているのはわかる。

 だが、わざわざ水出しと湯沸かしを使わずとも『湯出しの魔法円』を使えば好みのお湯が得られるんだ。

 片付けてしまう必要は無い気もするが⋯


「実は先輩と話し合ったんです」


 急にロザンナが口を開いた。


「何を話し合ったんだ?」


「実は、あれに魔素を流そうとすると変な感じがしたんです」


変な感じ?


 もしかして、ロザンナも感じ始めたのか?

 ロザンナが言っている変な感じとは、魔素を感じられる者が『神への感謝』の描かれている魔法円へ魔素を流す時に感じる『引っ張られる』感覚のことだろう。


「師匠、ロザンナが使ってみたんですけど、魔素注入口へ添えた手に変な感じがするって言うんで、使うのを止めたんです」


「はい、先輩が止めてくれました」


「それにあの湯出しだと、魔素を扱う練習の妨げになりそうな気がしたんです」


「わかった⋯」


 そう答えて俺は一旦、言葉を止めて少し思案する。

 サノスが先かロザンナが先か⋯


「まずはサノスだな」


「えっ? 私ですか?」


「そうだ。ロザンナが『何か』を感じたところで、よくぞ使うのを止めたな」


「止めて⋯ 正しかったんですね?」


「正しい。魔素を扱っている際に、何かいつもと違う感じがしたら、直ぐに止めるのは大切なことなんだ。サノス、素晴らしいぞ」


「素晴らしい?! へへへ⋯」


「次にロザンナだが、よくぞサノスに相談したな」


「えっ?! はい!」


「いつもと違う感じがしてサノスへ伝えたんだろ? 自分一人で考えずに、誰かへ相談する勇気があるのは素晴らしいことだ」


「ありがとうございます」


「さあ、朝の御茶を楽しもう。その後は店を開けて皆でいつもの作業へ戻ろう」


「「はい」」



 朝の御茶を終えたところで、サノスが店を開けに店舗へ行き、ロザンナは洗い物をトレイに乗せて台所へ向かった。


 サノスは戻ってくるなり、自分の棚から魔法円を取り出し作業机の上に置くと、胸を張り何処か自信に満ちた声を出す。


「師匠、よろしくお願いします」


 そんなサノスの声に応えて魔素注入口を指差しながら問い掛ける。


「未だ魔素は流してないのか?」


「未だです。部分毎に流して魔素の通りに問題ないことは確認しています」


「じゃあ、前と同じで俺が魔素を流すからサノスが見るか?」


「はい、それでお願いします。鍋とか要らないんですか?」


 サノスは今回の魔法円によっぽどの自信があるのだろう。

 初めて魔素を流すのに水が湧き出ると考えている。


 サノスは以前に描いた魔法円の出来を忘れたかのようだ(笑


 ギルドへ売った水出しの時も、ダンジョウへ売った湯出しの時も『神への感謝』が反応しなかった。

 幾多の描き漏れが多く反応しなかったのを忘れたのだろうか?


「あぁ、大丈夫だよ。水が出ない程度に軽く魔素を流すだけだから(笑」


 胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、指先に魔素を這わせたら、そのまま魔素注入口へそっと触れる。


 俺の向かい側に座り、それを見つめるサノスは胸元に手を添え、魔素の流れを見逃すまいと両目を見開いている。


 指先に纏わせた魔素が魔素注入口へ移ると、『神への感謝』へと魔素が流れて行く。


 途端に魔素注入口へ置いた指先から魔素が引っ張られる感じがして、『神への感謝』が反応したのがわかる。


 すごいな。

 型紙を使って描いたとはいえ、初めて魔素を流して『神への感謝』が反応している。


 俺は魔素注入口に添えた指を離し、魔素が流れるのを止めて、サノスを褒めた。


「サノス、なかなかの出来栄えだな。初めて魔素を流してきちんと『神への感謝』が反応しているぞ。これは素晴らしいことだ」


「へへへ」


 サノスが嬉しそうな顔をみせてくる。

 その顔は本当に嬉しそうだ。


「さて、鍋で確かめてみるか?」


「じゃあ、鍋を持ってきます」


 そう言うなりサノスが席を立ち上がり台所へと向かった。


 俺は改めて魔法円全体を眺めて行く。

 確かに完成度が高い出来栄えだ。


 魔素注入口、複数の『神への感謝』、魔法事象を起こす各部分、そして作用域の部分まで、全ての連結がきちんと行われている。

 1回目の魔素注入で『神への感謝』が反応するぐらいだから、この魔法円の完成度が高いのがわかる。

 うん、これならサノスが胸を張るのも頷けるぞ。


 そんなことを思っていると、サノスがシチュー皿を手に戻ってきた。


「師匠、これでも大丈夫ですよね?」


「ん? 構わないが鍋は無かったのか?」


「ロザンナが鍋を使ってるんです」


 ロザンナが使ってる?

 昼食用に買ってきたシチューか何かを入れているのか?


 そう思った時にロザンナが台所から戻ってきた。


「イチノスさん、鍋を使ってしまって、すいません。干し肉を浸すのに適当な入れ物がなくて⋯」


 干し肉を浸す?


「師匠、お願いします」


 ロザンナと話しているとサノスが急かしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る