20-5 アルフレッドと一緒に来た女性


(カランコロン)


ん?


 サノスとロザンナが戻ってきたのか?


 以外と早く帰ってきたなと思いながら、椅子から体を起こすと人の話し声が聞こえる。


(臨時休業っ*****りますよ?)

(それでも***がいると**んだ)


カランコロン


 大人の男女の声が聞こえるな。

 どうやら、お客さんが来たようだ。

 しかも、男性の声に聞き覚えがあるぞ。


 店の出入口に臨時休業の貼り紙は出してるよな?


 今日は臨時休業だから知らんぷりをするかとも思ったが、椅子から立ち上がって階下へ降りて行く。


 急ぎ作業場を抜けて店舗を覗くと、店の出入口の扉を半分開けて、覗き込むようにしているアルフレッドがいた。


「おう、イチノス、大丈夫か?」


「あぁ、アルフレッドなら良いぞ」


カランコロン


 俺の声に軽く微笑んだアルフレッドが出入口の扉を押し開いて、一人の女性を店舗へと招き入れた。


 アルフレッドに続いて店に入ってきた女性は、若干浅黒い肌を持ち、その整った顔立ちはまるで彫刻のような美しさだ。

 神秘的で魅惑的な大きく澄んだ瞳と、鼻筋の通った顔にマッチした赤い唇が微笑みを誘っている。


 その美の調和は、まるで詩か何かに詠まれるようだ。


 着ているのは身体の線が強く出ない丈の長い赤いワンピースで、それが彼女の優雅さを一層引き立てている。

 その赤いワンピースが揺れる様子は、風がそっと彼女の周りを踊るかのようで、どこか幻想的な光景に見えてしまう。


 しかも見事な黒髪が⋯


 そこで俺は気が付いた。

 俺はこの女性に会っている。


 カレー屋の女将さんだ。


 カレー屋で会うのと違うのは、その艶やかな黒髪を隠す布を巻いていないことだ。


 何で、カレー屋の女将さんがアルフレッドと一緒に俺の店を訪れたんだ?


 思わぬ組み合わせというか⋯

 いや、この組み合わせは有りかもしれない。

 古代遺跡の調査隊でアルフレッドが振る舞ってくれた料理は、カレー屋で教えてもらったと言っていた。


 二人は共に自営で商売をしている。

 そんな二人が、この時刻に揃って俺の店へ来るのが珍しい気がするのだ。


「イチノス、今日と明日は店が休みなのか?」


「おう、所用で臨時休業にしたんだ。それよりも、そちらの女性はカレー屋の女将さんですよね?」


「こんにちは、覚えていてくれたんですね、嬉しいえわ」


 そこまで女将さんが話したところで、若干の訛りを感じた。

 どうやらカレー屋の女将さんは、王国語で喋るには、幾ばくかの訛りが出てしまうようだ。


「アリシャさん、俺から紹介させてくれ。イチノス、西町南でカレー屋を営んでいる、アリシャ・バンジャビさんだ」


 アルフレッドが自ら進み出て、カレー屋の女将さんを紹介してきた。


 アリシャ・バンジャビ


 それが彼女の名とわかったところで、女将さんが自ら挨拶をしてきた。


「イチノスさん、改めて挨拶させていただきます。アリシャ・バンジャビといいます。イチノスさんには何度かお店に来てもらって、ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ美味しい物をありがとうございます。あのカレーという食べ物は、実に刺激的な食べ物ですね」


「あら、イチノスさんのお口に合って何よりです」


「それで、こっちが話していた魔導師のイチノスだ。おっと、イチノス『様』がいいのか?(笑」


 アルフレッドの含みのある言い方を無視して、俺はアリシャさんへ名乗って行く。


「魔導師のイチノスと申します。どうぞ遠慮せずに『イチノス』と呼び捨てでお願いします」


 アリシャさんが微笑んでくれたところで、俺は言葉を続けた。


「もしかして、アリシャさんは貴(とうとい)い家の生まれですか?」


 俺は聞き覚えの無い『バンジャビ』と言う名に、思い切って尋ねてみた。


「いえいえ、バンジャビは私の生まれ故郷の一族の名ですので、そう名乗ってるだけです」


 だとすると、この女将さんは王国以外から来たのだろう。


「イチノスさんが言われる意味はありませんので⋯ アリシャでもバンジャビでもどちらでも良いです けど⋯」


「けど?」

「けど??」


「男性に呼び捨てにされるのは慣れてないので⋯」


「じゃあ⋯ 「アリシャさんで!」」


 俺が続けようとするのをアルフレッドが被せてくる。


「はい、それでお願いします。私もイチノス『さん』で良いんですよね?」


「何ならイチノスと呼び捨てで(笑」


 おい、アルフレッド!


「ハハハ」「ホホホ」「ククク」


 まあ、皆で笑えたから良しとするか(笑


「それで、アリシャさんの今日のご御用件を伺ってもよろしいですか?」


  俺は意趣返しで、アルフレッドを無視するようにアリシャさんへ問い掛ける。


 すると、それまでアリシャさんの前に出ていたアルフレッドが、半歩下がった気がした。


「実はですね、ミズダシが欲しいんです」


「水出し?」


「そうです、水出しです。アルフレッドさんが、水出しならイチノスさんだと言うんで、こうして店まで案内してもらったんです」


「わかりました、水出しの魔法円が御入り用なんですね?」


「はい、アルフレッドさんが使っているのが、とても柔らかい水を出すんです」


 一生懸命に俺へ向かって話すアリシャさんの後ろで、アルフレッドが静かに後ろを向いた。


「実はですね、先ほどアルフレッドさんに出してもらった紅茶で、水の違いに気づいたんです」


 アリシャさんの口ぶりから、これは話が長くなる気がする。

 それを察したのか、アルフレッドは既に店から出ようと出入口へ向かっていないか?


「こう、何て言えばわかってもらえるかしら、水が柔らかくて紅茶が美味しかったんです」


 あぁ、その事か⋯


「それでアルフレッドさんに聞いたら、イチノスさんが出した水だって聞いたんです」


 いえ、私の出した水じゃないです。

 多分ですが、私の描いた魔法円が出した水だと思います。


 カラン


 えっ?!


「アリシャさん、すまんが、これで」


 そう言ったアルフレッドが片手を上げて、店から静かに出て行こうとする。


 そんなアルフレッドに気付いたのか、アリシャさんがアルフレッドに軽く手を振る。

 それに応えて軽く手を振り返すアルフレッドは笑顔なのだが、その足は急いでいる感じだ。


カランコロン


「それで、イチノスさん」


「は、はい、なんでしょう?!」


 アルフレッドが店を出て行ったにもかかわらず、アリシャさんが俺へ向かって話を続けてくる。


「あの水を出すのを売ってくれませんか?」


「わかりました、アリシャさんは『水出し』が御入り用なんですね?」


「はい、あの柔らかい水を出すのをお願いします」


「では、詳しいお話を聞く前に確認をさせてください」


「確認ですか?」


「はい、アリシャさんは『水出しの魔法円』や『水出しの魔道具』を使った事がありますか?」


「マホウエン? マドウグ? ですか?」


 アリシャさんが口にする言葉も見せる顔も『魔法円』や『魔道具屋』が、何かを知らないのが伝わってくる。

 これは、どちらも使ったことは無さそうだな。


「では、水が涌き出る水瓶(みずがめ)とか、水を出す水筒とか、そういった物を使った経験はありますか?」


ブンブン


 アリシャさんがかなりの勢いで首を振っている。

 これも経験が無さそうだ。


「では、お店で使われている水は、どうされているのですか?」


「店で使っている水は、店の裏手にある井戸から汲み置きして、沸かしてから使ってます。カレーを作る際には問題無いんですが、紅茶を淹れると少し味が違う感じがするんです」


 アリシャさんは、なかなか水に煩(うるさい)い方のようだ。

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