3-21 彼女が呑みに来ていたそうだ


「は~い、イチノスさん。エールね」

「おぉ~ オリビアさん、ありがとう」


 給仕頭の婆さんと話していると、オリビアさんが俺の注文したエールを持って来てくれた。

 俺はエールと引き換えで木札を1枚渡す。


「串肉は焼き始めたから、少し待ってね」

「そうだ、外で倒れてる連中は呑み過ぎたのか?」


「ああ、あれね(笑 ⋯ ククク」

「まったく、馬鹿な奴らばかりで笑えたぞぉ(笑 ガハハハ」

「⋯⋯」


 オリビアさんと婆さんの笑いで、連中が馬鹿なことをしたのは、それとなくわかる。

 だが、何があったのかがまったくわからない。

 冒険者の連中は、確かに大酒飲みが多い。

 その酒盛りは陽気で、一日の成果を祝い、護衛の達成を祝す感じだ。

 翌日の仕事に支障を来すような、道端で寝てしまうような飲み方はしないのが彼らだ。

 そんな彼らが、集団で寝落ちしてしまう程まで大酒を飲むのは、滅多に見たことがない。


 厨房に戻るオリビアさんを眺めながら、給仕頭の婆さんから、何があったかを順番に聞き出すことにした。

 まずは大衆食堂に人集りが出来ていたことから問い掛けると、女ドワーフ=ヘルヤさんが来たことに行き着いた。


「じゃあ、最初にドワーフの女性が来たんだ?」

「そうなんだよ。何人かと⋯ 5人ぐらいかな? 一緒に来て鎧の話をしてたんだが。もう人集りだよ」


「へぇ~」

「なんか随分と有名な人だったんだね」


「そうらしいな⋯」


 給仕頭の婆さんの話でヘルヤさんが冒険者連中と大衆食堂に来たことがわかった。

 多分だが、ヘルヤさんが冒険者ギルドのギルマスを訪ねて、その後に冒険者連中に捕まったのだろう。

 どういった流れかわからないが、彫金師として高名な彼女と冒険者連中が大衆食堂に来て、それで大衆食堂に人集りが出来てたのか⋯


「婆さん、そこまではわかった。それで酔い潰れた連中は何だったんだ?」


 俺は楽しそうに話す婆さんに、連中がどうして酔い潰れたかを聞いてみる。


「あの女ドワーフさんが言ったんだよ『私より飲めたら作ってやる』って」

「あぁ⋯」


 俺は婆さんの言葉で全てを察した。

 酔い潰れた連中は、ヘルヤさんに鎧を作って欲しいと懇願したんだろう。

 それを断るために『飲(の)み競(くら)べ』みたいな事をヘルヤさんが提案したんだろう。


 ドワーフに酒量で挑むなど無謀過ぎる。

 そもそも人種が違うのだ。

 酒に強い人種と弱い人種がいて当たり前なのだ。

 酒量を条件に出したドワーフ⋯ ハーフドワーフのヘルヤさんに、通常の人間が酒で挑むとは無謀過ぎる。

 そうした無謀に挑んでまでもヘルヤさんの鎧、いや、ホルデヘルクが造った鎧が欲しいのか?

 どうにも鎧に興味を抱けない俺には、そうした気持ちが理解できない。


「お待たせ。串肉で~す」

「オリビアさん。ありがとう。すいませんがエールをもう一杯もらえますか?」


 焼きたての串肉を運んでくれたオリビアさんに礼を述べつつ、追加のエールを頼み銅貨と木札を交換する。

 するとオリビアさんが少しばかりエールの残った俺のジョッキを指差してきた。


「あぁ、飲み干します」


 そう告げて、ジョッキに残ったエールを慌てて飲み干すと、オリビアさんが語ってきた。


「そんな感じでジョッキに火酒を入れて皆で飲み干したら、一人が急に用事を思い出したと言って店を出てったの⋯ ククク(笑」

「3杯目の火酒で全員が落ちたね(笑」


「あれって3杯目だったの?」

「確か3杯目だったと思うよ(笑」


「それにしても女ドワーフさん、スゴいのよ。全員倒れても追加で火酒を頼むんだからぁ~」


 ヘルヤさん。呑み過ぎです。

 その後、ヘルヤさんはどうしたのだろうと二人に聞いてみると、婆さんが答えてきた。


「それでヘル⋯ 女ドワーフさんは?」

「伝令が来て、中身を確認したら酔った素振りも見せずに帰ってったよ(笑」

「私、思わず大丈夫ですかって聞いちゃったら『平気、平気。それよりこいつらを頼む』って言われて⋯」


 なるほど。

 ギルマスの伝令を見て、安心して宿に帰ってくれたんだな⋯ いや、待てよ。

 まさかヘルヤさん、酒臭い息でギルマスに突撃してたりしてないだろうな?


「イチノス。待たせてすまん!」


 オリビアさんや婆さんと話していると、ワリサダから声を掛けられた。

 慌てて振り向くと、私服に着替えたキャンディスさんと坊主頭のワリサダが腕を絡めて立っていた。


 俺はキャンディスさんの私服姿を初めて見た。

 いつもギルドの制服を着ている彼女とは、かなり感じが違う。

 あの会議室で疲れから跳ね上がっていた髪もきっちりと整えられ、バッチリと化粧も決めている。

 俺から見ても、確かにキャンディスさんは綺麗な女性だ。


 そんなキャンディスさんに腕を組まれているワリサダは、どこか自信に溢れている感じがする。

 自分の連れている女性の素晴らしさを誇るようで凛々しささえ感じられる。

 坊主頭だが⋯


 二人の姿に少し驚いていると、婆さんが問い掛けてきた。


「一緒に飲むのかい?」

「???」


「イチノスも一緒に飲むのか聞いてるんだよ」

「えっ? いや? へっ?」


 俺は婆さんの言葉に更に驚いてしまい、返事が出来なかった。


「まあ、最初の一杯は待ってくれたイチノスに捧げたい。良いよなキャンディス?」

「えぇ一杯だけよ(ニッコリ」


 キャンディスさん。

 言葉は朗らかだけど、目の奥に怖いものが見える気がするんですけど⋯


「みんな、エールでいいね?」


 オリビアさんが聞きながら、俺に向かって手を出してきた。

 その手の意味するものが俺には理解できないでいると、今度は婆さんが言ってきた。


「ほら、イチノス。銅貨2枚。二人を祝う気持ちは無いのかい?」


 えっ? 俺が払うの?

 何で俺が払うの?

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