3-20 彼女は婆さんの姪っ子でしたとさ
「イチノス殿、なかなかの余興だったぞ」
「そうかそうか、気に召して良かった」
「やはりガス灯は購入だな。うん是非とも購入しよう」
ワリサダはガス灯の点灯がよほど面白かったようで、ガス灯購入の決意表明をしてきた。
ガス灯が研究所で作られていること等を話しながら、風呂上がりのエールを求めてワリサダと二人で大衆食堂へと向かう。
どうしても、風呂屋に行くと帰りに大衆食堂に寄ってしまう。
仕事して
風呂屋に行って
大衆食堂でエールを飲む
なぜか連日でこのパターンにはまっている気がする。
明日こそは自宅で過ごそうとを考えながら、大衆食堂の側までやって来た。
通りの角を曲がれば冒険者ギルドで、その向かい側が目的の大衆食堂だ。
そんな道順を心に描いていると、曲がり角に人が落ちているのが見えた。
落ちていると言っても、曲がり角の建物の壁に寄りかかる感じで寝ているようだ⋯ こいつ見たことがあるぞ?
顔をよく見てみるとワイアットを探している時に風呂屋で会った冒険者だ。
「ワリサダ、すまん。ちょっとした知り合いなんだ。おい起きろ! どうした? 何があった⋯」
男の肩を揺すろうとして、こいつが酒臭いことに気が付いた。
呑み過ぎて寝てるのか?
「イチノス殿、食堂の前にも人が倒れている。何だ? 何があったんだ?」
曲がり角に立ったワリサダが、大衆食堂の方を指差しながら声を掛けてきた。
男を元の姿勢で壁に寄りかからせ、ワリサダの指差す先を見ると、大衆食堂の壁に4人ほど人が落ちていた。
更に目を凝らせば、大衆食堂の前に冒険者ギルドの制服を着た男性職員と女性職員が見えた。
女性職員には見覚えがある。
俺にワイアットへの伝令依頼をさせ、先程は長い会議で疲れた姿を見せていた馴染みの受付の女性職員だ。
「さっきの奴は、呑み過ぎて寝てたようだが⋯」
「呑み過ぎた? じゃあ、あれもか?」
「ワリサダ、ちょっと様子を見に行こう」
俺はワリサダを誘い、落ちている連中を見に行くことにした。
俺とワリサダが大衆食堂に向かうと、男性職員と女性職員が店内へと入って行った。
俺とワリサダで、大衆食堂の壁に寄り掛かるように落ちている連中の顔を、一人一人見て行く。
全員が俺の店の客で冒険者だった。
全員が俺の店で携帯用の『魔法円』を購入した客だった。
全員が俺の『ポーション』を毎月買っている客だった。
全員が『魔石』を買ったり充填を依頼してきた客だった。
全員が『魔素』を使える奴らだ。
そして全員が酒臭い息をさせて寝落ちしていた。
俺が一人一人の顔を確認していると、ワリサダも同じ様に顔を見てはウンウンと頷いている。
「彼らは全員が今日の選考で残ったはずなんだが⋯」
ワリサダが呟くように『今日の選考』という言葉を口にした。
「ワリサダも彼らを知っているのか? その⋯ 今日の『選考会』か何かに来ていたのか?」
「ああ、向こうの角で寝ていた彼も選考に残ったはずなんだが⋯」
そんな会話をしていると、冒険者ギルドの男性職員が男を背負って大衆食堂から出てきた。
背負われた男の顔を見れば、やはり冒険者で俺の店の客で『魔素』が使えて息が酒臭かった。
「それで最後だね。会員証で名前を確認しといて」
大衆食堂の店内から、馴染みの女性職員の声がした。
男性職員が大衆食堂の壁に、並べるように背負われた男を降ろす。
これで5人の寝落ちしている冒険者が並んだ。
「オバさん、いつもうちの連中が迷惑かけてゴメンね。また馬鹿なことしてたら直ぐに教えて」
「はいはい。こっちこそキャンディスちゃんのおかげで助かってるよ」
大衆食堂の店内から、給仕頭の婆さんと受付の女性職員が会話をしながら出てきた。
『オバさん』?
『キャンディスちゃん』?
「あら、ワリサダさんとイチノスさん」
「おや、イチノスじゃないか」
「おう! 麗(うるわ)しきキャンディス殿」
ワリサダ、今、何と言った?
『麗(うるわ)しき』と言ったよね?
俺の聞き間違いか?
「こうしてキャンディス殿と会えたのも何かの縁であろう。いやこれこそが神の思(おぼ)し召(め)しだ」
ワリサダがそう言いながら馴染みの女性職員=キャンディスさんの手を握っている。
こいつ彼女を口説いているのか?
「あらまぁ! キャンディス! 顔が紅いよ(笑」
婆さん茶化すと後が怖いと思うぞ。
「キャンディス殿。もう夕刻だが、まだ職務中だろうか? 是非ともキャンディス殿と一献傾けたいのだ。何とかお願いできないだろうか?」
ワリサダがキャンディスさんの手を握ったままで口説き続ける。
キャンディスさんの顔をチラリと見れば少し頬が紅いが満更(まんざら)でもない様子だ。
それを眺めている給仕頭の婆さんはニヤケ顔だ。
すると、やることの無くなった男性職員が、俺に話しかけてきた。
「イチノスさん、長くなりそうなんで俺は先にギルドに戻りますよ。じゃあ失礼します」
そう言い残して、男性職員は早々と引き上げて行った。
ワリサダに視線を戻せば、未だにキャンディスさんの手を握って口説き続けている。
すると給仕頭の婆さんが俺の袖を引っ張ってきた。
「ほら、イチノス。二人の邪魔になるから店に入れ」
「あぁ、そうだな」
婆さんの言うとおりに、ワリサダとキャンディスさんの邪魔をしないように俺は大衆食堂の店内へと入った。
どのテーブルにしようかと店内を見渡すが、大衆食堂の店内には数える程度の客しか見当たらない。
どのテーブルでも良さそうだ。
「イチノスさん、エールで良いのかな?」
そんな俺に声を掛けてきたのはオリビアさんだった。
「あぁ、エールと串肉で頼むよ」
「銅貨2枚よ」
そう言ってオリビアさんが例の木札を差し出してきたので、俺は銅貨と引き換えに木札を受け取る。
オリビアさんは銅貨をエプロンのポケットにしまうと厨房へと下がって行った。
適当にテーブルを決めて席に着くと、それまでワリサダとキャンディスさんを見張っていた給仕頭の婆さんが寄ってきた。
「イチノス、坊主から伝言じゃ。後でキャンディスと一緒に来るから、先にやっててくれとさ(ニヤリ」
「ほぉ~?(笑」
「キャンディスがギルドに戻って着替えてくるそうじゃ。坊主頭はキャンディスに着いて送り迎えに行ったよ(ニヤリ」
「そうかそうか⋯ そうだ、婆さん。彼女は婆さんと親戚なのか?」
「ありゃ? イチノスは知らなかったか? 私の姪っ子だよ」
「なるほどぉ~」
俺は彼女の『オバさん』の言葉の意味に納得がいった。
ギルド受付の馴染みの女性職員=キャンディスさんと、大衆食堂の給仕頭の婆さんが親戚だったとは思いもよらなかった。
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