15-11 隠し部屋


 現在、魔導師のイチノスは古代遺跡で新たに見つかった石扉の前で一人、美味しくない御茶を飲んでおります。


 あの後、ワイアット達は野営用の薪を取りに古代遺跡の外へと出て行った。


 新たに見つかった石扉、その魔法円の描き換えを任された俺は、一人で古代遺跡の中に残った。


 俺は早々に魔法円の描き換え作業を終わらせ、今は御茶を楽しんでいるのだ。


 御茶を飲みながら周囲を見渡し、天井の穴からの陽が傾き始めていることに気が付いた。


 この陽が逆向きになる明日の朝、描き換えを済ませた石扉を開けて、ワイアット達が中を確認したら、魔導師としての俺の出番は終わりだな。


 いやいや、ワイアット達が戻ってきたら、開けると言い出すかもしれないな(笑


 いずれにせよ、今日これから開けるか否かは冒険者であるワイアット達が決めるだろう。

 魔導師である俺が口を挟むなら、調査隊のメンバーとして、今日、これから開ける必要性を問うだけだな。


 いずれにせよ、明日の今頃はリアルデイルの街へ戻っているだろう。


 リアルデイルの街へ戻ったら、真っ先に風呂屋へ行きたい。

 もちろん、風呂屋の後は大衆食堂でエールだな。


 結局、今回の調査隊へ参加しても、未知の魔法円には出会えなかった。

 出会えたのは俺も知っている複合の魔法円止まりだった。

 もっと、こう、新たな発想を掻き立てる魔法円や魔法には出会えなかったな⋯


 そういえば、薪を拾いに行った皆は、お目当ての隠し扉や隠し部屋は見つかったのだろうか?


 いや、さっきの様子だと、何も見つかっていない感じだな(笑

 隠し扉とか隠し部屋を見付けたなら、そうした話が出ただろう。


 そうした話が何も出ないと言うことは、何も見つからなかったと言うことだな(笑


 まてよ⋯


 もしかして、あそこの新たな石扉の奥に、新たな魔法円や魔法に関する何かがあるのか?

 いやいや、それは期待し過ぎだな(笑


 さて、皆が戻って来るまで少し暇になってしまった。

 道具も片付けたし、今の俺にはこれといってやることが無い。


 そう思った時に、目の前の大広間へ目が行った。

 そこには長い年月で積もった埃を纏った大広間が、天井の穴から差し込む傾き行く陽で茜色に染まっていた。


 あの『何かを越える』感じは何だったのだろう?


 大広間を縁取る黒っぽい石を眺めて、そんな思いが浮かんできた。

 魔の森を抜け、明るい開けた場へ行く際に感じた『何かを越える』感覚。

 そして、古代遺跡の奥へと誘う通路へ入った時にも感じた『何かを越える』感覚。


 あの通路に足を踏み入れた時に、黒っぽい石が並んでいるのを見たよな?

 あの時に見掛けた黒っぽい石と、目の前の大広間を縁取る黒っぽい石。


 どちらも同じ黒っぽい石だよな?


 もしかして⋯

 あの黒っぽい石に何かがあるのか?


 いや、魔の森を抜けた時には黒っぽい石は無かったよな?


 それらしいものは無かったよな⋯

 そうしたことを考えながら、大広間を縁取る黒っぽい石へと、再び目が行ってしまう。


 試してみるか⋯


 飲みかけの御茶を置き、大広間へ向かおうとしたとき、自分の名前を呼ばれた気がした。


(オーイ イチノス~)


 ん?


 声のする方を見ると、ワイアットとブライアンらしき人物が、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 二人だけ?

 アルフレッドはどうしたんだ?


 古代遺跡へ入ってきた入口を見ると、アルフレッドが何かをしているのが見えた。


 俺は自分で淹れた御茶を飲み干し、大広間を縁取る黒っぽい石から意識を離し、二人の呼び掛けに応えた。


「おぅ、ごくろうさま~」


 それに応えて2人が軽く手を挙げ、大広間を反時計回りに歩いてこちらへ向かってくる。

 その様子は、古代遺跡の壁で何かを探しているわけではなく、重そうな薪を背負うので手一杯のようだ。


「イチノス、お待たせ」


 そう声を掛けてきたブライアンが背負ってきた薪を降ろすと、ワイアットもそれに続く。


「いやいや、おつかれさん」


「どうだ? イチノスの方は?」


「俺の方は終わったよ。後は試すだけだな」


 そこまで話すとブライアンがワイアットへ問い掛ける。


「ワイアット、どうする? 開けるか?」


「ブライアン、さっきも話しただろ。明日の朝だ。何かあったら暗闇の中で魔の森を歩くことになるんだぞ」


「カカカ そうだったな」


 どうやら新たな石扉を開けるのは、皆で話し合って明日の朝と決めているようだ。


「それに、今開けてみろ、アルフレッドに一生恨まれるぞ」


「カカカ わかったわかった。冗談だよ(笑」


 二人とも声が明るい。


 そこで改めてアルフレッドへ目を移すと、通路の出入口に天幕を張っているように見える。


 あれがもしかして魔物への罠なのか?

 確かにあそこを塞げば、今夜は魔物への警戒を緩めれるな。


「さあ、火を起こして湯を沸かそうぜ」


「おう、俺が晩飯を作って良いのか?」


「ハハハ それでこそアルフレッドに一生恨まれるぞ(笑」


 そんな会話をしながらも、ワイアットとブライアンは降ろした薪で火を起こす場所を決めて行った。



 結局、火を起こす場所は新たに見つけた石扉から、それほど離れていない場所になった。


 新たに見付けた石扉の両脇には、俺達が座るには程好い高さと大きさの石がある。

 その座れる石の側で火を起こし、入口に罠を作り終えたアルフレッドがスープを作っている。


 古代遺跡入口の前には、食卓に出来そうな高さで平な石があったが、座れずに立ったままでの食事だった。

 一方、新たに見付けた石扉の脇には、こうして座れる石がある。


 立ったままの食事よりは、こうして座れる方がありがたい。


 ブライアンとワイアットもその石に座って、他愛もない話をしている。


 二人は話をしながらも手を動かし、薪に布を巻き付けると紐で縛って松明を作って行く。

 今夜と明日の石扉を開けた後を考えてのことだろう。


 スープを作っているアルフレッドは、時折、手を休めワイアットとブライアンの話しに相づちを打っている。


 そんな皆へ、隠し部屋だか隠し扉を探した結果を、改めて問い掛けてみる。


「そういえば隠し扉は見付かったのか?」


「おぅ、見つけたぞ」


「「ククク」」


 ブライアンが前のめりに答え、ワイアットとアルフレッドが含み笑いだ。


「どんな隠し扉なんだ?」


「そうだな⋯ イチノスはあの出入口の少し脇が見えるか?」


 ブライアンの指差す先は、先ほど皆が集まっていた付近だ。


「あそこに隠し扉があるのか?」


「う~ん 隠し扉と言うよりは隠し部屋だな」


「隠し部屋?」


「お手洗いだよ(笑」


「⋯⋯」


「おいおい、食事前にその話しか?(笑」


 アルフレッドが干し肉とイモのスープを混ぜながら苦言を呈してくる。


「まあ、食事前にする話じゃないな(笑」


「俺は小さい方で使ってみたが問題なかったぞ」


 ワイアットがアルフレッドに同意するが、ブライアンは使い心地を話してくる。


「まあ、明日の朝になればワイアットが使い心地を話してくれるよ(笑」


「おいおい、俺が一号か?!(笑」


「だから、食事前にその話しは止めようぜ(笑」


 こいつら、どこまでが冗談かわからん話をしているな。

 これでは大衆食堂で酒を飲んでいる時と同じじゃないか。


 もしかして、古代遺跡の外で一杯引っ掛けてきたのか?(笑


 それにしても、アルフレッドの作るスープからは、食欲をそそる香りが漂っている。

 干し肉とイモのスープだと思っていたのだが、どうも今夜は違うようだ。


「よし、出来たぞ」


 そんな香りを楽しんでいると、アルフレッドがスープの出来上がりを告げて来た。


 アルフレッドの声に動かされ、皆が自分の荷物からパンを取り出し木皿へ入れると、アルフレッドの元へと並んで行く。


「今夜は、いつもと違うのか?」


「まだ試作品だ、後で感想を聞かせてくれよ」


 ワイアットの問い掛けにアルフレッドが応えている。


「それにしても、旨そうな匂いだな」


「匂いだけじゃないぞ、味も良いはずだ」


 ブライアンにもアルフレッドが応える。

 どうやら二人は食べたことが無い味付けのようだ。


 俺もアルフレッドへ木皿を渡せばスープをよそってくれた。


 手にしたスープの色合いが昨夜とは違う気がする。

 これは暗闇の中での焚き火による灯りのせいだろうか?


「アルフレッド、これは昨日と違うよな?」


「ククク 毎回同じだと飽きるだろ(笑」


 スプーンで掬って口へ運ぶ⋯

 何だろう?


 似たものを食べたことがある気がする。

 何処で食べたのだろう?

 確かめるようにもう一口食べて行く。


「何だこれ? 不思議な味だな?」


「おう、これは俺も食べたことが無いな」


 ブライアンとワイアットがスープの味に興味を示す言葉を続ける。


 何だろう?

 一度、食べたことがあるような気がするんだが⋯

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