15-12 不思議な味のスープ


「アルフレッド、このスープは変わった味だな?」


「俺もこれは食べたことが無いな」


 確かにブライアンやワイアットが言うとおりに変わった味だ。

 香辛料が何種類か使われているのは解るが、何の香辛料かまではわからない。


「うんうん」


 アルフレッドを見れば満足そうに頷くだけで、スープの正体については語ろうとしない。

 むしろ目線が合ったことで俺に聞いてきた。


「イチノスはどうだ?」


「なかなか旨いな。香辛料が何種類か使われている感じで⋯」


「おぉ~ イチノスは詳しいな」


「なんだよ、イチノスはこのスープの経験者か?」


 正直に答えるとアルフレッドが称え、ブライアンが乗っかって聞いてくる。


「イチノス、もしかして魔法研究所に居た頃に食べたのか?」


 何を思ったのか、ワイアットが急に『魔法研究所』の話をしてきた。

 慌ててワイアットを見ると、アルフレッドやブライアンへ目で合図している感じだ。


 これは、外へ3人で行った時に打ち合わせか何かをして、俺が魔法研究所に籍を置いていたのを確かめようと言う話か?


 ワイアットは知ってる筈だが⋯

 アルフレッドとブライアンには俺から話してはいないな。

 格別に俺は自分の経験を皆へ隠し立てする気はないが⋯


「いや、王都じゃないな。何処だろう⋯」


 もう一口、食べてみるが思い出せない。

 この香辛料を使ったスープを何処かで食べた記憶はあるのだが、何処で食べたかを思い出せない。


 すると、ブライアンが興味深そうな顔で聞いてきた。


「イチノス、聞いて良いか?」


「ん?」


「人伝(ひとづて)に聞いたんだが、イチノスは王都の魔法研究所に勤めてたのか?」


 ブライアンが直接聞いてきた。

 彼の口にする『人伝(ひとづて)』は、3人の先程の様子からして、どうせワイアットからだろう。

 思わずワイアットを見てしまうが知らん顔だ。

 ワイアット、むしろわざと横を向いた顔で明らかにバレてるぞ(笑


 ブライアンに答えようと目を戻すと、横に座っているアルフレッドまで興味深そうな顔だ。


「あぁ、王都の研究所には1年前まで居たぞ」


「俺も聞いて良いか?」


「ん?」


 ブライアンへ素直に答えると、今度はアルフレッドが聞いてきた。


「イチノスの母親はフェリス様で⋯ 領主のウィリアム様は、イチノスの叔父だって話しは本当なのか?」


 こ、こいつ⋯

 何の遠慮も無なく聞いてくるな(笑


「そうだよ。薄々(うすうす)は知ってたんだろ?(笑」


「「うんうん」」


 俺の肯定する答えに二人が頷きつつ、ワイアットを見やる。

 だが、ワイアットは横を向いて知らん顔だ。


「だからと言って、敬語に切り換えるなよ。アルフレッド『様』にブライアン『殿』(笑」


「⋯ カカカ」


「⋯ ハハハ」


 俺が冗談交じりに返せば、一瞬の間を置いて、二人から笑い声が聞こえる。

 そのままワイアットを見れば、やはり横顔が笑っている気がする。


「カカカ 安心しろ、イチノス『様』。今さらイチノス『殿』は呼びにくい(笑」


「そうだ、アルフレッドの言うとおりだ。俺も『殿』や『様』は苦手だぞ(笑」


「グッハハハ だから言ったろ? イチノスは気にしないんだよ(笑」


 ワイアットが堪えきれずに、ようやく俺の顔を見て笑い声を上げた。

 どうやらアルフレッドもブライアンも、俺の出自を確認したかっただけのようだ。


 皆が声を出して笑っているので、これはこれで良しとしよう。

 俺の出自を知っている人は知っている事だし、魔法研究所に籍を置いていたのも格別に隠し立てすることじゃない。


 だが、アルフレッドとブライアンを仕向けたであろう、ワイアットの笑いが少し引っ掛かる。

 せめてワイアットに一本返したい気分だ。


「ワイアット『殿』、俺の王都での経験を聞いてきたが、ワイアット『様』も王都は経験があるんだろ?」


「グボッ!」


 俺の問いかけでワイアットがスープを吹き出しそうになった。


「やはりワイアット『様』は、護衛の仕事か何かで王都へ行ったのか?」


「ゲフンゲフン」


((ククク))


 更なる追い討ちで、ワイアットは変な所へスープが入ったようだ。

 アルフレッドとブライアン、笑いを堪える声が漏れてるぞ。


「イチノス、ワイアットに『王都』の話しは勘弁してやれ(笑」


「そうだな、ワイアットは『王都』は出禁だからな(笑」


「えっ?!」


(ゲボゲボ)


 アルフレッドとブライアンが変な事を言い出した。

 ワイアットが王都は『出禁』だって?

 今のワイアットは、俺の口にした『殿』や『様』に反応したんじゃなくて『王都』に反応してたのか?


「イチノス、ワイアットは王都行きの仕事は断るぐらいなんだよ」


「⋯⋯」


 アルフレッドがなかなか驚きの言葉を口にする。

 思わずワイアットを見れば、押し黙ったままだ。


「ワイアット、手紙ぐらいは出したのか?」


「⋯⋯」


 ワイアット、頑なに黙るな。

 ブライアンは気を使って聞いてるんだぞ(笑


「手紙か⋯ どうせオリビアが出してるだろ」


「またオリビアさん任せか?(笑」


「ワイアットはオリビアさん頼りだからな(笑」


 二人がようやく応え始めたワイアットを茶化している。


 何だろう?

 ワイアットは王都で何かあったのだろうか?


 まさか、ワイアットは王都で犯罪を犯して、リアルデイルへ逃げてきた『御尋(おたず)ね者』とか言い出すなよ。


「ワイアット、深くは聞かない。まさかとは思うが、王都で何かやらかして逃げてきたのか?」


「!!」


「カカカ 何かやらかしたって?!」


「ハハハ やったやった!!(笑」


 何だ?!

 アルフレッドとブライアンの笑いが強くなったぞ?

 俺の言い方が悪かったのか?


 ワイアットは本当に御尋ね者じゃないだろうな?


 いやいや、ワイアットが御尋ね者って事は有り得ないな。

 冒険者ギルドのギルドマスターである、ベンジャミン・ストークスとワイアットは顔見知りだ。

 ワイアットが御尋ね者なら、リアルデイルの街兵士長官を兄に持つベンジャミンが黙っているわけが無い。


「ほれ、ワイアット。自分からイチノスに話したらどうだ? イチノスにはサノスも世話になってるんだし(笑」


(ククク)


「⋯⋯」


 アルフレッドがニヤケながらワイアットを焚き付ける。

 ブライアンは笑いを堪え、当のワイアットは黙ったままだ。


 俺は、これ以上はワイアットを深追いするのは可哀想になってしまった。


「ワイアット、すまん。口が過ぎたな」


「⋯ いや、これもイチノスの話を二人にした酬(むく)いだな⋯ はぁ~」


 ワイアット、ここで溜め息か?

 やはりワイアットが二人を焚き付けてたのか?


 これはまずいぞ。

 これではワイアット一人が悪者な感じになってしまう。

 それにこの場が暗くなってしまう。


 只でさえ古代遺跡の中は月明かりが無いのだ。

 もっとも今日は27日だから、ほぼ新月で月明かりなぞ殆ど望めない。


 古代遺跡の中で、焚火の灯りだけで場も暗いが、雰囲気まで暗くする必要は無いはずだ。

 話題を変えるべきだな。


 そうだ、さっきの隠し部屋の⋯

 まだ食事中だった(笑


 そこで手にしているアルフレッドが作った夕食のスープへ目が行く。


「アルフレッド、結局、このスープは何なんだ?」


「おぉ、これか? イチノスは最近、教会へ行ったか?」


「教会?」


 急にアルフレッドが教会の話をしてきた。

 教会でこんな香辛料を使ったスープを出すわけがない。


 あっ!

 もしかしてアルフレッドは、教会の側、西町幹部駐兵署の側の『カレー』を売りにしている⋯


「アルフレッド、もしかしてカレーを作ろうとしてるのか?」


「おっと、イチノスは『カレー』を知ってるのか?」


「知ってるぞ。あの店だろ? 俺はもう2回は食べてるな」


「2回か、なかなか熱心だな(笑」


 するとブライアンが割り込んできた。


「なあ、アルフレッド。その『カレイ』って何だ?」


「ブライアン、『カレイ』じゃなくて『カレー』だ(笑」


 いやいや、アルフレッド。

 このスープこそ『カレー』に似てるが違うものだと思うぞ。

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