15-13 男同士で隠し部屋へ


 カレーを模してアルフレッドが作ったスープで皆が食事を終えた。


 アルフレッド以外の3人で、皆が使った木製の皿やスプーンを洗って行く。


 アルフレッドはスープを作ってくれたと言うことで、洗い物は免除だ。


 洗い物を免除されつつも、アルフレッドは湯を沸かし皆へ紅茶を淹れてくれた。


 その紅茶を焚火の灯りの中で味わっていると、ワイアットがブライアンを誘う。


「ブライアン、小便に行きたいんだ付き合え」


「おう、そうだな」


 二人が立ち上がり、食事の前に作ったいくつかの松明から1本を手に取ると、ブライアンは自身の荷物の中から小さな瓶を取り出し、松明の先端に巻いた布へ何かを垂らした。


 その松明を焚火にかざすとすぐに火が着いた。

 どうやら小瓶に入っていたのは松明用の油のようだ。

 火を移した松明を手に、二人で隠し部屋の方へと向かって行った。


 揺れる松明の灯りの中、隠し部屋へと向かう2人の背中を眺めながら紅茶を飲んでいると、アルフレッドが聞いてきた。


「イチノスは、カレー屋をどうやって見つけたんだ?」


「カレー屋か? 偶々(たまたま)、教会へ行く用事があったんだ。その時に匂いに釣られたんだよ(笑」


「まあ、俺も似たようなもんだな。あの香りは強烈だよな(笑」


 どうやらアルフレッドも似たようなものらしい。


 あのカレーを出してくれた店は⋯


〉カレーの『バンジャビ』


 そうだ。

 思い出した、バンジャビだ。


 あれは良かったなぁ~


 体のラインがわかる黒のワンピースに黒のショートブーツ。


 あれは良かったなぁ~


 黒のワンピースのスリットから微かに垣間見えた脚。


 あれは良かったなぁ~


 そして見事なまでに細い腰と、引き締まった臀部の素晴らしいライン。


 あれは良かったなぁ~


「イチノス」


「ん?」


「俺のカレーがそんなに良かったのか?」


「えっ?」


「さっきから『良かった』と呟いてるぞ(笑」


 しまった!

 心の声が漏れてしまったか?!


 これは変な詮索をされる前に話を変えよう。


「アルフレッドはカレーを作りたいのか?」


「あぁ、家(うち)で出す料理の一つにしたいんだよ」


 家(うち)で出す料理?

 アルフレッドはカレーを家庭料理で出そうと言うのか?

 あのカレーを一般家庭の食卓に出すのか?

 かなり挑戦的な事を考えるんだな。


「イチノスに言って無かったが、俺の家は宿屋なんだよ」


「宿屋?」


「女房の実家が宿屋でな、実は俺は入婿なんだ。それでカレーを宿屋で出す料理の一つにしたいんだよ」


「なるほど⋯」


「イチノスもカレー屋へ行ってるなら知ってるよな? あのカレー屋は女主人が一人でやってるのを知ってるだろ?」


「そうだな。あの店は確かに女性が一人でやってるみたいだな」


「それなら女房でも出来ると思ったんだが、これがなかなか難しいんだよ」


「作り方とか教わったのか?」


「3回通って教えてもらった。だが手に入らない香辛料もあってな⋯」


 確かに夕食で出てきたスープとカレーは別物だったな。

 あれは使っている香辛料の違いなのか。


 アルフレッドは、カレーに使われる香辛料について熱心に話している。


 今回の調査隊のためにフライドオニオンや遠方から取り寄せたスパイスを持ってきたと、かなり気合が入っていた。


 その話しぶりから、どうやらアルフレッドは調理の腕に長けているようだ。


 ブライアンが左官仕事で、ワイアットが大工仕事、そしてアルフレッドが調理か⋯


 冒険者達、特に今回の調査隊に参加した顔ぶれは、護衛や魔物討伐だけが生業(なりわい)では無いことが良くわかった。


 それぞれに得意とする生業(なりわい)を持っているのだと考えさせられる。


 俺はどうだろうか?


「戻ってきたな」


 アルフレッドの言葉で考えを止めて隠し部屋へ目を向ければ、松明の灯りの中で二人がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 戻ってきた二人が座るなり、ブライアンが天井を指差して俺に向かって問い掛けてきた。


「なあ、イチノス。ここにはコウモリは入ってこないんだな」


「言われてみればそうだな」


 俺に代わって応えたアルフレッドと揃って天井に開けられた明かり取りの穴へと目が向く。


 改めて見ればその大きな穴からは、雑草の陰に輝く星々が垣間見えた。


「確かにコウモリが入ってきてもおかしくないな」


「あれだけの大きな穴ならば、コウモリが出入りするには十分だろ?」


 そう言えば、夕暮れ前に一人で魔法円の描き換え作業をしていた時に、古代遺跡の中にコウモリらしき生き物は見なかった。


 すると今度はワイアットが天井を指差しながら聞いてきた。


「イチノスなら、コウモリや鳥が入って来ない理由を知ってるだろ?」


「ああ、知ってるぞ」


 俺はワイアットの問いかけに素直に答えられる。


 それは俺にとっては、幼い頃に今は亡き父(ランドル)との記憶に繋がる知識の一つだからだ。


「確かにコウモリは出入りしないし、鳩や烏は近付かないだろうな」


「やはりイチノスは知ってるんだな」


 俺の返事にワイアットが答えると、ブライアンが割り込むように聞いてきた。


「何だ? イチノスは知ってるのか?」


「あぁ、王城にも同じ様な大広間があって、そこにも同じ様に天井に大きな明かり取りの穴が開いてるんだよ」


「「王城の大広間?」」


 俺の返事にブライアンとアルフレッドが揃って反応した。


 少し俺の経験を皆へ話すか⋯


「そうだな。俺の幼い頃の記憶では天井に開いてたな」


「へぇ~」


「ほぉ~」


 ブライアンとアルフレッドが感心するような言葉を繰り返す。


 父(ランドル)に連れられて、初めて足を踏み入れた王城の大広間で交わした言葉を思い出す。


『父さん、あの大きな穴は鳥さん達の穴なの?』


『ハハハ あれはね外の明かりを取り入れるための穴なんだ。それと残念ながら鳥さん達は入れないんだよ』


『え~ 鳥さん入れないの? ねぇねぇ、どうして鳥さんたちは入れないの?』


『それはね、あそこには不思議な仕掛けがあるんだよ』


『へぇ~ どんな仕掛けなの?』


『そうだな、イチノスが魔法学校へ入れば教えてもらえるぞ』


『ふぅ~ん』


 そんなやり取りを、今は亡き父(ランドル)と交わした記憶がある。


 その後、魔法学校へ放り込まれ、父(ランドル)が言っていたとおりに、ああした穴からコウモリや鳥が入って来ない理由を俺は学ぶことが出来た。


「イチノス、コウモリ避けの呪いでもあるのか?」


「呪い?(ククク」


 ブライアンの言葉に思わず笑ってしまった。


「カカカ コウモリが呪われるのか?(笑」


「おいおい、呪われたコウモリは大変だな(笑」


 ワイアッとアルフレッドが『呪い』に反応して笑いだした。


「じゃあ、なんだよ。どうしてコウモリが入って来ないんだ?」


「あれは特殊な金属で囲ってるんだよ」


 若干、自分の言葉に恥じる感じのブライアンへ、俺は魔法学校で得た知識を説明していった。


 俺の説明を聞きながら、時折、アルフレッドは首を傾げワイアットとブライアンは頷いていた。


「そうしたことを調べて人々の生活へ役立てる方法に結び着けて行くのが、さっき話しに出た魔法研究所なんだ」


 一通り説明を終えた所で、俺は魔法研究所の役割で締めくくった。


 俺の説明のとおりに、魔法研究所は幾多の事象を調べている。


 コウモリ避けや鳥避けは、王城の大広間の天井を魔法研究所の職員が調べた結果だ。


「さあ、イチノスの話しも終わったな。そろそろ俺は寝るぞ。ブライアンは朝が早かったから眠いだろ?」


 ワイアットがブライアンを誘う。


 するとアルフレッドが先程まで二人が使っていた松明を手にして、俺を誘ってきた。


「イチノス、俺たちも小便して寝ようぜ」


「そうだな」


 この古代遺跡の中は、星明かりもない暗闇だ。

 夜中に小便に起きた時に困るだろう。


 そう納得して俺はアルフレッドと共に隠し部屋へと向かった。


──

これで王国歴622年5月27日(金)は終わりです。

申し訳ありませんが、ここで一旦、書き溜めに入ります。

書き溜めが終わり次第投稿します。

次は古代遺跡の奥に新たに見つかった石扉を開けます。

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