19-20 やってける?


「イチノス君は、このリアルデイルの街でお店を開いてるよね?」


 急にシーラが俺の店について問い掛けてきた。


「あぁ、このリアルデイルの西町で店を開いてるよ」


「やってける?」


 やってける?

 シーラは何を聞きたいんだ?

 俺の店の経営状態が気になるのか?


「まぁ、それなりだけど?」


「それなりかぁ⋯」


 なんだなんだ?

 シーラはどうしてそこで、溜め息が混ざった返事をするんだ?


「シーラ、もしかしてそれが教えて欲しいことなのか?」


「う~ん⋯ 実はね⋯」


 そこでシーラが言葉を止めた。


「ここを出ようと思うの」


 俺はシーラが続けた言葉に、混乱が沸いてくるだけだ。


「ここを出る?」


 シーラは何のことを言ってるんだ?

 ここって⋯  領主別邸のことか?


 待てよ?


「シーラ、ちょっと確認して良いか?」


「うん、なに?」


「今のシーラは、もしかして、この領主別邸で寝泊まりしてるのか?」


「うん、ウィリアム様とフェリス様の好意に甘えてる感じかな(笑」


 そう言ったシーラは、少し恥ずかしそうに言葉を続けた。


「でね、いつまでも甘えられないと思うんだ」


 いやいや、ちょっと待ってくれ。

 俺としては、シーラがこの領主別邸で寝泊まりしているのが驚きだ。


 何かの縁で、ウィリアム叔父さんや母(フェリス)と繋がって、この領主別邸で寝泊まりしているんだと思うのだが ⋯


「シーラ、今度は俺が教えて欲しいんだが良いかな?」


「ん? イチノス君は何を教えて欲しいの?」


「シーラ、落ち着いて聞いてくれ。話せないことや、話しづらいことは話さなくていい。シーラは何かの縁でリアルデイルへ来たと俺は思っている。問題はこの先だと思うんだ。シーラは相談役に就任したからには、リアルデイルの街に住むんだよな?」


 俺は精一杯に言葉を選んで、将来的な話しに向けた言葉を並べて、リアルデイルの街にシーラが住み続けるのかを問いかけた。


「あぁ、それね。このウィリアム様のお屋敷を出ても、このリアルデイルの街に住むよ。それが条件だから」


「それが条件? もしかして、今回の相談役に就く際の条件なのか?」


「そうだよ? イチノス君はそうした話は無かったの?」


 これは返事に困るな。

 俺は既にウィリアム叔父さんの庇護を貰う形で、このリアルデイルの街に店を構えている。

 いわば、既にリアルデイルの街に住むように縛られた状態だ。


「まあ、俺も似たような感じだな⋯」


 そうなると、シーラがリアルデイルの街へ来たのは、相談役に就く前提で来たことになるんだな。


「シーラは相談役に就くのに、他に条件とかあったのか?」


フルフル


 シーラが首を振る。


 それにしても、どんな経緯でシーラが相談役に就任することになったのかが気になる。


 気にはなるが、シーラに聞けない。

 何故なら、つい先ほど


〉何かの縁でリアルデイルへ来た。

〉問題はこの先だと思う。


 そんな言葉を俺は口にしてしまった。


 どうやってシーラが相談役に就いたかとか、どんな条件なのかなんて、掘り下げて聞けないぞ。


 ここは、シーラが相談役へ就くまでの背景や具体的な条件とか、そうした事は掘り下げずに話を進めるしかない。


「じゃあ、シーラはここを出たら家なり部屋を借りるのか?」


「それなんだけど⋯ イチノス君はパトリシアさんを知ってるよね?」


「パトリシアって⋯ 俺の知ってる『パトリシア』は、リアルデイルの街兵士副長だが⋯」


「うんうん」


「もしかして、シーラのいう『パトリシア』は、パトリシア・ストークスのことなのか?」


「正解!」


 はいはい、そこで嬉しそうな顔を見せない(笑


「パトリシアお姉さまにも相談したの。そしたら『ウィリアム様のお屋敷を出るなら一緒に住もう』って言われてるの」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 シーラの言葉には俺の知りたいことが盛り沢山だ。


 まずはどうしてシーラがパトリシアを『お姉さま』と呼ぶんだ?


「シーラ教えてくれるか?」


「フフフ イチノス君は知りたがりね(笑」


「シーラはどうして、街兵士副長のパトリシアさんを『お姉さま』と呼ぶんだ? 親族じゃあないだろ?」


「あれ? イチノス君には言ってなかった?」


「あぁ、聞いてないぞ。俺は何も聞いて無いし何も知らないと思ってくれ」


「フフフ あのね、パトリシアお姉さまは兄の元婚約者なの」


「えっ?!」


 思わず俺は変な声を出してしまった。


「結局、兄とお姉さまは色々とあって、婚姻までには至らなかったんだけどね」


 俺はシーラの全く知らない部分を知らされた気分だ。


 今までの俺の知っているシーラは、魔法学校で共に学んだ記憶が占めていると言える。

 そんな記憶もシーラが突然休学して、俺の前からいなくなったところで全てが止まった。


 それが、ウィリアム叔父さんの公表で思わぬ再会をして、再び動き出したのだが⋯


 ここは、落ち着いて考えよう。

 確かイルデパンは、パトリシアの事を語っていたよな?


 つい数日前の事なのに、何と言っていたかが思い出せない。


 パトリシアが母(フェリス)を慕っている話しは思い出せるが⋯


 そうだ! 思い出して来たぞ!


〉私が東町の担当に赴任した折りに兄に勧められてフェリス様へ会いに行った

〉あの時は私に縁談の話が入って、ついその事をフェリス様に相談してしまったのだ


 その縁談と言うのが、シーラの兄との縁談なのか?


 いやいや、そんなことはどうでもいいんだ。


 シーラと再会した、あの西町幹部駐兵署で開かれたウィリアム叔父さんの公表の時、シーラはパトリシアの髪の事を口にしていた気がする。


 以前はもっと長かったような話は、イルデパンも言っていた気がする。


 髪の長い頃のパトリシアをシーラが知っているなら、シーラは随分と前からパトリシアと接点があったと言うことだ。


 それって、俺と一緒に魔法学校に通っていた頃なんじゃないのか?


 あの頃から、既にシーラは街兵士副長のパトリシアと、交流があったと言うことだよな?


 そうして頭を巡らせていると、シーラが聞いてきた。


「イチノス君は、フェリス様やウィリアム様から聞いてないのね(笑」


「聞いてないぞ、俺は何も聞いて無い」


「フフフ もしかしてコンラッドさんからも?」


「聞いてないな。そもそも叔父さんの公表があっただろ、あの時にシーラと会って驚いたぐらいだぞ」


「フフフ そうだったね(笑」


 シーラが笑顔を見せてきた。

 その笑顔に俺も応えて、互いに紅茶へ口を付けた。


「話を戻していい?」


 一口、紅茶を含んだシーラが呟く。


「あぁ、そうだな。シーラは俺に何を教えて欲しいんだ?」


「パトリシアお姉さまにも、それとなく聞いたんだけど、きちんと教えてくれないの」


 はいはい、シーラは何を知りたいんですか?


「それでね、リアルデイルで実際に店を構えて暮らしているイチノス君なら知ってると思って、教えて欲しいの」


 そろそろシーラの知りたいこと、俺に教えて欲しいことに近づいた気がする。


「リアルデイルで暮らすとして、1人で暮らして行くのに、月に幾らぐらい必要なのかな?」


 あぁ⋯ そんなことをシーラは知りたかったんだ。


「なるほど、シーラはこのリアルデイルの街で住むに際して、毎月どのくらいの生活費が必要かを知りたいんだな?」


「そう、それを教えて欲しいの」


 う~ん、困ったというか何とも答えづらい質問だ。

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