19-19 シーラ休学の真相


 イロエロな勘違いをしてくるメイドはさておき、領主別邸の庭にある東屋でシーラと話すことになった。


 領主別邸の庭は十分に広く、その庭の主(ぬし)たる広大な芝生はまるで翠(みどり)の絨毯だ。

 そんな庭を囲うように植えられた高い木々は、新緑の葉で穏やかな影を広げている。


 澄み渡る空気が庭に宿り、微風がそよぎ俺の頬を撫でてくる。

 昼を過ぎ、夕暮れに向かおうとする太陽は穏やかに輝き、まるで庭園全体が光に包まれているようだ。


 東屋はそんな庭園の一隅にあり、周囲には色とりどりの花がその美しさを彩っている。


 日常の喧騒(けんそう)を忘れ、この穏やかな庭で自然と共鳴し合う瞬間をしばし満喫することができた。


 そんな東屋のテーブル脇では、若手のメイドが緊張に包まれながらワゴンの上で紅茶を淹れている。


 この若いメイドは、年の頃ならば冒険者ギルドのタチアナと同い年ぐらいだろうか?


 そんな若いメイドが緊張する理由は、家政婦長のエルミアが脇に立ち、紅茶を淹れる一挙手一投足を見つめているからだろう。


カタカタ


 若いメイドが、若干、震える手で紅茶の満たされたティーカップをティーソーサーへ乗せて差し出してきた。


 失敗することなくこなせたのか、一息吐いて安堵を浮かべると頭を下げてくる。


 そこで、家政婦長のエルミアが呟く。


「問題ありませんね」


 確かに俺の知る限り、若いメイドの仕草や手順には、何らの問題は無いと思えた。

 エルミアの言葉で若いメイドが再びお辞儀をし直すと、後ろを向き胸を押さえる。

 未だに緊張が解けきらず、胸の鼓動が治まらないのだろう。


「それでは、御用がありますればこちらを使ってお呼びください」


 そう告げたエルミアが、呼び鈴をテーブルの上に置くと軽く頭を下げて来た。


 そんなエルミアへ俺は声を掛ける。


「エルミア、ウィリアム様かジェイク様、それか母(フェリス)と話がしたいんだ。すまないが取り次いでくれるか?」


「無理でございましょう」


即答かよ!


 確かにウィリアム叔父さんもジェイク叔父さんも、就任式にすら出席しないぐらいだから諦めるべきだろう。

 母(フェリス)に至っては、来月からはリアルデイルの街での領主代行を担うのだ。

 その忙しさに追われ、執事のコンラッドに見張られて執務をこなしているのかも知れない。


「わかった。すまんが『イチノスが話したがっている』とだけ伝えてくれるか?」


「はい、畏(かしこ)まりました」


 エルミアはそう告げると、いまだに頭を下げ続ける若いメイドを急かすように下がって行った。


 下がり行く二人を眺めながら、出された紅茶に口をつければ、なかなか良い紅茶で淹れ具合も良い感じだ。


「ふぅ~」


 俺の向かい側に座るシーラも紅茶に口をつけ、緊張を解すかのように静かに息を吐き出した。

 シーラにも若いメイドの緊張が伝染していたのだろうか?(笑


 そんなシーラへ、俺はこの東屋での本題を問い掛ける。


「シーラ、ここなら誰にも聞かれないだろう」


「うん、大丈夫そう」


「それで、俺に何を教えて欲しいんだ?」


「イチノス君はやっぱり大貴族のご子息ね」


 シーラは俺の問いに答えず、関係の無い話を持ち出してきた。


「この東屋を手配するのも、さっきのメイドさんや家政婦長のエルミアさんとの応対もさまになってたよ(笑」


 何だろう、シーラは俺をからかっているのか?


「シーラだって貴族の一員である子爵家の子女だろ? あれぐらいは当たり前じゃないのか?」


「ううん、私の家は一応は子爵だけど領地の無い爵位よ」


 これは初耳だ。

 シーラの実家が領地の無い爵位とは俺は知らなかった。


 だが爵位を授かって貴族の一員となってはいるが、領地までは授かっていない貴族の話しは他にも聞いたことがあるぞ。


 例えば、長年王宮に勤めた武官や文官が退官と共に男爵家の爵位を与えられたりすると聞くが、管理運営する領地までは与えられない。

 領地が与えられない代わりに、爵位に即した金銭が、国王や親となる大貴族から何らかの形で与えられる形式があると聞いたな。


「さっきのメイドさんやコンラッドさんのような執事、エルミアさんのような家政婦なんて雇えない貴族よ」


「それでも、有能な魔導師を代々輩出してきた子爵家で、この王国の貴族の一員なんだろ?」


「そうね。確かに魔導師を出してきた家系だけど、爵位の方はサルタン公爵に仕(つか)える子爵でしかないの。父が亡くなってからは兄が継いだんだけど⋯」


 そこまで言って、シーラは喉を潤すように紅茶を一口含んだ。


 俺は少しだが、そんなシーラの言葉に違和感を覚えた。


 本来、爵位を得た貴族というのは国王に仕(つか)える存在のはずだ。

 それなのに、シーラは『サルタン公爵に仕(つか)える』と言い切った。


 これは、シーラのメズノウア家は親とする貴族がサルタン公爵家だと言うことなのだろう。

 そして、これはこの王国貴族に多々ある派閥の話が含まれている気がする。


 俺としては確かに出自は貴族だが、継承権も放棄して王国の国民の一人、庶民の一人だと思っている。

 そうした庶民からしてみれば、貴族の派閥に関しては一切関わりたいとは思わないのが本音だ。


 庶民の生活からすれば、住んでいる土地の貴族が多額の税金を求めてこない、不当かつ理不尽な領礼が出されなければ良いのだ。

 そうした庶民の生活視点からすれば、領主である貴族が、どの派閥だろうと関係ないのだ。


「なんか愚痴っぽくなっちゃたね(笑」


 そう告げたシーラが微笑みながら言葉を続けた。


「イチノス君は、私の実家のメズノウア家をどのぐらい知ってるの?」


「正直に言ってあまり知らない。さっきも言ったように代々魔導師な家系⋯ ゴリゴリな魔導師の家系だと言うぐらいだな(笑」


「ゴリゴリ? なにそれ?(笑」


 ようやくシーラが心から笑ってくれた気がする。

 これはシーラの実家のメズノウア家の話よりは、シーラ自身の話へ切り替えよう。


「そうだ、シーラはどうして急に休学したんだ?」


「あぁ、あれね。実はね、私が学校を休学したのは、父が極度の魔力切れを引き起こして倒れたからなの」


「そ、そうなんだ⋯」


 これは話題の変え方に失敗したぞ。

 結局はシーラの実家の話に戻ってしまった。


「私が休学した後、寝たきりの父の世話を続けたんだけど⋯ まぁ、最後は亡くなったんだけどね」


「そうか、それは謹んでお悔やみ申し上げます」


「いいのよ。イチノス君も忘れて、3年も前の事なんだから」


 これは、もう少し強引にシーラ自身の話しへ戻すべきだな。


「俺が王都に居る頃に噂で聞いたんだが、シーラは復学して学校は卒業してるんだよな?」


「うん、父が亡くなった後で復学して卒業したの」


「それで、卒業した後はどうしてたんだ?」


「実家の店を手伝ったり、兄の手伝いをしてたかな⋯」


 あぁ、またしてもシーラの実家の話に戻って行く⋯


「シーラは実家で店を持ってたんだな」


「小さい店だよ、今は私が出てきたから閉めちゃったけどね」


 ダメだ、何故か後ろ向きな話しになって行く。


 それに、シーラの答えがどうしてもシーラの実家や家族の事に繋がって行く。

 もしかして、シーラは実家の親族に関して悩みでもあるのだろうか?


「イチノス君は、このリアルデイルで店を開いてるよね?」


 急にシーラが俺の店について問い掛けてきた。

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