19-18 勘違いするメイド


「イチノス君、この後、時間ある?」


「いや、特に予定はないけど?」


「ちょっと、イチノス君に教えて欲しいことがあるの」


 俺の記憶からすると、シーラが『教えて欲しい』と願ってくることは滅多に無かった。

 魔法学校時代に1度か2度ぐらい、あったかどうかのような気がする。

 そんなシーラが俺に『教えて欲しい』と言うのは何なのだろう?


 そう思っていると、シーラが小サロン全体を軽く見渡し、少し残念そうな顔を見せてきた。

 これは、周囲に人が居ない場所で話したい事を表現しているのだろうか?


「シーラ、どこか場所を変えて話しを聞いた方が良いのか?」


「うん、出来ればイチノス君と二人で話せると⋯」


「わかった、ちょっと待って」


 俺はシーラの返事を遮って、小サロン入口に立つメイドへ手を上げて合図を送った。


 俺の合図に気が付いたメイドが俺とシーラの元へと寄ってきた。


 寄ってきたメイドは、俺がこの領主別邸へ身を寄せていた頃には見掛けた記憶の無いメイドだ。

 綺麗に化粧をしているので、年齢はわかりにくいが、目尻に少しだけ皺を感じることから、俺やシーラよりは歳上なのだろう。


「イチノス様、帰りの馬車でしょうか?」


「いや、違うんだ。シーラと二人で話がしたいんで、談話室かどこかが空いていないだろうか?」


「イチノス様、シーラ様とお二人で⋯ ですか?(ニヤリ」


 おい、今のニヤリの意味を教えてくれ!


「どこでもいい、シーラと話ができる部屋を借りたいが、難しいだろうか?」


「そうですね⋯」


 おい、悩む顔をしながらシーラを変な目で見るんじゃない!


「シーラ様とお二人でお話しをされたいのはわかりますが⋯ できますれば私たちの誰か、もしくは護衛を立ち合わせるのが懸命だと思いますが?(ニヤリ」


 はぁ~ なんだよ、このメイドは!


 だが、このメイドの言うことも理解できる。

 俺もシーラも出自が貴族であることから、男女が二人で一つの部屋に籠って過ごすのは、周囲からの要らぬ誤解を招くのはわかっている。


「難しいか?」


「調べてきますので、少々、お待ちください」


 そう告げたメイドは足早に小サロンから出ていった。


「イチノス君、ありがとう」


「シーラ、護衛か彼女たちの誰かが立ち合うが大丈夫か? それとも二人で話せる方が良いか?」


「う~ん、出来れ⋯」


 そこまで口にしたシーラの向こうで、誰かが近寄って来るのが視界の端に見えた。


「シーラ様、イチノス様、ご歓談中にすいません」


 声を掛けてきたのは、商工会ギルドのアキナヒだ。


「は、はい」

「なんでしょう?」


「シーラ様、イチノス様もいらっしゃるので、ベンジャミン様も交えて一緒にお話しをさせていただきたいのですが、お時間はありますでしょうか?」


「えっ?」


 アキナヒの言葉に、シーラが慌てて俺を見てくる。


 だが俺は、アキナヒの言葉から『相談役』就任に際しての業務内容と待遇の件だと察した。

 ベンジャミンを探すように小サロン内を見渡せば、冒険者ギルドの担当を命じられた文官と話し込んでいる。


「イチノス様とシーラ様、相談役へ就任された際の業務内容と待遇の件で打合せをさせていただきたいのです」


 アキナヒの後ろから、先ほどの任命式で商工会ギルドの担当とされた文官が呟くように割り込んできた。

 そして、その言葉は俺の察した内容だった。


「そうです。イチノス様には昼前に、明日と明後日は避けたいと知らせていただきましたが、シーラ様のご都合を伺っておりませんでした」


「シーラはどうだ?」


 文官の言葉を追いかけるアキナヒへ応えるため、俺はシーラの都合を問い掛けた。


「明日と明後日はダメなの?」


「明日の昼から店でポーションを作るんで、避けたいんだ」


「あぁ、なるほどね(笑」


 何かを理解した様にシーラが微笑みながら答えてきた。

 まあ、同じ魔導師のシーラなら、ポーション作りで二日間、俺が使い物にならなくなるのはわかるだろう(笑


「シーラ様、いかがでしょうか?」


 文官がシーラへ問い掛ける。


「いいですよ。私はイチノス様の都合に合わせます」


「今日は31日ですよね? 明日が1日で明後日が2日ですから⋯」


 文官がブツブツと呟きながらペラペラと用箋挟(ようせんばさみ)の紙を捲って行く。


「では、仮決めで明明後日(しあさって)の3日は金曜日の昼過ぎ1時に、商工会ギルドでお願いできますでしょうか?」


「はい「わかりました」」


「冒険者ギルドのベンジャミン様のご都合で変更する際には、伝令を出します」


 そう言いながら文官は手にした用箋挟(ようせんばさみ)の上でペンを走らせた。


 ペンを走らせる文官の服装は街兵士の制服と似ている。

 その違いは肩と脇に白い線が入っていることと、常に用箋挟(ようせんばさみ)を持ち歩いていることだ。


ん?


 文官の手にする用箋鋏に、ウィリアム叔父さんの紋章が入ってるじゃないか。

 この紋章が入った用箋鋏を手にしているということは、この文官はそれなりの階級なんだな。


「イチノス様、シーラ様、確認のためにお持ちください」


 そう告げた文官が、こんな感じのメモ書きを2枚出してきた。


魔法技術支援相談役 第1回会合

王国歴622年6月3日(金)

時刻 1時

場所 リアルデイル 商工会ギルド

参加予定(敬称略)

ベンジャミン・ストークス

アキナヒ

イチノス・タハ・ケユール

シーラ・メズノウア

商工会ギルド担当者

冒険者ギルド担当者


「ありがとう」

「お手数をおかけします」


 シーラと二人でメモ書きを受け取ると、文官は軽く頭を下げ、アキナヒと共にベンジャミンの元へと向かって行った。


「なんか几帳面な文官だな(笑」


「イチノス君も見習う?(笑」


「ククク」

「フフフ」


 シーラと笑い合っていると、先ほどのメイドが小走りに寄ってくるのが、視界の端に入ってきた。


「イチノス様、失礼します」


「おう、どうだった?」


「ご依頼の件ですが、現在、使える部屋がございません」


 まあ、急なことだから難しいのだろう。


「そこで、婦長へ相談させていただきました」


 あぁ、エルミアに相談したんだな。


「婦長から、庭の東屋はどうかと言われております」


 庭の東屋か⋯ 良い案だな。


 あそこならば、周囲から見える場所だから、シーラと二人で話をしても変な考えを抱くやつはいないだろう。

 それに、護衛やメイドを遠ざければ誰にも話を聞かれず、シーラも話しやすいだろう。


「わかった。シーラ、庭の東屋でどうだろう?」


「うん、そこで良いよ」


 シーラが同意したところで、メイドに東屋が使えるように依頼をする。


「じゃあ、東屋で頼む」


「はい、準備させていただきます。他に御用はありますでしょうか?」


「そうだな⋯ すまないがお茶の準備をお願いしたい」


「お茶ですね。他に御入り用の物はありますでしょうか?」


 そこまで応えたメイドが、俺とシーラを舐めるように見始めた。


「他に薄手の毛布などが必要でしょうか?」


「えっ?!」


「失礼しました。そのローブであれば、お茶以外には必要無さそうですね(ニヤリ」


 待て! お前は何を考えてるんだ?!

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