19-17 就任式と領主代行


 小サロンへ最初に入ってきたのはシーラだった。


 シーラは魔導師の正装であるローブを着ているが、ウィリアム叔父さんの公表の時のように頭までフードは被っておらず、俺の立つ壁際からでもシーラの顔がハッキリと見える。


 その顔は血色が良く、髪も見事な銀髪で色艶が素晴らしく、ローズマリー先生の治療が行き届いているのが明らかにわかる。


 そんなシーラが、壁際に立つ俺達へ軽く会釈をして来たので、俺もベンジャミンもアキナヒも軽く会釈で応えた。


「はぁ~い、イチノス!」


えっ?!


 続いて入ってきたのは母(フェリス)だ。

 黒のロングドレスに白いレースのカーディガンを羽織った母(フェリス)が小サロンに入るなり、俺の名を呼んできた。

 そして、俺へ向かって両手を広げて抱擁を求めて来たのだ。


 そんな母(フェリス)の様子に、頭を軽く下げたベンジャミンとアキナヒが、体をビクリとさせたのがハッキリとわかった。


「そのローブ、やっぱり似合うわぁ~」


 母(フェリス)の声に、ベンジャミンもアキナヒも頭を下げたままだが、俺を見ているのがわかる。


 母(フェリス)は両手を広げたまま、真っ直ぐに俺へ向かって来る。

 これは母(フェリス)の抱擁を俺が受け止める必要があるだろう。


 俺は仕方なく、それまで立っていた壁際から一歩前へ出ると、両脇に立っていたベンジャミンとアキナヒが、横へズレて場所を空けた気がする。


 俺はそのまま、体当たりのような母(フェリス)の抱擁を受け止めた。


「しばらく見ない間にこんなに大きくなってぇ~」


 母(フェリス)さん、2週間ぐらい前に会ったと思いますが、俺の記憶違いでしょうか?


ウゥン


 この咳払いはベンジャミンか?

 俺にとっては助け船だが、その咳払いでシーラやアキナヒ、周囲の方々の注目を集めていないか?


 いや、それ以前に母(フェリス)の行動で視線を集めてるか⋯


ウホォン


 またしても、咳払いが聞こえる。

 この咳払いは聞き覚えがあるぞ。


 母(フェリス)に抱きつかれたまま咳払いの主へ目をやれば、黒の執事服を纏ったコンラッドだ。


「イチノス様とシーラ様は、前列へお座りください」


 その声で母(フェリス)が抱擁を解き、軽くコンラッドを見やると、俺との抱擁で少し乱れた衣装を直し、小サロンの奥へと向かった。


 そんな母(フェリス)の後にシーラが続くのだが、口を手で押さえて笑いを堪えているのが、ありありとわかる。

 俺と母(フェリス)の抱擁に笑ってしまったのだろう。


 う~ん⋯

 母(フェリス)に抱きつかれる所を皆に見られるのは、かなり恥ずかしいぞ。


 笑いを堪えたシーラが演説台の向かいに置かれた長机に着くと、コンラッドが室内の全員へ声を掛ける。


「両ギルドマスターもイチノス様も、着席を願います」


 その声に応じてシーラの隣へ座ると、後ろの長机にはアキナヒとベンジャミンが座った。


「フェリス様、式典を始めてよろしいでしょうか?」


 コンラッドの伺いを立てる言葉に、演説台に立った母(フェリス)が軽く頷くが、なんで母(フェリス)が演説台に立っているんだ?


 全員が席に着いたところで、コンラッドが口上を述べ始める。


「それでは、国家事業である『王国西方再開発』の、リアルデイルにおける就任式を始めます」


えっ?


 ウィリアム叔父さんが来ていないぞ?

 コンラッドはこのまま始めるのか?


 もしかして、ウィリアム叔父さんは後から参加するだけか?

 正面の演説台に母(フェリス)が立ってはいるが⋯


 それより、コンラッドが言った


〉『王国西方再開発(おうこくせいほうさいかいはつ)』


 これがウィリアム叔父さんの公表の正式な呼称なのか?


 『王国』との呼称を付けているから、正式に国王が認めたものだと言うことだよな?

 それに、コンラッドは『国家事業』と口にしたよな?


 いやいや、ベンジャミンは国王から勅令が来たと言っていた。

 国王が認めている『国家事業』であるのが当たり前だ。


「ウィリアム様は別件で打合せ中で、本日の式典に出席が叶いません」


え、えっ?


「つきましては、来月よりリアルデイルの領主代行を務められる、フェリス様が本式典でもウィリアム様の代行を務めさせていただきます」


え、え、えっ?


 まてまて、どうなってるんだ?!

 来月から母(フェリス)が領主代行を務めるだって?


 俺はそんな話は一度も聞いていないぞ⋯


「イチノス・タハ・ケユール様、シーラ・メズノウア様、両名は前へ願います」


 コンラッドの名を呼ぶ声に、シーラが立ち上がり、俺を見てきた。

 それに促されて俺も立ち上がる。


 俺とシーラが立ち並ぶと、演説台の向こうの母(フェリス)が口を開いた。


「イチノス・タハ・ケユールおよびシーラ・メズノウアの両名を、王国西方再開発事業における魔法技術支援相談役に任命する」


 パチパチ パチパチ パチパチ

 パチパチ パチパチ パチパチ

 パチパチ パチパチ パチパチ


 母(フェリス)の言葉に、小サロン後方の入口の方から拍手が沸き起こる。


 その拍手の多さに思わず振り返れば、エルミアや以前に見掛けたことのあるウィリアム叔父さんの文官が数名で俺とシーラを拍手で称えていた。

 それに、ここまで見掛けたメイド達が、文官達に負けじと俺とシーラへ拍手を贈っていた。



 無事に就任式が終わった。


 就任式では、俺とシーラの魔法技術支援相談役への就任以外に、先ほど拍手を贈ってくれた文官達の任命も成された。


 冒険者ギルドと商工会ギルドのそれぞれに、2名の文官が着任することになった。

 今後は任命された文官達が、各ギルドでの『王国西方再開発事業』に関わる、ウィリアム叔父さんへの報告を担当することになるのだろう。


 今までは、冒険者ギルドであればベンジャミン・ストークスが、商工会ギルドであればアキナヒが、直接ウィリアム様へ報告をしたり決裁を受けていたのだろう。

 今後はそうした職務を、あの4人の文官達が担うことになるのだろう。


 コンラッドが式典の終わりを告げ、母(フェリス)が小サロンから退室するのを全員で見送って解散となったのだが、参加者は一向に小サロンから退出しない。

 解散となっても、式典へ参加した者達が各々の担当からか集まって立ち話をしている。


 それにしても、ウィリアム叔父さんがこの式典に出席しないことに、肩透かしを食らった気分だ。


 あれだけウィリアム叔父さんやジェイク叔父さんに会うことを避けていた俺だった。

 だが、ここ数日は会っても良いだろうと思っていた。

 いや、むしろ二人に会って、話をしたい気分になっていた。


 自分でも、この心変わりには気付いているし、その理由を自分自身の中に探そうともした。


 そもそも今日の就任式は、ウィリアム叔父さんの判断で開かれたとベンジャミンからは聞かされている。

 それなのに、就任式の開催を決定したウィリアム叔父さんが出席しないなんて⋯


いや、待てよ


 来月からこのリアルデイルの街では、母(フェリス)が領主代行を務めると言っていた。


 もしかして、この就任式の開催は母(フェリス)が思い立ったのでは?

 もしもそうならば、まさかとは思うが、母(フェリス)は俺に会う口実のためにこの就任式を開いたんじゃないだろうな?


 少しでも母(フェリス)と話す時間が欲しくなったぞ。

 今日の就任式の開催を含めて色々と母(フェリス)に確かめたくなってきたぞ。


 それに母(フェリス)にはムヒロエから預かった薄緑色の石の件も聞きたい。

 そして行き詰まっている『勇者の魔石』の件も話しをしたい。


 それに何故かわからないが、ウィリアム叔父さんやジェイク叔父さんと、少しで良いから話す時間が欲しい。

 互いに近況を交わせるだけでも良い。

 むしろ自分の状況を二人へ話したい。


 そうした時間が取れないだろうかと、取次を頼むために、コンラッドかエルミアを探すが見当たらない。


 俺は席を立ち上がって、コンラッドとエルミアを探そうとすると、隣に座っているシーラにローブの袖を引っ張られた。


「ん? シーラ、どうした?」


「イチノス君、この後、時間ある?」

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