19-21 コンラッドからの伝令


「なるほど、シーラはこのリアルデイルの街へ住むのに、毎月どのくらいの生活費が必要かを知りたいんだな?」


「そう、それを教えて欲しいの」


 う~ん、困ったというか何とも答えづらい質問だ。


 俺の知る限りでは、このリアルデイルの街では、月に金貨5枚ぐらいあれば生活ができると聞いたことがある。

 そう聞き及んだ話をシーラへ伝えるのが正解なのだろうか?

 そうした返事がシーラの求める答えなのだろうか?


 今の俺の住まい兼店舗は、ウィリアム叔父さんの庇護を受けている。

 いわばあの店は、俺をリアルデイルへ定住させる、ウィリアム叔父さんからの一種の縛りだ。


 店の利益と個人の特殊な利益で生活をしてはいるが⋯


「イチノス君、答えづらい?」


「あぁ、答えづらいな(笑」


 俺は愛想笑いでシーラに答えるしかできなかった。


「以前にシーラが実家に居た時はどうだったんだ?」


 しまった!

 ついシーラの実家の話しに戻してしまった。


「実家の店の利益で何とかしてたけど?」


「そうなるとだ⋯」


 良かった、実家の話しに戻してもシーラは平然と答えてくれる。


「リアルデイルの物価がわかれば良いんだな?」


「まぁ、そうね」


「それで言うと、リアルデイルは王都より物価は安いぞ」


「イチノス君は自炊してるの?」


「ククク 俺がすると思うか?(笑」


「思わない(笑」


「ククク」

「フフフ」


 曖昧な返事しかできないが、これでシーラには納得して貰うしかないな。


「私はね、休学して実家に居た時や卒業した後はきちんとやってたんだよ」


 少し照れたように、急にシーラが実家での暮らしぶりを口にする。


 確かにシーラが休学していた際には、魔力切れで寝込んだ父親を抱えていたんだ。

 親の介護や食事もシーラが拵えていたのだろう。


 もしかして、パトリシアと結婚までは行かなかった兄も一緒に暮らしていたのだろうか?

 そうなると、父親が亡くなった後は兄の世話をしながら実家の店を切り盛りしていたのだろう。

 それならシーラは、それなりに生活力は備えていると思える。


 待てよ、シーラの母親はどうなんだ?


 ここまでシーラは亡くなった父親や兄については話してくるが、自身の母親については一切触れてこない。


 父親が魔力切れで倒れ、それをシーラが世話したとなれば、それ以前にシーラは母親と死別したか何かがあったのだろうか?


 どうもシーラの母親については直接は問い掛けづらいな。


 それよりも考えを戻そう。

 今のこの場では、シーラの今後の事を話題にするべきだ。

 そう考えて行くと、シーラが一緒に住む予定のパトリシアはどうなんだろう?


「パトリシアさんは具体的な事は言わないんだよな?」


「う~ん⋯」


 シーラの返事に切れが無いな。

 これはパトリシアも、実際の生活に要する費用を掴んでいない感じだな(笑


 そこまで話したところで、視界の端で何かが動くのが見えた。


 その動く何かへ目をやれば、先ほどの若いメイドが両手でトレイを持ってこちらへ向かって歩いている。

 更にその若いメイドの後ろには、家政婦長のエルミアが見守るように張り付いている。


 俺の視線に気が付いたのか、向かい側に座るシーラが座り直し、衣服の皺を伸ばすような仕草を始めた。


「い、イチノス様。コンラッド殿からの伝令です」


 若いメイドが緊張が混ざった口調で、大切そうに両手で持っているトレイを俺に向かって差し出してきた。


ウゥン


 咳払いが聞こえる。

 この咳払いはエルミアだ。


 慌てて若いメイドが片手でトレイを持ち直し、反対の手でトレイに乗せられた折られているナフキンを半分ほど広げた。

 するとそこには、白い封筒が置かれていた。


 俺はその封筒を手にして、若いメイドへ礼を告げる。


「ありがとう」


 若いメイドが俺の返事に硬直したかと思うと、頭を深く下げてきた。


 そのまま若いメイドが下がるかと思ったのだが、身動きしない。

 これは差し出された伝令を、この場で読んで返事をする必要があるのか?


 そう思った時に、エルミアが声を発した。


「イチノス様からの返事を要されるのであれば、その旨を伝えなさい。返事を要さないのであれば、下がりなさい」


「は、はい!」


 若いメイドが精一杯の返事をすると、再び頭を下げて半歩下がった。


「はい、下がって」


 エルミアが若いメイドへ指示を出す。

 途端に頭を上げ、向き直った若いメイドは小走りに本館の方へと戻って行った。


「イチノス様、シーラ様。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。何分、あの者は練習中ですので、どうかご容赦ください」


 そう告げたエルミアが優雅な姿勢で軽く頭を下げ、チラリとシーラへ目線を移して静かに下がって行った。


「はぁ~」


 エルミアが本館へ入るのを見届けたところで、シーラの大きな溜め息が聞こえた。


「シーラ、どうしたんだ?」


「うぅん、なんでもない⋯」


 そう答えたシーラは、先ほどまでとは違って肩から力を抜き、椅子の背凭れに身体を預け、随分と緊張を解した感じだ。


これは⋯


 もしかしてだが、この領主別邸を出るとシーラが言い出したのは、エルミアやメイドの様子に何かを感じているからだろうか?


 もしかして、エルミアが出してくるメイド達への行儀見習いな指導とか、そうした様子にシーラは慣れていないのだろうか?


 だとしたら、シーラは行儀見習的な事は苦手なのか?


 俺は幼い頃から見慣れているし、エルミアから仕込まれたから当たり前に感じるが、シーラの子爵家は使用人を雇えない家だと言っていたな⋯


 その付近を掘り下げると、またシーラの実家の話に戻りかねないな(笑


 俺はシーラの思いや悩みから遠ざけるように、手にしたコンラッドからの伝令へ目を移した。


 そのまま目を通すか迷ったが、今はシーラとの会話中だから、後で読もうと魔導師ローブの内ポケットへ押し込んだ。


 その様子をシーラが眺めている。


「イチノス君、読まなくて良いの?」


「後で読むよ。今はシーラとの話の方が大事だからね(笑」


「ありがとう、イチノス君らしい優しい返事ね(笑」


 シーラの言葉にこっちが戸惑いそうになるが、グッと堪えてシーラへ問いかける。


「そう言えば、先生からの治療はどうなんだ? 確か先生は10日ぐらいは通院が必要だって言ってたよな?」


「そうそう、就任式の前に先生から治療を受けたの。そしたら『後は自分で回復魔法を掛けなさい』って言われて魔石を渡されたの」


「それは良かった。それにしても随分と治りが早いな」


「うん、やっぱり先生は見事な腕前よね」


「じゃあ、明日からは通院しなくて良いのか?」


「大丈夫みたい。ただ、言われちゃったんだ」


「ん? 何を言われたんだ?」


「『当面は回復魔法以外は使っちゃダメ』てね(笑」


「ククク 随分と厳しいお達しだな。シーラは守れるのか?(笑」


「厳しくないよぉ~ 私を救ってくれた先生の指示なんだから、私はきちんと守るよ(笑」


「ククク」

「フフフ」


 シーラと共に声に出して笑ったところで、庭の西方に植えられた木々が作る影が延びていることに気が付いた。

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