19-22 復活のシーラ


 シーラと共に声に出して笑ったところで、庭の西方に植えられた木々が作る影が長く延びていることに気が付いた。


 随分と長くシーラと話し込んでいたようだ。


 それにしても、今日は驚かされることばかりだ。


 ウィリアム叔父さんの公表が国王公認の『王国西方再開発事業』と呼ばれる国家事業だったこと。


 そして、その国家事業の魔法技術支援相談役に就くために、シーラがリアルデイルの街へ招聘されたということ。


 しかも、相談役として招聘されたシーラに、寝泊まりする場所として、領主別邸の一室を与える厚待遇だったこと。


 ただ、そんな厚待遇で招かれたにもかかわらず、シーラはこの領主別邸を出ようと考えていること。


 更には、そんな領主別邸を出るための相談をシーラが俺にしてきたこと。


 ここまでの驚きついでにオマケを付けるなら、シーラが領主別邸を出た後に、街兵士副長のパトリシアと共に暮らすことを考えていることだろうか?


 こうして改めて思い出すと、今日は驚かされることばかりだな(笑


ん? 待てよ⋯


 シーラはパトリシアに、領主別邸を出る相談を既にしているんだよな?


パトリシアって⋯


 母(フェリス)を尊敬しているようなことを口にしていたよな?


んんん?


 そんな母(フェリス)を尊敬しているパトリシアに、既にシーラが相談しているのって⋯


まずくないか?

う~ん⋯


 何か、まずい気がするんだが⋯


「イチノス君、当面は相談役の待遇で暮らせるかどうかの判断だよね?」 


 俺の思いを他所に、シーラが先ほどまで俺と話していたことを、反芻するように問い掛けてきた。


 だが俺は、気が付いたことをシーラへ伝えるために、思い切って問い掛けることにした。


「シーラ、まずはウィリアム叔父さんか、母(フェリス)に話さないか?」


「えっ?!」


 俺の言葉に、明らかに驚きを含んだ顔をシーラが見せてきた。


「シーラはここを出て、パトリシアさんと暮らすんだよな?」


「そ、そう考えてるけど⋯」


「急に話の方向を切り換えて悪いが、今すぐにでも、母(フェリス)やウィリアム叔父さんに話した方が良いと俺は思うんだ」


「イチノス君、どういうこと?!」


 今度は驚きつつも、戸惑いか怒りかわからない何かを含んだ顔で、シーラが俺を見てきた。


「シーラ、落ち着いて聞いてくれるか?」


「うん、聞いてる。けど、ここまでウィリアム様やフェリス様にお世話になって、今さらこのお屋敷を出て行く話をするのは⋯⋯」


 俺は努めて真面目な顔でシーラを見つめた。

 そんな俺の顔に気が付いたのか、シーラの言葉尻が小さくなって行った。


「シーラ、この領主別邸から出るのを考えているなら、変に隠す方が、後々、面倒になるぞ」


「えっ、どういうこと?!」


 俺の言葉に再びシーラは驚きを見せてくる。


「既にシーラはパトリシアさんに、この領主別邸を出る相談をしてるんだろ?」


「うん、してる」


 こうして事実を並べれば、シーラは認めつつ、現実を理解していくだろう。


「パトリシアさんは俺の知る限り、母(フェリス)を慕っているというか尊敬している。それはわかるな?」


「それは知ってる⋯」


「そうなるとだ、シーラがここを出たい気持ちがパトリシアさんに知れてるなら、いずれパトリシアさんから、母(フェリス)に伝わる可能性があると思わないか?」


「!!」


 そこには、今まで見たことの無い驚きと困惑に染められたシーラの顔があった。

 どうやらシーラは気が付いたようだ。


「シーラ、話を続けて良いか?」


「⋯⋯」


 黙して目が泳ぐシーラへ俺は話を続けた。


「母(フェリス)やウィリアム叔父さんにしてみれば、パトリシアさんから聞かされるよりも、シーラから直接聞いた方が良いと思わないか?」


「そ、そこまで考えて無かった⋯」


 未だに目の泳ぐシーラが絞り出すような声で答える。


 その声にはシーラの只ならぬ困惑が混ざっているように思えた。


 それでも、俺は最後まで話を続けた。


「突き放すようで悪いが、俺はその方が良いと思うぞ」


「⋯⋯」


 そこまで告げて、俺は待つことにした。

 翠(みどり)の絨毯にかかる木々の影を眺めながら、俺は黙ってシーラの返事を待つことにした。


 しばらくシーラの返事を待っていると、懐かしい音が聞こえてきた。


トン トン トン


 シーラが指で机を叩く音だ。


 懐かしいな。

 魔法学校時代に、シーラが自分の考えを整理する時や、気持ちを落ち着ける時にやっていた仕草だ。


トン トン トン


 まだシーラが机を叩いている。


トン ⋯⋯ トン


 おっと、間が空き始めたぞ(笑


トン  トン  ⋯⋯


 ⋯⋯


トン  ⋯⋯


 ⋯⋯


 指で机を叩く音が止み、シーラが呟くように口を開いた。


「私もイチノス君も、今日、魔法技術支援の相談役に就任したのよね?」


「シーラは物知りだな(笑」


「い、イチノス君! 言い方!」


 どうやらシーラは自分を取り戻したようだ。


「はぁ~、考えが甘かったわ」


「うん、知ってる(笑」


 俺はシーラを試すように、敢えて魔法学校時代のシーラと俺の口癖を出してみた。


 するとシーラがギロリと俺を睨むように、力のこもった緑色の瞳を向けながら言葉を続けた。


「私が就いたのは、国家事業の魔法技術支援相談役なのよ。私の気持ちがどうだとかより、役目を果たすことに集中するべきよね」


 あぁ、思い出すぞ。


 魔法学校時代に、シーラが生徒会会長の就任演説で口にした言葉に似ている。


「イチノス君、呼ぶわよ」


 そう言ってシーラが緑色の瞳で真っ直ぐに俺を見ながら、エルミアが置いていった呼鈴に手を掛けた。


チリンチリン


 呼鈴が鳴った途端に、領主別邸本館の出入口から、先ほどの若いメイドが早足でやって来た。



 今の俺は東屋のテーブルで一人、お代わりの紅茶を楽しんでいる。


 帰りの馬車が手配されるまでの一時を、久しぶりの領主別邸の庭を眺めながら過ごすのも良いものだ。


 あの後、若いメイドと共に来たエルミアに案内されるように、シーラは領主別邸本館へと向かった。


 母(フェリス)とウィリアム叔父さんへの取次を願うシーラに、一旦は戸惑いを見せたエルミアだったが、


『相談役として大事な話です』


 そんなシーラの言葉にエルミアが従った。

 頭を下げたエルミアが、恭(うやうや)しくシーラを案内して行った。


『イチノス君、3日を楽しみにしてて』


 椅子から立ち上がりながら告げてきたシーラの言葉に、俺はシーラの復活を確信した。


 シーラは魔力切れで体調を崩し、そのために気弱になっていただけだ。

 ウィリアム叔父さんに相談役として招聘された立場を、一時の思いで足踏みするようなシーラじゃないだろう。


 この後はシーラが自分の役目を自分で考えながら努めるだけだ。


 領主別邸で寝泊まりを続けるのも良し。

 パトリシアと共に暮らしてリアルデイルの街へ溶け込むのも良し。


 いずれもシーラが自分で判断して選んで行くことだ。


 おっと、そういえばコンラッドからの伝令を見て無いな。


 そう思って魔導師ローブの内ポケットに押し込んだ封筒を開けると、1枚の伝令が入っていた。


イチノスへ


 シーラと仲良く共に励むように


 フェリス・タハ・ケユール

  ウィリアム・ケユール


──


 このウィリアム叔父さんのサインって⋯

 母(フェリス)のサインの後に書き足してるよな?


 まあ、気にしないことにしよう。


 俺は胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、手にした伝令を包み込むように纏わせて行く。

 伝令全体へ魔素が届いたところで強く念じて伝令を焼き払った。


──

王国歴622年5月31日(火)はこれで終わりです。

申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。

書き溜めが終わり次第、投稿します。


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