王国歴622年6月1日(水)

20-1 晩餐を提供できないお詫び

王国歴622年6月1日(水)

・麦刈り2日目

・ポーション作り1日目


ガタガタ バタバタ


 階下の足音で目が覚めた。

 枕元の時計を見れば8時前だ。


 昨晩は領主別邸で手配してもらった馬車で帰路についた。

 手配された馬車へ乗り込む間際に、エルミアがちょっとした手土産を渡してくれた。


『イチノス様に、晩餐(ばんさん)をご提供できないお詫びでございます』


 そういって渡された手土産を店へ戻って開けてみれば、中身はバケットサンドだった。


 う~ん⋯ 昼も似た物を食べた気がする。

 そう思いながらも空腹に動かされて食べ終えると、急に疲れが出てきてしまった。


 風呂屋へ行こうと思っていたのだが、一日の疲れが一気に押し寄せ、店から出る気力が湧かない自分を感じた。

 多くの人と関わった一日の後、一人になると気が抜けて強い疲れを感じることがあり、そんな症状が出たのかもしれない。


 軽く自身へ回復魔法も施したが、風呂屋へ行く気力も湧かず、これはかなり疲れてるんだなと感じながら、歯を磨いてベッドへ倒れ込むように寝てしまった。


 あのまま朝まで寝てしまったんだな。

 そう思いながら眺めるカーテン越しの窓は明るく、今日も天気が良くなるのが伺い知れる。


ガタガタ バタバタ


 階下からは、再びサノスとロザンナの足音が聞こえる。起こしに来るまでもう少し寝るかな⋯


 そう思っていたが、溜まったものに急かされて体を起こすことにした。

 漏らさないように急いで着替えて階下へと降りて行き、用を済まそうとすると、掃除を終わらせたサノスと鉢合わせしてしまった。


「あれ? 師匠、おはようございます」


「おはよう。朝からありがとうな」


「使いますよね。掃除は終わったんで、どうぞ」


 そんなやり取りをして用を済ませ、手を洗ったら作業場へと向かう。

 作業場では、ロザンナが箒を使って掃き掃除をしていた。


 毎朝こうしてサノスとロザンナが掃除してくれるのはとても助かるな。

 そういえば、サノスは店で働き始めてから、毎日掃除をしてくれている気がする。


「ロザンナ、おはよう」


「あれ? イチノスさん、おはようございます。直ぐに掃除を終わらせますね」


 それだけ告げて、ロザンナは店舗の方へと箒を進めて行く。


 俺は作業場の自席へ座り、今日の予定を頭の中で振り返る。


 昼からはポーション作りだよな。

 サノスとロザンナには、昼前に冒険者ギルドへ薬草を取りに行ってもらうから、その際にコンラッドへ伝令を出してもらおう。

 ムヒロエから預かった薄緑色の石を5日、いや4日までに戻してもらう件と、『勇者の魔石』の件で話がしたいことを問い掛けよう。


 他にコンラッドや母(フェリス)に問い掛ける案件はあったかな?


 そう思い返していると、両手持ちのトレイに御茶の仕度を乗せたサノスが作業場へと入って来た。


カランコロン


 あれ? 朝からお客さんか?

 その割にはサノスが反応しないな。


ザシュ ザシュ ザシュ


 箒で床を掃く音がする。


ザシュ ザシュ ザシュ


カランコロン


 店舗の掃き掃除で集まった埃やゴミを、ロザンナが店の外へと掃き出してるんだな。


 普段なら俺が朝寝をしている間も、こうしてサノスとロザンナが、店のために働いてくれているのは、本当にありがたいことだ。

 それに、いつもなら俺が朝寝坊をしている間の店の感じを知るのも面白いな。


 ロザンナが店舗と店の外の掃除を終わらせ、箒を片付けて作業場へ戻ってきた。


 既にサノスは、皆の分の御茶をマグカップへ注ごうとしている。


「イチノスさん、店を開けますか?」

「師匠、どうします?」


 ロザンナの問い掛けをサノスが追いかける。

 ロザンナは、店を開ける準備ができたことを告げているのだろう。

 一方のサノスは、ポーション作りで俺が二日間動けなくなることを気にしているのだろうか?


「いや、まずは皆で朝の御茶を飲みながら、昨日のあの後と、この後の予定を話し合おう」


 そう返事をすると、ロザンナが急に店舗へ向かった。


 あれ? 俺の話がロザンナには伝わらなかったのか?

 そう思った途端に、ロザンナが売上帳簿を持ってきた。


「師匠、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 サノスが差し出す御茶へ礼を告げれば、当然のようにロザンナにも御茶を差し出す。


「ロザンナも」

「先輩、ありがとうございます」


「「「ふぅ~」」」


 三人でいつもの自分達の席へ座り、御茶を啜ると、思わず皆で合わせて息を吐いた。


「イチノスさん、私からで良いですか?」


 3人で朝の御茶を一口味わったところで、ロザンナが売上帳簿を開いて見せて来た。


 ロザンナの開いた場所には、モンダラ商会のヤセルダと、それに続いて記憶の無い名前が書かれていた。


622年5月31日

・魔法円 水出し 151 モンダラ商会 ヤセルダ(ハッシモ、ラッシモ)

・魔石 ゴブリン モンダラ商会 ヤセルダ(ハッシモ、ラッシモ)


「イチノスさんが出られた後に、携帯用の『水出しの魔法円』が1枚、それに『ゴブリンの魔石』が1個売れたんです」


 ロザンナが説明をしてくるが、モンダラ商会ヤセルダの後に記された『ハッシモ』と『ラッシモ』の意味がわからない。


ハッシモ ラッシモ


 多分、人の名前だと思うのだが、聞き覚えの無い名前だ。


「ロザンナ、このハッシモとラッシモは?」


「ヤセルダさんと一緒に来られた冒険者の方です。ヤセルダさんがお二人を連れて来られて、携帯用の『水出しの魔法円』と『ゴブリンの魔石』を買って行かれたんです」


「冒険者が二人? もしかして支払いはヤセルダさんが?」


「そうなんです。それで話を聞くと、そのお二人が使うと言うんで、念のために書き残したんです。この書き方で大丈夫ですか?」


 ロザンナの言葉を聞きながら、サノスを見れば、軽く頷いている。


「あぁ、こうして書き残してくれるのは助かるな。これからも同じで頼むぞ」


「はい」


 返事と共に、ロザンナがどこか安心した顔を見せてきた。

 ロザンナとしては売上帳簿への書き方で、サノスと共に悩んでいたのだろう。


 確かに今の店の売上帳簿では、購入した人が使う前提で記録しているんだよな。

 購入した人と実際に使う人が違う場合、今の形式だと不具合の相談をされた際に直ぐに応じられない可能性があるな。


「ロザンナもサノスも、誰が主(おも)に使うかわかったら、今後は同じ様な形式で書き残してくれるか?」


「「はい」」


「そうだ、サノスはこのハッシモさんとラッシモさんを知ってるか?」


「う~ん、どこかで聞いたことがある名前ですし、食堂で見掛けたことがあるかも?」


「ヤセルダさんは、以前に母の治療を受けたことがある方で覚えてます」


「そうか、ロザンナはヤセルダさんを知ってるんだな」


「えぇ、母が治療した記憶があります」


 ロザンナの母親が治療したなら、5年以上前か。


「師匠、ヤセルダさんはハッシモさんとラッシモさんを護衛に、今朝から王都へ向かうそうです。師匠に『よろしくお伝えください』と言ってました」


「そうか、ありがとうな⋯」


 サノスの急な割り込みに、状況を捉えきれず、曖昧な返事しかできない。

 それでもサノスの言葉から、商人のヤセルダが自分自身で王都へ出向いて、開拓団の情報を調べることにしたのだろうとは想像ができる。


 そんなことを思いながら、ふと、女性街兵士に財布にされた若い街兵士を思い出した。


 あの若い街兵士が買いに来たのは、俺が古代遺跡へ行く前だよな?

 思い出しながら売上帳簿を捲っていると、サノスが声を掛けてきた。


「師匠、もしかして向かいのお姉さんたちが使ってる魔法円の記録ですか?」


「あぁ⋯ あの時は名前を書いて無かったよな?」


「ここです」


 サノスが指差す先には『街兵士 マンリッチ』と名前が書かれていたが、女性街兵士の名前が無かった。


「サノスにロザンナ、これにも名前を書いておいてくれるか?」


ん?


 サノスの目がニヤ付いてないか?


「師匠、もしかして向かいのお姉さん達の名前を知りたいんですか?(笑」

「イチノスさん、気になるんですか?(笑」


 ロザンナ、お前もサノスと同じ顔で俺を見るんじゃない(笑

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