20-2 当面の予定
俺は二人のニヤつきを消すように、ロザンナへ話を促した。
「ロザンナは他にあるか?」
「雑貨屋から桶が届きました。イチノスさん、ありがとうございました」
「気にするな。支払いはサノスが払ってくれたんだよな?」
「はい、私がそのカゴから払いました」
「すまんな、領収書は?」
「私があの箱に入れました」
サノスに続いてロザンナが、自分が活動した事を示すように、胸を張って領収書を入れている箱を指差してきた。
段々とロザンナも慣れてきた感じだな。
「結局、桶は幾らぐらいだったんだ?」
「銀貨2枚です」
「わかった。それなら問題無いぞ。他にロザンナはあるか?」
「イチノスさん、昨日、祖母と領主別邸へ行ったんですよね」
「あぁ、一緒に行ったな」
案の定、ロザンナからローズマリー先生の話題が出てきた。
これは魔石購入の話が出るかな?
「それで、イチノスさんから預かった魔石を1つ、患者さんに渡したことを伝えてくれと祖母に言われました」
「うん、それも問題無いな。他にあるか?」
「私からは以上です」
あら? ロザンナが身に付ける魔石の話は無しか?
もしかして、先生はロザンナへ魔石を与えるのに迷っているのだろうか?
「次は私ですね」
ロザンナの話が終わった途端にサノスが声をあげた。
「おう、サノスはどうだ? 『湯出しの魔法円』の調整は終わったか?」
「はい、終わったので次の相談です」
「次の相談? どうした? 何かあるのか?」
「台所に置いてある『製氷の魔法円』の型紙を作りたいんです」
なかなか良い案だな。
携帯用は二人へ貸し出して使い勝手を試して貰っているから、ここで『神への感謝』を備えた『製氷の魔法円』を準備しておくのは悪くない。
「あれの型紙か、悪くないな。二人は俺の貸し出した魔法円が手元にあるよな?」
「ええ、ですのであれの型紙を作り始めても大丈夫だと思います」
「そうだな(笑」
サノスが調整を終えたヘルヤさんへ納める『湯出しの魔法円』の時には、後先考えずに薄紙で包んで型紙を描き始めたからな(笑
「それでですね、実は昨日、家に戻る前に母に用事があって食堂へ寄ったんです」
ん? 大衆食堂で何かあったのか?
「お婆さんから水を一杯もらったら生温(なまあたたかい)かったんで、師匠に貸りたので氷を作って飲んでたら、お婆さんに見つかったんです」
「それで?」
「『サノスはイチノスから南町の氷屋の件を聞いてるかい?』と聞かれたんです」
あぁ、その件があったな。
結局、どうなったんだ?
「私は何の事かわからなくて『師匠に聞いておきます』と言っておきました」
サノスはそう答えるしかないよな。
俺ですらギルドから何も来てないし、当の氷屋から何か言われてるわけでもない。
南町の氷屋は、どっちのギルドに相談したんだろう?
「それと『氷が作れるのを売ってるかを聞いとくれ』と言われました」
「そうか、もしかしたら大衆食堂で購入するかもしれないんだな?」
「はい、それで1枚は描いておこうと思うんです」
少しだがサノスの目に、金貨が見えた気がするぞ(笑
「わかった。『製氷の魔法円』の型紙は始めてくれ。それと、商工会ギルドや冒険者ギルドから伝令は来てないよな?」
「伝令ですか?」
「来てませんけど?」
「南町の氷屋からも来てないか?」
「来てないよね?」
「来てないね⋯」
サノスとロザンナが共に顔を見合わせて首を傾げた。
これはちょっと気になるな。
「師匠、聞いて良いですか?」
「ん? なんだ?」
「氷屋の件って何ですか?」
「それか⋯ 給仕頭の婆さんから聞いた話なんだが、南町の氷屋で氷の出来が悪いらしいんだ」
「えっ?」
「それって⋯」
そこまで反応したサノスとロザンナが、互いに顔を見合わせて言葉を止めた。
「二人とも、この話は店の外でするなよ」
「「⋯⋯」」
「時に魔導師は、こうした相談も受けるんだよ。これは氷屋や氷を必要とする店には大事(おおごと)だろ?」
「えぇ⋯」
「そうですね⋯」
「二人がうっかり口にして、変な形で噂が広まったら責任を取れ無いだろ?」
「はい!」
「喋りません!」
二人の返事は力がこもっていた。
これなら変に喋ることは無いだろう。
それにしても、氷屋での製氷が困難になると、この夏はどうなるんだ?
俺は製氷の魔法が使えるし魔法円があるから問題ないが、このリアルデイルで暮らす人々は、かなり困るんじゃないだろうか?
「イチノスさん、このお店って夏場は暑くなるんですか?」
ロザンナが、急に夏場の店の様子を聞いてきた。
「すまん、ロザンナ。この店は開けてまだ4ヶ月なんだ。夏場にどうなるかはわからないな。だが、見てのとおり石造りだから、それなりに涼しいと思うぞ」
「冬場は寒かったです」
ポツリと呟いたサノスの言葉で思い出した。
そう言えば、サノスは冬場に下半身を毛布で纏っていたな(笑
「じゃあ、二人の当面の作業だが、サノスは『製氷の魔法円』の型紙作りだな」
「はい、任せてください」
うん、やっぱり目が金貨に見えるぞ(笑
「ロザンナは、そろそろ『水出しの魔法円』を描こう」
「はい、頑張ります」
おっと、自信ありげだな。
そう言えば、ロザンナには魔素循環を教える必要があるんだが、それも昼過ぎからだな。
「師匠、今日はギルドへ薬草を取りに行くんですよね?」
サノスが今日の作業を確認するように聞いてきた。
「そうだな、ついでですまんが伝令を出して来て欲しいんだ。直ぐに書くからギルドで出してくれるか?」
「わかりました。昼御飯はどうします? ついでに食堂で買って来ようと思うんです」
「それも頼めるか?」
「先月と同じで、夕食と夜食用も買って来ますか?」
「そうだな、頼めるか?」
「はい、任せてください」
そう言って、サノスが両手を出してきた。
俺は財布を取り出して、その両手に大衆食堂で3食分の銅貨を渡して行く。
「ロザンナ、鍋は空いてるんだよね?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、それで頼むな。俺は伝令を書いてくるから」
そう告げて席を立とうとすると、ロザンナが聞いてきた。
「イチノスさん、店を開けますか?」
「ロザンナ、水やりは?」
そんなロザンナの問い掛けを止めるように、サノスが口を挟んできた。
「そうだ! 忘れてた!」
「私が洗い物をするから、ロザンナは水やりをお願い。師匠、店を開けて良いんですよね?」
「いや、今日と明日は臨時休業にしよう。店を開けて変に邪魔をされるのは避けよう」
俺の返事を聞いて、二人が互いに頷くと直ぐに動き始めた。
サノスとロザンナに、今日と明日の臨時休業を宣言した俺は、コンラッドへの伝令を書くために2階の書斎へ向かった。
書斎扉の魔法鍵を解除して中に入り、書斎机の椅子へ座り、黒っぽい石の上に置いた当面の予定を記したメモを手に取る。
3日の昼過ぎの1時に、相談役の業務内容と待遇の件で、商工会ギルドで打ち合わせだよな?
それと5日はムヒロエが来るんだよな?
メモに軽くその事を書き足したら、机の引き出しから便箋を取り出し、コンラッドへの伝令を書いて行く。
─
コンラッドへ
母に鑑定を願った緑色の石を4日までに戻して欲しい。
出来れば、戻す際に母の見立てを知りたい。
それと教会長と話したが行き詰まっている。
何か切っ掛けがあれば知らせて欲しい。
イチノス
─
これで良いだろう。
書き上げた伝令と当面の予定を記したメモを手に、俺は作業場へと戻って行った。
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