20-3 芽吹いた薬草
書き上げた伝令と当面の予定を記したメモを手に、俺は作業場へと戻ってきた。
作業場で冒険者ギルドへ行く準備をしていたロザンナを捕まえ、当面の予定を記したメモを見ながら、先ほど書斎で書き足した分を伝えていく。
ロザンナは棚に置いていたメモ書きを手にし、俺が伝える追加の予定を書き足していった。
「じゃあ、5日の日曜のお休みは確定ですね」
「そうだな、商談もあるからな。サノス、すまんが5日は休んでくれるか?」
「はい、5日はロザンナと教会へ行きます」
そう応えたサノスは、薬草を持ち帰るための編みカゴに、両手鍋を押し込んでいる。
俺はコンラッド宛の伝令を店の封筒へ入れ、念のために封蝋で閉じてサノスへ手渡した。
「サノス、この伝令も薬草の代金も、ギルドで俺の預かりからと伝えてくれるか?」
「はい、伝令は領主別邸のコンラッドさん宛ですね」
「そうだ、頼むぞ」
「じゃあ、「いってきます」」
「向かいの街兵士に冒険者ギルドへ行くと伝えるのを忘れるなよ~」
「「は~い」」
カランコロン
サノスとロザンナの出て行く店の出入口の扉を見れば、貼り紙がなされていた。
あれは臨時休業の貼り紙だろう。
しかも店舗の窓にはブラインドが下ろされている。
サノスも店の臨時休業の対応に慣れた感じだな。
二人を見送った後、作業場の自分の席に座り、少しだけ思いを巡らせた。
こうして明るい時間に店で一人になったのは、久しぶりな気がするな。
このリアルデイルの街に店を開けてから既に4ヶ月。
いわば、リアルデイルの街へ俺が溶け込んで4ヶ月が過ぎたということだ。
冒険者や冒険者ギルドとの繋がりも増えているし、ここ数日は2回も商工会ギルドへ足を踏み入れ、ギルドマスターであるアキナヒとも会話を重ねた。
昨日一緒に相談役に就いたシーラも、しばらくすれば俺と同じようにリアルデイルの街へ溶け込むのだろう。
シーラは領主別邸を出て、東町街兵士副長のパトリシアと一緒に住むと言っていた。
多分だが、母とウィリアム叔父さんは許可を出すだろう。
こうして思いを巡らすのも、時には良いが何等の成果も無いな。
さて、昼からのポーション作りの準備でもしよう。
作業場の自席を立ち、台所へ入り、階段下の収納棚からポーション鍋一式を取り出す。
収納棚からポーション鍋を出すついでに、ポーション瓶の在庫も確認したが、先月の在庫が十分に残っていた。
今回は薬草の量も少ないので、この量で十分だろう。
台所の流しにポーション鍋を入れ、錆止めで薄く塗った油を塩と水で丁寧に洗い流して行く。
洗い終えたポーション鍋を隅から隅まで綿密に見直し、錆びが出ていないことを確認したら、もう一度水で洗う。
水を切ったポーション鍋を流しの中に置いて、一旦は準備完了だな。
おっと、忘れずに蓋も洗おう。
再び収納棚を開けてポーション鍋の蓋を引っ張り出して水洗いをして行く。
よし、蓋にカビ等も一切見当たらない。
これなら大丈夫だと判断したところで、ふと裏庭へ出る扉の向こうが気になり、扉を押し開けた。
外の陽が一気に差し込み、その明るい陽射しに目が追いつかない。
しばらくして、陽射しに慣れてきた目で薬草菜園を見渡すと、所々に緑色のものが見える。
あれは薬草の芽か?
どうやらロザンナは、薬草を芽吹かせることに成功したようだ。
これは楽しみになってきた。
夏場が終わる頃には、この裏庭が薬草で覆われるかも知れない。
俺は格別に庭いじりをする趣味は無いが、こうして何かが育って行くのを眺めるのは楽しい気分になるな。
そして何よりも注目するべきは、店の裏庭でも薬草の栽培が可能だという事実だな。
世間一般的に薬草の栽培は困難だとされていて、俺も同様の認識だ。
王都の研究所のような限られた一部の場所で栽培できたという時点で、俺の知識は止まっていた。
ロザンナがローズマリー先生と自宅の庭で栽培していると言っていたが、自分が実践していないこともあり半信半疑だった。
それが目の前で芽吹いているのを見せられたのだ。
これは、薬草は栽培可能だと認識を改める他に無いだろう。
研究所のような限られた施設や、先生の御自宅の庭と言う専門家に管理された場所。
それら以外の場所でも薬草の栽培に成功すると言うのは、とても大きな一歩だと俺は思う。
踏み込んで考えれば、これまで自然の中で育った薬草を採取する方式から、この薬草菜園のように育てる様式へと薬草の扱いが変わって行く兆しに思えるのだ。
採取から栽培への切り換え
これは薬草の供給もさることながら、見習い冒険者達の活動への変化をもたらす気がする。
とは言え、まずは、あの芽吹いたものが薬草であるか否か、そしてどこまで育つかを観察する必要があるな。
そうしたことを思いながら裏庭へ出る扉を閉めたところで、扉の脇に置かれた蓋をされた桶へ目が行った。
こんな桶、前からあったか?
もしかして、これが雑貨屋から届いた桶だろうか?
そう思って桶の蓋を開けて強い後悔を感じた。
見たことの無いブヨブヨとしたものが、桶に張られた水の中に沈んでいるのが目に飛び込んできたのだ。
そのブヨブヨとした物の色合いに、それなりの記憶があるのが悔しい。
これは西の関で手に入れた、角ウサギの干肉な気がする。
う~ん⋯
こんな物を置いておいて、腐ったり虫が湧いたりしないよな?
もしかして蓋がされているのは、虫除けなのか?
俺はこの桶に手を触れないようにしよう。
そう固く心に誓ったのは言うまでもない。
俺は作業場へ戻り、予定を記したメモ書きを見直して、終わったものであることを示すために『☑️』を付けてみた。
─
・『新作の魔法円』の作成 ☑️
・『黒っぽい石』の調査
・『マイクの叙爵祝』
─
『マイクの叙爵祝』=『勇者の魔石』は、サノスに頼んだコンラッドへの伝令の返事待ちだな。
そうなると、今の俺が取り掛かれるのは『黒っぽい石』の調査だと判断し、メモ書きを片手に2階の書斎へ戻った。
サノスとロザンナが戻ってくるまでもう少し時間があるだろう。
二人が戻ってくるまでの時間を有効に使うのだ。
書斎の椅子に座って目の前に置かれた『黒っぽい石』を眺めて、まずは試すことにした。
軽く書斎机の上を片付けて、6個の『黒っぽい石』を横一列に並べて、その上に手を翳してみる。
うん、何も感じ無い。
ならばあの時と同じ様に跨いでみようと、書斎机前の足元を軽く片付け、床に『黒っぽい石』を一列に並べて、それを跨いでみる。
うん、何も感じ無い。
これでわかった事は、この『黒っぽい石』を一列に並べて手を翳したり跨ぐだけでは、あの『何かを越える』感覚が得られるわけでは無いということだ。
もしかして、この『黒っぽい石』だけでは『何かを越える』感覚を得たりすることは無理なのか?
この『黒っぽい石』その物が、そうした効果や機能を持っているわけでは無いのだな。
そもそも『何かを越える』感覚はどんな時に感じたのか、その時に『黒っぽい石』がどの様に置かれていたか、並び具合はどうだったかを思い出して行く。
最初に『何かを越える』感覚を覚えたのは、古代遺跡へ向かう道中だったよな。
あの時は『何かを越える』と言うより、『何かを越えそうになる』感じだったよな?
魔の森での藪漕ぎから、開けた場所へ行こうとした時に感じた独特の感覚だ。
帰り道の同じ場所付近で『黒っぽい石』が見つけれるか、『何かを越える』感じがするかを確かめようとしたが止めたんだよな⋯
次に感じたのは古代遺跡の入口の石扉を開けて、奥へと誘う通路へ足を踏み入れようとした時だ。
あの時に足元に『黒っぽい石』が並んでいるのを見つけたんだ。
そして古代遺跡の中で新たに見つけた石扉の向こうの『部屋』だ。
『部屋』の入口というか『部屋』全体を囲うように置かれた『黒っぽい石』の並びを越えた時だ。
最後に感じたのは、古代遺跡の中の大広間へ上がった時だ。
あのうっすらと埃の積もった大広間へ上がる時に、縁取りされた『黒っぽい石』を跨いだ時に感じたのだ。
俺はそこまで思い出して、何かが見えてきた気がした。
『何かを越える』感覚を何処で感じたか、その時に『黒っぽい石』はどう並んでいたか。
この2点にこだわって整理をして行けば、あの『何かを越える』感覚の正体へ近づける気がしてきた。
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