10-10 彼女が礼を述べたそうです
「イチノスさんは、西町を出られたようですね(ニヤリ」
お手洗いで用を済ませ、作業場へと戻ってきたイルデパンの別件は、俺の思い付きで東町の魔道具屋へ行った件で始まった。
「えぇ、思い付きで行動して申し訳ありませんでした」
「いえいえ、イチノスさん。咎める気はありません。むしろイチノスさんの行動でパトリシア殿から礼を言われてしまいました(笑」
はぁ? 何でパトリシアがイルデパンに礼を言うんだ?
「パトリシア殿が言うには、イチノスさんが東町の魔道具屋へ出向いたことで調査が進んだそうです」
「あぁ、あの件ですね⋯」
どうやら東町魔道具屋に持ち込まれた木板の調査は進んだようだ。
その調査結果もパトリシアの期待に応えた物だったのだろう。
ククク 東町魔道具屋の御主人の説明を聞かされ、戸惑うパトリシアが目に浮かぶぞ(笑
「さらには、イチノスさんに声を掛けられた連中が、軒並み士気を高めたそうですぞ」
「ハハハ⋯」
イルデパンの話に俺は空笑いしか返せない。
「実は私の部下達も、イチノスさんに声をかけられた者は軒並み士気が高まっております」
「そ、そうなんですか?」
「彼等は街兵士ですが騎士道を学んだ者ばかりです。警戒や警護、そして護衛の任務では守っている対象から礼を言われるのが、一番の励みになるのですよ」
「へぇ~ それならば、私は暫くは普段の行動を続けても良いのですね?(笑」
「はい。出来ればですが街兵士を見掛けたら敬礼でもしてやってください」
「ククク それで、警護や巡回はいつまで続くのですか?」
俺は気になっていた件をイルデパンへ問い掛ける。
「その件ですが、ウィリアム様と長官のアナキン様が判断します。今日もその件で打ち合わせをしている筈です」
そうだよな。
そもそもはウィリアム叔父さんを襲うことが連中の目的な筈だ。
イルデパンの口調では、まだ暫くは警護や巡回は続きそうだな。
「そう言えばイチノスさんは、今日のウィリアム様の集まりには行かなくて良かったのですか?」
「いや、ロザンナとの約束⋯ イルデパンさんの訪問の約束の方が先です。しかもロザンナの一生に関わるやも知れないことです」
俺の言葉でイルデパンの表情に戸惑いが見えるが俺は言葉を続ける。
「ウィリアム様との会合よりも大切な事ですから」
まあ、本音は面倒臭いからなんだが⋯
「イチノスさん、ありがとうございます」
急にイルデパンが頭を深く下げてきた。
「頭を上げてください。明日にでもウィリアム様には会えますから(笑」
「ありがとうございます。それで明日の件ですが、昼の1時に迎えの馬車を寄越します」
「昼の1時ですね⋯ 場所は?」
「申し訳ありませんが、会合の場所や参加者については今は言えません。一部の部下にしか伝えていないほどです」
明日の会合なのにそこまで警戒を重ねるとは、イルデパンも徹底しているな。
「実はこの迎えを出す件を、この後に冒険者ギルドのベンジャミン様へも伝えに行く予定なのです」
それがこの後のイルデパンの予定か⋯
俺のこの後の予定は⋯
そうだ、魔法学校時代の教材を詰めた木箱の件で、コンラッドへ伝令を出す必要があったな。
「今の話で私への別件というのは終わりでしょうか?」
「えぇ、明日の予定をイチノスさんへ伝えましたので⋯」
「それならば、これから一緒に冒険者ギルドへ行きませんか? 私も伝令を出すのを思い出しました」
「おぉ、それならばご一緒しましょう」
こうして俺とイルデパンは、共に冒険者ギルドへ向かうことになった。
◆
イルデパンと二人で店を出て冒険者ギルドへと向かう。
リアルデイルの街は今にも夜の装いを纏おうとしている。
晴れ間の見えない空は夜の闇を加速しそうだ。
ガス灯には既に灯が点り、まるで少しでも夜が近付くのに抗っているように感じてしまう。
そんな街並みをイルデパンと歩いて行く。
後ろに1名の街兵士の護衛を連れて。
角を曲がれば冒険者ギルド前の通りで、テントの並ぶ街並みと主(あるじ)が捕まった魔道具屋が見えてくるだろう。
「そう言えば、魔道具屋の主(あるじ)の件や詐欺師の件は進展がありましたか?」
「イチノス殿、申し訳ありませんがまだ話せない状況です」
俺の問い掛けに隣を歩くイルデパンがチラリと後ろの街兵士に目をやる。
そうか⋯ 護衛で連れている街兵士には聞かせられないか⋯
冒険者ギルド前の通りはいつものように歩道にテントが張り出されていた。
そんな一角に2名の街兵士が立つ、主(あるじ)不在の魔道具屋が見えてくる。
魔道具屋の前に立つ街兵士は、案の定、イルデパンと俺、そして護衛の街兵士に気がついたようだ。
「副長!」「お疲れ様です!」
立番二人の街兵士が、揃って王国式の敬礼を繰り出してきた。
イルデパンと俺も立ち止まり、王国式の敬礼を返す。
「警戒ご苦労!」
「「はっ!」」
イルデパンの通る声、それに負けない通る声で立番二人が返すと共に、揃って俺へと視線を移してくる。
イルデパンと俺が敬礼を解くと二人の街兵士も敬礼を解いてきた。
そんな二人の立番街兵士へイルデパンが声を掛ける。
「今夜もイチノス殿がフラつくそうだ。しっかり護衛を頼むぞ(笑」
「「はっ! お任せください!」」
イルデパン! フラつくって何だ!
ほら、慌てて敬礼した二人の街兵士が微妙な顔で俺を見てるじゃないか!
まあ、確かに風呂屋へ行って大衆食堂は考えていたが⋯
俺は仕方無しに王国式の敬礼を返し、街兵士達へ告げる。
「皆のお陰で街の人々が安心して暮らせます。本当にありがとう」
「「はっ! ありがとうございます!」」
街兵士二人の顔は喜びに溢れてないか?
冒険者ギルドの前には、二人の女性街兵士が門番のように入口に仁王立ちで待っていた。
どうやらローズマリー先生の護衛とロザンナの護衛が合流しているらしい。
「副長!」「お疲れ様です!」
女性街兵士二人の王国式敬礼がイルデパンと俺を出迎える。
それにイルデパンと俺が王国式の敬礼で応えるとイルデパンが告げた。
「護衛、並びに警戒ご苦労。これにて二人の本日の任務を解く」
「「はっ!」」
女性街兵士二人が応えるが、敬礼を解く気配を見せずに俺を見てくる。
おいおい、その目は俺の言葉を待ってるのか?
イルデパンまで敬礼を解かずに俺をチラリと見てきた。
「お二人の活躍で安心して過ごせます。ありがとう」
「「はっ! ありがとうございます」」
俺とイルデパンが敬礼を解くと二人の女性街兵士が喜びの顔を見せ、冒険者ギルドの中へと駆け込んで行く。
代わって後ろに連れていた護衛の街兵士が、門番のように仁王立ちで警戒を始めた。
それにイルデパンが頷くと、なぜか俺を見てきた。
その顔はここでも俺にやれと言うことだな⋯
「この後の警戒もお願いします」
俺は敢えて王国式の敬礼をせずに軽く頭を下げてみた。
そんな俺の姿に街兵士は慌てて王国式の敬礼を無言で出してきた。
無言で王国式の敬礼を続ける街兵士に見送られ、イルデパンと共に冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
俺は何とはなしに、一言、イルデパンへ告げてしまう。
「会釈より敬礼が良かったのか⋯」
「ククク 彼は新人なんで戸惑っただけです。きっと明日には『俺だけイチノスさんから会釈された』と喜ぶでしょう(笑」
はいはい。
確かに彼は若い感じでしたね。
これからは差別なく、街兵士全てには敬礼で済ませよう。
そんな事を考えていると、冒険者ギルドのいつもの若い男性職員が俺達へ駆け寄って来る。
「イル殿、2階へ案内させていただきます⋯ イチノス殿もご一緒ですか?」
「いや、ここは別行動にしましょう」
イルデパンがそう告げて受付カウンターへと目をやる。
そこには今日も色鮮やかなベストを身に付けた商人が何名か張り付いていた。
イルデパンとしては、あそこで粘っている商人たちへ、俺と共に冒険者ギルドの奥へと案内される姿を見せたくはないのだろう。
「そうですね。私は伝令だけなので、その方が良いでしょう」
俺はそう告げて、商人達が張り付く受付カウンターへ向かうことにした。
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