10-9 ここでも時代の違いを感じました
イルデパンとローズマリー先生の間には一人娘がいた。
その一人娘がロザンナの亡くなった母親で、ローズマリー先生にも負けない腕をした治療回復術師だったという。
その娘さんは冒険者の男性と結婚し、暫くは王都に居たそうだが、ほどなくして夫婦でリアルデイルへと移り住むことにしたそうだ。
当時のリアルデイルは発展を続ける街として注目されていた。
若い夫婦、特に冒険者であるロザンナの父親には仕事の多い街に見えたのだろう。
実際に当時からリアルデイルは西の辺境や南のストークス領との交易、東方の王都方面への護衛などなど、冒険者が仕事にあぶれる事の無い街だったという。
何よりも若い夫婦にとって嬉しかったのは、ローズマリー先生の実家を使えた事だ。
そんな若い夫婦が王都を離れ、ローズマリー先生の実家があるリアルデイルへ移り住んだのが15年前のこと。
リアルデイルへ移り住んだ若夫婦の間に、程なくしてロザンナが生まれ、家族3人で仲良く暮らしていたという。
一方の、イルデパンとローズマリー夫妻は仕事の都合もあり、王都で二人で暮らしていたという。
そして事が起きたのが5年前の大討伐だという。
西方との交易路には魔の森があり、その魔の森の中に『サカキシル』という宿泊村がある。
この『サカキシル』の始まりである、夜営地を確保するために行われたのが5年前の大討伐だ。
この大討伐が行われる際に、ローズマリー先生は娘さん(ロザンナの母親)から手紙を受け取った。
その手紙から何かを感じた先生は急ぎリアルデイルへ向かったという。
ローズマリー先生の予感は悲しいことに的中した。
次々と運ばれてくる負傷した冒険者。
ロザンナの母親が治療魔法を施すが間に合わない。
ローズマリー先生も手伝うが追い付かない。
結果として、冒険者であるロザンナの父親も亡くなり、治療回復術師である母親も治療魔法の使い過ぎによる魔力切れから回復できずに後を追うように亡くなったという。
◆
「そんなことがあったんですか⋯」
「イチノスさん、なんか湿っぽい話になっちゃってごめんなさいね」
「いや、イチノスさんには知っておいいて貰った方が良いだろう」
一通り話したローズマリー先生は努めて明るく悲しみを隠すように告げてくる。
ローズマリー先生に寄り添うイルデパンが、その悲しみの全てを包み込んでいるように俺は感じてしまう。
「そんなことがあって、私はロザンナを育てるためにも、その場でリアルデイルに住むことにしたの」
「それで先生は急に魔法学校を辞めたんですね」
「えぇ、ロザンナも小さかったから私が育てることにしたの」
そうか⋯ そうした理由でローズマリー先生は急に学校を辞めたのか⋯
「あの時は一人でロザンナを任せてすまんかった」
「そんなことないわよぉ~ 可愛いロザンナとの二人暮らしも楽しいわよぉ~」
「いやいや、もっと早く私も来るべきだったな」
「ここは私の故郷でもあるのよ。あの時のあなたはお仕事があったんだから、そんなに気にしないで」
ん?
リアルデイルがローズマリー先生の故郷?
そう言えばコンラッドも似たようなことを言っていた気がする⋯
そうだ! コンラッドが言っていた。
イルデパンの奥さんがコンラッドの幼馴染みと⋯
コンラッドの幼馴染みとはローズマリー先生のことなのか?!
「先生、先ほどコンラッドから聞いたと仰っていましたが、ローズマリー先生はコンラッドと幼馴染み⋯」
「うほん!」
イルデパン、なんだ? その咳払いは?
「フフフ イチノスさん、あまりイルの前でコンラッドの話をしないで。焼きもちを焼いて面倒臭いから(笑」
「い、いや、焼きもちなどではないぞ」
いえいえ、その反応とその表情は十分に焼きもちだと思います(笑
「奴とは騎士学校からの腐れ縁だ。まさか奴までリアルデイルに来るとは思わんかった」
「フフフ あなたったらぁ~」
「あのぉ~ よいでしょうか?」
何やら二人の話が脱線し掛かっていたので、俺は引き戻す意味で声をかけた。
「あっ、すいません」
「うむ。イチノスさん、何でしょう?」
「ロザンナの件はどうしますか? 魔導師としての修行は出来ませんが、私の店で雇いますか?」
「そうそう、暫くイチノスさんの店で雑用扱いで雇ってもらえませんか?」
「そうだな、イチノスさんの迷惑にならなければ、雇ってくれるとありがたい」
どうやら二人は雑用扱いでもロザンナが俺の店で働くことに賛成なようだ。
「今のロザンナでは、イチノスさんへの弟子入りは早いと思うの」
「うむ、確かにそうだな」
「やっぱり魔法学校で学んで、魔導師か魔道具師か、出来るなら治療回復術師に進んで欲しいんだけど」
「まぁ、ロザンナが望む道を歩む。我々はそれを応援するだけだ」
「イチノスさんの魔導師としての姿を見て、少しでもロザンナが魔法学校に興味を持ってもらえればねぇ~」
「そうだな、そうなればロザンナも魔法学校へ行くのを考えるかもしれん」
「あら、あなたもロザンナが魔法学校へ行くのに賛成してくれるのね?」
「いや、俺達の思いや願いをロザンナへ押し付けたくはないんだ。だからロザンナが望まない限りは⋯」
「あのぉ~ よいでしょうか?」
再び二人の話が脱線し掛かっていたので、俺は引き戻す意味で声をかけた。
「あっ、すいません」
「うむ。イチノスさん申し訳ない」
「それでロザンナを雇った場合の給金と言うか日当はどうしますか? 私がロザンナと話して決めも良いですか?」
「給金?」
「日当って⋯」
「そんなに多くは払えないですよ(笑」
「イチノスさん、もしかしてお弟子さんに日当を払ってるの?!」
ローズマリー先生が首を傾げて聞いてきた。
俺は変なことを口にしたのだろうか?
「払ってますよ。弟子のサノスの場合は店番もしていますし『魔法円』を書いたりしています。それに店で売るハーブティーの種だかも作ってますから払ってますよ」
「私の時とは全然違うわぁ~」
ローズマリー先生がかなり驚いた返事を返してくる。
「そ、そうなんですか?」
「そうよぉ~ 弟子入りは無賃金が当たり前よ。私は内弟子だったからご飯と部屋をもらえたけど」
「内弟子? それは寝起きを共にするということか!」
待て待て、イルデパン。
内弟子と聞いて慌てるんじゃない!
「私は内弟子は絶対に取りません(キッパリ」
「「⋯⋯」」
「今のサノスも通いです。朝の開店前から来て日が暮れる前に帰る。これは守ってもらいます」
「そ、そうか⋯ その方が安心だな」
そうだ、イルデパン。安心しろ。
要らぬ不安を抱えるんじゃない。
「時代の違いね」
「そうです、そう考えてください。私としてはタダ働きはさせられません」
「わかったわ、ロザンナと話して決めてください」
「そうだな、これもロザンナの経験となるな」
何とか二人が納得してくれたようだ。
「明日の月曜まで店は休みなので、火曜日からなら来ても大丈夫です。ロザンナにそう伝えてもらえますか?」
「わかりました」
「そういえば、この後で冒険者ギルドでキャンディスさんと会うんだろ?」
「えぇ、キャンディスさんから話があって冒険者ギルドへ行くからロザンナに伝えます。イチノスさん、ありがとうございます」
「イチノスさん、本当にありがとう」
うん、再び脱線しそうだったが無事にロザンナへ伝えてくれそうだ。
「そろそろ時間じゃないのか?」
「そうね、ロザンナも待ってるかも知れないし⋯」
イルデパンが時計を指差す声に応えてローズマリー先生が椅子を引く。
「あなたはこの後もイチノスさんと別件で話があるのよね?」
「うむ、申し訳ないがもう少しイチノスさんに話があるんだ」
そう応えたローズマリー先生が席を立ち、イルデパンも席から立ち上がった。
俺も見送ろうと席を立つと、ローズマリー先生から制された。
「イチノスさん、ここで失礼します。今日は本当にありがとうございました。ロザンナをよろしくお願いします」
深々とローズマリー先生が頭を下げてくる。
「はい、お任せください」
そんな先生へ俺は自信を持って応えた。
俺の返事を聞いたローズマリー先生が頭を上げると、イルデパンにエスコートされながら店舗へと向かって行った。
ローズマリー先生に制されはしたが、俺も見送るために二人に続いて店舗へと出ると、店の出入口の窓から店先に街兵士が立っているのが見えた。
カランコロン
店の出入口に着けた鐘を鳴らして二人が店を出ると、店先の街兵士と会話をしている。
その街兵士をよく見れば女性の街兵士のようだ。
なるほど、イルデパンが街兵士を護衛に付けて、ローズマリー先生を冒険者ギルドへ送らせるのだろう。
ちょっと安心した俺は作業場へ引き返し、手を着けていないロザンナのティーカップとローズマリー先生の使ったティーカップを台所へと運んだ。
二人の使ったティーカップを台所の流しに出して作業場へと戻ると、机の上の本に目が行く。
置きっぱなしの『薬草栽培の研究』に、覚えのないメモのような物が挟まっていた。
カランコロン
店の出入口に着けた鐘がなり、イルデパンが戻って来たことを知らせてきた。
直ぐにイルデパンが作業場へ顔を出す。
「イチノスさん、お待たせしてすいません」
「いえいえ、それより別件ですが⋯」
「申し訳ありませんが、その前にお手洗いをお借りできますか? この歳になると近くて⋯」
「あぁ、どうぞ気にせずに使ってください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます