10-8 2杯目の御茶を飲みながら
「イチノスさん、お手洗いをお借りできますか?」
洗い終えたティーポットを手に作業場へ戻ろうとすると、ロザンナが台所へ顔を出してきた。
「おう、良いぞ」
そうロザンナに答えると、ロザンナの後ろからローズマリー先生が顔を出す。
「イチノスさん、ごめんなさいね。この歳になると近くなっちゃって(笑」
「気にしないでください。ロザンナ、案内できるかな?」
「はい、大丈夫です」
女性同士の方が良いだろうとロザンナに案内を任せて、俺はティーポットを手に作業場へ戻るとイルデパンが手持ちぶさたにしていた。
「お待たせしてすいません」
「いえいえ、お構い無く⋯」
「イチノスさん、私が淹れます!」
「っ!!」
バタバタと作業場へ戻ってきたロザンナに声をかけられ、思わず変な声を出してしまう。
そんなに慌てなくても良いのにと思いつつも、ロザンナはこの『魔法円』を使ってみたいのだろうと思うことにした。
「じゃあ、ロザンナにお願いしよう。沸かすのはさっきと同じで3杯、差し水は1杯と半分でお願いできるかな?」
「はい、任せてください」
明るく自信ありげな返事をするロザンナの様子から、これが普段のロザンナなのだろうと伺える。
サノスに似て、明るさと活発さで組み上げたような感じだ。
任されたロザンナは、サクサクと3杯分の水を出してティーポットを満たして行く。
『湯沸かしの魔法円』へティーポットを乗せると、既に慣れた手付きで湯を沸かして行く。
「イチノスさん、カレーとは美味しいものですね」
ロザンナの様子を眺めていると、イルデパンがカレーを話題にしてきた。
「イルデパンさんも、カレーを食べに行かれたのですか?」
「実は午前中に教会のミサへ行き、その後に3人で店に行ってみたのです」
「どうでした? 口に合いましたか?」
「美味しかったよな? ロザンナ」
「はい、おいしかったです」
イルデパンの投げ掛けにロザンナが空返事で応える。
ロザンナは魔素を流すのに集中しているようだ。
「今日も混んでましたか?」
俺は街兵士が並んでいた様子を思い出しながら、イルデパンへ問い掛ける。
「混んでましたね。若い連中が並んでて驚きました(笑」
「ククク 私も数日前に行きましたが、皆さんが並んでて驚きましたね(笑」
「まったく、あれほどとは⋯ お恥ずかしい(笑」
「いえいえ、珍しく美味しい食べ物ですから(笑」
「「ハハハ」」
互いに笑い声が出たところで、ロザンナが声を掛けてくる。
「イチノスさん、沸きました。これで差し水ですよね?」
「おう、1杯半な」
「イチノスさん、ありがとうございました」
作業場へ戻ってきたローズマリー先生から急に声を掛けられる。
「あぁ、先生」
「お弟子さんのサノスさんが掃除してるの? 随分と綺麗にしてるのね(笑」
「えぇ、まあ、そうみたいです(笑」
先生、おっしゃるとおりです。
サノスが毎日掃除しています。
「私も弟子入りしてた時は毎日が掃除だったの、なんか懐かしいわぁ~」
「へぇ~ 先生も昔は弟子入りしてたんですか?」
「もう大昔の話よ~ 今となっては懐かしいわね(笑」
そんな話をしていると、湯を沸かし終えたロザンナが割り込んできた。
「イチノスさん、後は茶葉を入れるんですよね?」
「そうだね、後は私がやって良いかな?」
「はい、お願いします⋯ あの⋯ 私もお手洗いをお借りして⋯」
「どうぞどうぞ」
俺の返事を聞くや否や、ロザンナがトイレへと向かった。
「イチノスさん、落ち着きの無い娘ですいません」
「いえいえ、あの年頃はそうしたものだと思ってます。弟子のサノスはもっと元気ですよ(笑」
「フフフ」「ハハハ」「ククク」
思わず3人で笑ってしまった。
ティーポットに茶葉を入れ、しばし侵出する。
皆のティーカップを並べて、御茶の濃さが同じになるように淹れて、まずは二人へ2杯目の御茶を勧めた。
「粗茶ですが」
「「ありがとうございます」」
御茶に口をつければ、再び爽やかな味わいが広がる。
今回もお湯の温度が良かったようだ。
「それにしても東国の御茶も良いですな」
「えぇ、私もここまで飲みやすいのは始めてかも?」
「お二人の口に合って何よりです。お二人は普段は紅茶ですか?」
イルデパンとローズマリー先生が顔を見合わせる。
「言われてみれば紅茶が多いですね」
「そうね、紅茶が多いわね。イチノスさんは東国のお茶が好きなの?」
「えぇ、ちょっとはまりぎみですね(笑」
「イチノスさんは、珈琲(コーヒー)は口に合いませんか?」
「いえ、飲みますが⋯ あれは準備と言いますか豆を炒ったり、豆を挽く道具とか⋯」
「ほう、少しは興味がおありのようですね?」
「イルデパンさんは、珈琲(コーヒー)を嗜むのですか?」
「えぇ、南方の従兄弟が商人でして、時折ですが良い豆が手に入るのです。その豆を自分で煎って、さらに自分で挽いて仕事の合間に味わう一杯は、なかなか良いものですよ」
「仕事の合間にですか?(笑」
「フフフ あなたったら(笑」
そこまで会話を重ねているとバタバタと足音が聞こえてきた。
「イ、イチノスさん、すいません。今何時ですか?!」
「今は⋯」
作業場に戻ってきたロザンナの問い掛けで壁の時計を見れば、既に4時になろうとしている。
「4時だけど?」
「ごめんなさい! ギルドで4時からサノス先輩と約束があるんです!」
「そ、そうか⋯」
「今日はありがとうございました」
そう言うとロザンナがペコリと頭を下げ、座っていた席に掛けてあったバッグを手に取り、イルデパンとローズマリー先生に向き直る。
「お祖父様(じいさま)、お祖母様(ばあさま)、今日はありがとうございました。すいませんがサノスさんとギルドでの約束があります」
「はい、気をつけて行くのよ」
「走って転んだりしないように」
「ありがとうございます。では、行ってきます」
再び俺に向き直ったロザンナがペコリと頭を下げる。
「イチノスさん、今日はここで失礼します。ありがとうございました」
「慌てないで行くんだよ」
「はい!」
元気に返事をしたかと思うと、急ぎ足でロザンナが店舗へと向かって行った。
コロンカラン
ロザンナが店を出て行く鐘の音が鳴り止むと、イルデパンが口を開いた。
「イチノスさん、最後まで落ち着きの無いところを見せてしまって「本当にすいません」」
イルデパンの言葉にローズマリー先生が被せ、二人で軽く頭を下げてきた。
自身が育てている孫の行動が恥ずかしいのだろうが、それは年齢差だと俺は思っている。
「お二人から見るとそう感じてしまうんですね。私は普段からロザンナと年の近いサノスを見ているので慣れてしまったのかな?(笑」
「ククク」「フフフ」
「それにしてもロザンナからイチノスさんの話が出た時には驚いたわ(笑」
「ローズマリー先生は、私がリアルデイルに来ていたのはご存じだったのですか?」
「半年前かしら、コンラッドから聞いた時には驚いたわよぉ~」
「私も驚いて、イチノスさんが店を開く時の事前調査に参加して確かめたぐらいだよ(笑」
う~ん⋯ ローズマリー先生の話は頷けるが、何故だかイルデパンの言葉には含みを感じてしまう。
「そうだ、ローズマリー先生は学校を辞められて直ぐにリアルデイルに来られたのですか?」
「それね⋯ あなた、イチノスさんに話しておいた方が良いわよね?」
「そうだな、二人で黙ってイチノスさんを訪ねて驚かせているし、お詫びの意味も込めて話すべきだな(笑」
イルデパン、その件は別の形でお返ししたいから今は持ち出さないで欲しいぞ(笑
「5年前よね? 今回と同じ様な大討伐があったの」
そうして、ローズマリー先生がリアルデイルへ来た経緯(いきさつ)を語り始めた。
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