10-7 私の店には弟子がいます


「今現在、私の店には魔導師を目指している、サノスという弟子がおります」


 俺は今の店の状況をイルデパンとローズマリー先生へ話して行く。


「確か⋯ 冒険者のワイアット殿の娘さんですよね?」

「大衆食堂のオリビアさんの娘さんよね?」

「サノス先輩のことですね」


「皆さんご存じのようですね。それならば話が早いかな(笑」


 ロザンナはともかく、イルデパンやローズマリー先生もサノスと何らかの接点があるようだ。


「サノスはロザンナよりも1歳年上の未成年で、彼女は魔導師を目指しています」


 そう告げて俺はロザンナへ向かって話し掛ける。


「サノスが魔導師を目指す動機は、私の知る限りハッキリしています。その動機は『魔法を使えるようになりたい』との思いです」

「⋯⋯」


 続けてローズマリー先生へ話し掛けるように言葉を続ける。


「魔導師を目指すならば、王都の魔法学校へ行くことが最良でしょう。けれどもサノスは王都の寄宿舎生活ではなく、このリアルデイルで家族と暮らしながら魔導師を目指しています」

「⋯⋯」


 ローズマリー先生の複雑そうな顔は無視して、俺は再びロザンナへ話し掛ける。


「さて、ここでロザンナに聞きたいんだ」

「は、はい」


「弟子のサノスとロザンナの違いが何かわかるかな?」

「えっ? サノス先輩と私の違いですか?」


 俺の問い掛けにロザンナが思案し始めた。


「⋯⋯!」


 そしてイルデパンが俺の問い掛けの意味を察したのか、身を乗り出しロザンナを見つめる。


「イチノスさん⋯」


 続けてローズマリー先生も気が付いたのだろう、両手を合わせてロザンナを見つめだした。


 当のロザンナは俺を見て、イルデパンとローズマリー先生を見る。

 その目線は他者に答えを求めるような感じだ。


 俺は皆から視線を外し、静寂の中で冷めたティーカップの御茶を飲み干す。


「違いと言われても⋯」


 すがるようなロザンナの言葉が聞こえたが、俺はそれを無視してロザンナへ問い掛ける。


「ロザンナ、今の君は見習い冒険者だよね?」

「は、はい、そうです」


「将来に魔導師や魔道具師を希望しているが、その動機は冒険者や治療回復術師が無理だからだよね?」

「そ、そうです」


「見習い冒険者としては、どんな仕事をしてるんだい?」

「薬草採取と伝令です」


「薬草採取はどうだい? 自信があるのかな?」

「それは自信があります! 誰よりも良い薬草を取る自信はあります!」


「それはロザンナの素質と言うか、優れた技能というか知識だよね? それを活かす職業は考えないのかい?」

「!!」


「品質の良い薬草を使った高品質のポーション製造も職業の一つだよ」

「そ、そうなんですか?!」


 そこまで言ったロザンナは、ローズマリー先生へ確かめるような視線を向ける。

 ローズマリー先生はそんなロザンナへ朗らかな笑顔で応えた。


「さて、そろそろロザンナさんを雇うか否かについて、私からの意見を述べて良いでしょうか?」


 俺の言葉に皆が反応する。


「ロザンナさんを、私の店で雇うことに、何の問題もありません」


 俺は敢えてロザンナに『さん』を付けて尊重する呼び方をしてみた。


 ロザンナは明るく喜びを示す顔で俺を見てくる。

 イルデパンはチラリと俺を見たが、今にも溜め息を吐きそうな顔だ。

 ローズマリー先生は⋯ 微笑みながらも戸惑いが隠せない顔だ。

 俺は、その戸惑いを消すためにも言葉を続ける。


「但し、ロザンナさんをお店で雇ったとしても、サノスと同じ様に魔導師としての修行はしません。雇うとしても店の『従業員』として簡単な作業を任せるだけです」

「??」


 ロザンナの頭に疑問符が浮かんだかな?(笑


「私が持っている魔導師としての知識や技術について、今のロザンナさんに教えることは出来ません」

「そ、それは⋯」


 ロザンナの疑問が言葉になる。

 けれども俺はそれを聞かなかったことにして、ローズマリー先生へ向けて言葉を続ける。


「ローズマリー先生なら理解してくれますよね? ロザンナさんを店で雇うのと、弟子入りしているサノスでは違いがあることを」

「理解できます⋯ イチノスさんの言うとおりです」


 やはりローズマリー先生は理解を示す言葉を口にしてくれた。


「ロザンナさん、理解して欲しいんだ。私の持つ魔導師としての知識や技術は、弟子入りしたサノスにしか教えられない。これは師弟関係を結んだ、師匠としての責務だと思っているんだ」


 ロザンナが何かを言いたげな顔を見せてくるが、俺はそれに応えず話を続ける。


「弟子入りもしていないロザンナさんへ、弟子であるサノスと同じように魔導師としての知識と技術を与えては、弟子であるサノスに申し訳が無いだろ?」


 俺は何かを言いたげなロザンナから、イルデパンとローズマリー先生へ切り替える。


「従って未成年のロザンナさんを『従業員』として雇うことは問題は無いと考えています」

「イチノスさん、色々と考えていただき、ありがとうございます」


 イルデパンが礼を述べてくる。


「イチノスさん、ありがとうございます。それにしてもイチノスさんは、すっかり魔導師ね。なんか嬉しいわ」


 ローズマリー先生が礼を述べつつ、俺への感想を述べてきた。


「それなら⋯」

「あら、ロザンナ? その先の話しをするのは、ちょっと早いわね」

「うむ、そうだな。私も別件でイチノスさんと話があるんだ。ロザンナ、今日は一旦、終わりにしないか?」


 踏み込もうとしたロザンナをローズマリー先生とイルデパンが制してくる。

 さすがにロザンナの年齢と知識では、俺の意図を全ては理解できないだろう。

 そんなロザンナをかわいそうに感じた俺は、そっとロザンナへ囁く。


「ロザンナさん、今日が最後じゃない。この場で全てを決めるよりも、少し時間をかけた方が良い結果が得られる事もあると思わないか?」

「そ、そうですね⋯」


「ほら、今、ギルドで作ってるポーション、あれも一晩漬け込むだろ? あれと同じでロザンナさんも一晩考えたらどうかな?」

「⋯⋯ はい、もう一度、お祖父様(じいさま)とお祖母様(ばあさま)と話してみます」


 ロザンナの言葉はイルデパンとローズマリー先生へ向かった。

 それを受け止める二人は、どこか安堵の笑顔を見せている気がする。

 二人の笑顔の意味を理解できたのか、ロザンナも緊張が解けた顔になってくれた。


「すっかり冷めてしまいましたね。新しく淹れ直しましょう」


 俺はそう言って、ティーポットを手にして席を立ち上がる。


「イチノスさん、お手伝いします」

「いやいや、茶葉を代えるから。ロザンナも皆さんも少し待っていてくれるかな?」


 俺はロザンナの申し出を制してティーポットを片手に台所へと向かう。


 ティーポットに少し残った御茶と共に茶葉を台所の流しへと捨てるが、それでもティーポットの中に少し茶葉が残ってしまった。

 残った茶葉を捨てるため、台所に据え置きの『水出しの魔法円』にティーポットを乗せて水で満たして行く。


 すると作業場の方から話し声が漏れ聞こえてきた。


(ロザンナ、イチノスさんは本物の魔導師ね)

(私もそう思います。サノス先輩のように弟子入りが必要なのかな)


(それはまたの機会に話しましょう)

(そうでしたイチノスさんの言うとおりに慌てる必要はないですね)


(本当にロザンナが魔導師を目指すなら、魔法学校で学んでからイチノスさんに弟子入りするのもありね)

(う~ん⋯)


 どうやら、ロザンナとローズマリー先生が、俺の告げた言葉について話し合っているようだ。


 ロザンナに会ったのは数回だが、どこか真面目でひた向きな姿を、俺は面白く感じている。

 弟子のサノスもそうだが、自分の興味あることに向かう姿勢を、何とも羨ましく感じているのかもしれない。


 俺は流されるままに魔導師になった。

 そんな俺とは違って自ら魔導師になることを願うサノス。

 自分の技能を活かして魔導師を将来の職業の候補にしたロザンナ。


 あの年頃は将来の職業について多くの選択肢があるはずだ。

 サノスは自分で考え両親を説得し、ついには両親を味方に付けて魔導師を目指している。

 一方のロザンナは、そんなサノスの一歩手前で、将来を真剣に考えてはいるが職業選択の幅が狭い感じだ。


 世の中には幾多の職業があって、今のロザンナならば魔導師も目指せるし、魔道具師も目指せる。

 血を見るのに耐えられるなら、行く行くは治療回復術師も目指せるだろう。


 治療回復の魔法が使えて神への信仰が深ければ、シスターのような聖職者も目指せる。

 場合によっては、俺の提案したポーション製造者も目指せる。


 薬草採取に自信がある上に、ポーション作りの先生がすぐ側にいる。

 魔導師や魔道具師とロザンナは口にしたが、治療回復術師も含めて、自分の素質や環境を活かせる仕事が何かを、ローズマリー先生と話し合って欲しい感じだな。


「ククク」「ハハハ」


 作業場からの声にハッキリと聞こえる笑い声が混じってきた。

 これならば俺が戻っても良さそうだ。


 俺は洗い終わったティーポットを片手に、3人の待つ作業場へと戻ることにした。

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