10-6 三者三様の思い


「では、本題に戻しましょう」


 俺が切り出した言葉で、3人が再び席に座り直した。


「まずはロザンナさん、ここまで呼び捨てにして申し訳ない」

「イチノスさん、やめてください。私は年下ですから、呼び捨てにされるのは当たり前です」


 俺は敢えてロザンナを尊重する言葉を口にして、ロザンナへ軽く頭を下げる。


「じゃあ、このままロザンナと呼び捨てでも大丈夫かな?」

「はい、そうしてください」


「イルデパンさん、それにローズマリー先生、本人も了承してくれましたので、お二人も良いですか?」

「なんともイチノスさんらしいですな(笑」

「私もロザンナが良いなら(笑」


 イルデパンからもローズマリー先生からも了解を貰えた。

 これで皆が対等に話を出来るようになった気がする。


「それで今日の本題ですが、実は数日前、ロザンナから私の店で働きたいとの要望を受けました」


 俺は、今回の集まりに至った背景から3人へ話を始めた。


「ですが、ロザンナは未成年です」


 この言葉と共にイルデパンとローズマリー先生へ目をやる。

 それに応えたのか、二人がロザンナへと目をやり、それにロザンナが軽く頷いた。


「未成年の方を雇うには、保護者の方々に同意を貰う必要があります」

「「うんうん」」

「⋯⋯」


 イルデパンとローズマリー先生が軽く頷きロザンナは黙ったままだ。


「そこで、私の店で働きたい理由をロザンナへ尋ねました。するとロザンナは、将来の職業として魔導師か魔道具師を望んでいる話をしてくれました」

「うんうん」

「「⋯⋯」」


 ロザンナが俺に目線を合わせて頷いてくる。

 その様子をイルデパンとローズマリー先生が黙って見ている。


 俺はロザンナではなく、イルデパンとローズマリー先生の二人へ問い掛けるように話を続ける。


「ここまでは、イルデパンさんもローズマリー先生も理解されていると考えて良いですか?」

「理解している」

「だからこそ魔法学校も考えました」


 先ほどまでの話を振り返るように二人が答えてくる。


「確かにローズマリー先生の言うとおりに、魔導師か魔道具師を志すなら、魔法学校へ進むのが最良でしょう」

「「うんうん」」

「⋯⋯」


 イルデパンとローズマリー先生が頷きながら俺を見てくる。

 ローズマリー先生の目はロザンナへと向かおうとした。


 その時に俺は次の言葉を告げる。


「今のロザンナは見習い冒険者だよね? どうしてロザンナは、そのまま将来の職業に冒険者を選らば無いのかな?」

「それは前に話したとおりです。私には魔物の討伐は無理だからです」


 そこまで言ったロザンナが、イルデパンとローズマリー先生へ視線を向ける。

 俺が二人の反応を見ると、幾分、戸惑うと共に頷くように俯いた気がした。


「それに、冒険者になったら護衛で魔物や盗賊と戦うと聞きました。私には、そうしたことは無理だと思うんです」

「そうだね。魔物と対峙するのはかなり怖いからね」


「はい。魔物も怖いですが、盗賊は人間です。私には人を傷つけるなんて⋯」


 ロザンナの言葉をイルデパンもローズマリー先生も俯きがちに聞き続ける。


「そうだよね。魔物も人間も傷つければ、それなりに血が流れるからね」

「そ、そうです⋯ 亡くなった母と同じように治療回復術師も考えました。けれども、どうしても血を見ると気分が悪くなって⋯」


「うん。その話もしていたね」


 ここまで言葉を重ねて、俺はロザンナが避けていることが見えてきた気がする。

 イルデパンとローズマリー先生を視界の端で見れば、やはり少し俯いた感じだ。


 そろそろ二人に顔を上げさせたい。

 ここは誰かが一方的に話す場ではない。

 ロザンナの考えを皆が尊重して聞き出し、俺がロザンナを雇うか否かを判断する場だ。


「先ほど、ロザンナは御茶を淹れる際に魔法円を使いました」


 そこまで言って、俺はイルデパンへ視線を向ける。


「同じ魔法円をイルデパンさんがお持ちと聞きました」

「王都にいた頃、イチノスさんに貰ったものです」


「あれですか? まだ使えるんですね(笑」

「まだ十分に使えますね」


「それならイルデパンさんはご存じですよね? この魔法円は魔素を扱えないと水を出したり湯を沸かすことは出来ません」

「それは、実際に家でロザンナが水を出しているのを⋯」

「私もロザンナがお湯を沸かしているのを⋯」


 どうやらイルデパンもローズマリー先生も、孫であるロザンナが魔素を扱えることは理解しているようだ。


「その事からロザンナは魔素を扱える素質を持っているとわかります」

「えぇ、それなりに魔素は感じることが出来ます」


 ロザンナが答えたことで、ようやくイルデパンとローズマリー先生がしっかりと顔を上げて話しに戻ってきてくれた。


「ロザンナは、何か魔法が使えるのかな?」

「えっ? 魔法ですか?」


 俺の言葉に驚くような返事をロザンナが返してくる。

 その返事から、ロザンナは魔法が使えないのがわかる。


 亡くなったというロザンナの母親は治療回復術師と聞いている。

 ロザンナは、その母親から回復魔法も治療魔法も教えられていないのだろう。

 母親が亡くなった時、ロザンナは幼かったのだろうか。


 通常、幼い子供に魔法を教える親はいない。

 まあ、教えるとすれば俺の母(フェリス)か、ゴリゴリの魔導師の親ぐらいだろう。


 踏み込んで考えれば、ローズマリー先生がロザンナに魔法を教えていないことに疑問が残る。

 ローズマリー先生ならば、回復魔法も治療魔法も教えることが出来るだろう。


「ロザンナは魔法は使えないんだね?」

「えぇ、使えません」


「「イチノスさん!」」


 ロザンナとのやり取りに、イルデパンとローズマリー先生が声を合わせて割り込んできた。


 その様子から、ロザンナが母親やローズマリー先生から魔法を教わっていないのは、何らかの理由があると理解できた。


 だが、この場で魔法を教えていない理由を話題に出すのは正解ではない。

 俺はそう判断して、イルデパンとローズマリー先生を手で制した。


「特に理由は尋ねません」

「「⋯⋯」」


「ロザンナの年齢で魔法を学ぶかどうかは、保護者である御二人が決めることです。私が何かを言う立場ではありません」

「「(ふぅ~)」」


 イルデパンとローズマリー先生から安堵の息が聞こえた気がする。


 その様子からロザンナが魔法を習っていないのは、何らかの理由があると確信した。

 そうなるとロザンナへ魔法を教える前提は無くなることになる。

 例え俺が教えるとしても、イルデパンとローズマリー先生の二人から了解を得る必要がありそうだ。


 う~ん⋯

 そうなるとロザンナを雇うにしても、サノスと同じように弟子入りとしては扱えない。


 サノスの場合は魔法が使えるようになりたいサノスの思い、そして魔導師になりたい思いが明確にあった。

 それが店で働きたい思いで始まり、今は正式に魔導師になるための修行に至っている。


 そう考えると、ロザンナは魔法を覚えたいとか、魔導師になりたいと言う、明確な願望は口にしていない。

 ロザンナは、冒険者や治療回復術師が無理だから、魔導師や魔道具師を目指すと言っていないか?


 その考え方に何故だか俺は引っ掛かりを感じてしまう。

 いわばロザンナが目指しているものが、明確に感じ取れないのだ。


 それでもこの場ではロザンナを雇うか否かを判断する必要がある。


「イルデパンさん、それにローズマリー先生、以上がロザンナが魔導師もしくは魔道具師を目指した動機というか背景だそうです」

「まあ、そうした話しは、ロザンナとしていますね」

「そうね、私もロザンナと話しています」

「⋯⋯」


「ロザンナ、ここまでは正しいかな? 違うところがあれば指摘して欲しいんだ」

「正しいです。私には冒険者も治療回復術師もどちらも無理だと思っています」


 そこで一息入れたロザンナが言葉を続ける。


「私は魔素を扱えます。その素質を活かして魔導師か魔道具師を目指そうと思っています」

「「うんうん」」


「ロザンナ、ありがとう。次は私の店で働きたいと言うロザンナの考えです」

「「「⋯⋯⋯」」」


 3人が俺の言葉の続きを待つ。


「そこにはロザンナの魔導師や魔道具師の仕事を学びたいという思いが入っています」

「うんうん」

「「⋯⋯」」


「そして、この街を離れたくない。いわばイルデパンさんやローズマリー先生と離れて王都の魔法学校へ行くこと、寄宿舎生活になるのを避けたい思いが入っています」

「そうです」

「ですが⋯」

「⋯⋯」


 ロザンナが同意する言葉を口にして、ローズマリー先生は意を唱えようとし、イルデパンは黙した。

 俺は三者の気持ちを無視して言葉を続ける。


「私は皆さんの考え方が理解できました。ロザンナを雇うか否かの結論を述べる前に、今度は私の店の現状を聞いて貰えますか?」


 俺はそこで敢えて言葉を止めた。

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