10-5 驚きの再会


 4つのティーカップへ濃さが同じになるように御茶を注いで行く。

 イルデパン夫妻とロザンナ、そして俺の分も御茶を淹れて、俺も席へ着いた。


「東国の御茶です」

「ありがとうございます」


 イルデパンが率先して応え、隣に座る奥様やロザンナへ目線を送る。

 そんな目線に応えて奥様がティーカップを手にし、ロザンナとイルデパンが続く。

 俺も御茶を口にすれば、ほどよい湯加減で味わいも渋くなく苦くない。

 うんうん、良い感じだ。


「それでは私から挨拶をさせていただきます」


 皆が一口御茶を飲んでティーカップを置いたところで、俺から切り出した。


「このリアルデイルの街で魔導師の店を営んでいる、イチノスと申します」

「「「うんうん」」」


 俺の挨拶に皆が頷いてくれた。


「今日はお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ、ロザンナから『イチノスさんが話したいことがある』と言われ、これは良い機会と思い、こうして妻と二人で押しかけてしまいました。むしろご迷惑ではないかと心配しております」


 イルデパンがスラスラと淀みなく応える。

 やはり年の功だろうか?(笑


「それでは、イチノスさん。改めて挨拶をさせていただきます」


 イルデパンがそう告げると、奥様もロザンナも椅子に座り直した。

 皆の背筋が毅然と伸び、まるで街兵士が上司の言葉を待つようだ。


「ロザンナの祖父で、東町の街兵士をさせていただいております。イル・デ・パンと申します」


 そう告げたイルデパンが深く頭を下げる。

 それに合わせて隣の奥様も頭を下げ、ロザンナまでもお辞儀をしてくる。


 イルデパン、そこで街兵士の副長だと身分を口にしないのは、どう言った理由があるんだ?(笑


「丁寧な挨拶をありがとうございます」


 俺はイルデパンの挨拶に礼を述べ、お辞儀を返した。

 そんな俺へイルデパンが言葉を続ける。


「そして隣におりますのが、妻のローズマリーです(ニヤリ」


 イルデパン、なんだ? その笑いは⋯


 まてよ⋯ ローズマリー?

 イルデパンに紹介されたローズマリーさんへ目をやれば、イルデパンに負けじとほくそ笑んでいる。


「ロザンナの祖母でローズマリーと申します(ニヤリ」


 !!!


 自身で名を告げるローズマリーの声と口元の笑みで、俺は完全に思い出した。


「ローズマリー先生?」

「フフフ 思い出した?」


 えぇ、思い出しましたよ、ローズマリー先生。

 この女性は、俺の魔法学校時代にポーション作りを教えてくれた、ローズマリー先生だ。


「こんな再会をするなんて、驚きね(笑」

「せ、先生がイルデパンの奥さんだったんですか?!」


「フフフ 驚きよね(笑」

「驚きも何も無いですよ。ロザンナの祖母というのも驚きです」


「そうよね、私もロザンナからイチノスさんの店で働きたいと聞いた時には驚いたわ(笑」

「ククク イチノスさん、驚かせて本当にすいません(笑」


 イルデパンそれにローズマリー先生、先程からの笑いの意味を俺はようやく理解したよ⋯


「いやいや、ここまで縁があるとは、本当に驚きです」

「⋯?」


 俺はイルデパンそしてローズマリー先生へ目をやり、そのままロザンナを見れば、ロザンナがキョトンとした顔を見せてきた。


 俺も困惑したが、この場で一番困惑しているのは、ロザンナかも知れない。


 だが、驚いたことにロザンナが直ぐに驚きから回復した。


「お祖父様(じいさま)もお祖母様(ばあさま)も、イチノスさんをご存じなんですか?」


 驚きから回復したロザンナが、少しきつめの言葉で二人へ問い掛ける。


「私は王都に居た頃に⋯」


 ん? イルデパンが素直に答えたぞ?

 確かにイルデパンとの出会いは王都に居た頃だが、それだけじゃないだろ。

 つい先週にも魔道具屋の主の件で会ってるだろ!


「私も王都の魔法学校の時にイチノスさんと会ってるの」


 ローズマリー先生、この場で御自身からネタばらしですか?

 まあ、俺とイルデパンやローズマリー先生との関わりは、二人に任せるのが正解か⋯


「なら、わざわざイチノスさんに会いに来なくても良かったんじゃないの?」


 おっと、ロザンナが別の意味で二人に詰め寄り始めたぞ。


「いや、ロザンナ。それは違うんじゃないか?」

「えっ?」


 詰め寄りがちなロザンナにイルデパンが応え、ロザンナが止まった。


「そうね、違うわね。ロザンナ、あなたは自分で魔導師や魔道具師を目指したのよね?」

「う、うん⋯」


「その話を聞いて、私とお祖父(じい)さんは相談したのよ。ロザンナが望むなら王都の魔法学校へ行かせましょうって」

「うんうん」

「そ、それは⋯ 聞いたけど⋯」


「そうよね、ロザンナに話したわよね? 王都の魔法学校へ行って勉強しても良いわよと言ったわよね?」

「う、うん⋯」


「けど、ロザンナは私達から離れない。この街で魔導師を目指すって言ったわよね?」

「い、言いました⋯」


「ロザンナ、自分で言い出した以上は自分で決めるのが当たり前よね?」


 ローズマリー先生、その言い方はロザンナの年齢ではきついと思うぞ。


「だけど、だけど⋯ 私が魔法学校へ行ったら、おばあちゃんやおじいちゃんは寂しくない?」

「そりゃ寂しいわよぉ~ 大好きなロザンナと離れるなんて辛いわよ~」


「だったら、イチノスさんに⋯」


 そこまで言ってロザンナが止まった。

 きっと、自分の言っていることに、そこに幾何(いくばく)かの矛盾があることに気が付いたのだろう。


「寂しいけど? おじいちゃん? おばあちゃん?」

「うっ!」


 ローズマリー先生、そこで反撃ですか?

 どうやらロザンナは、普段からイルデパンを『おじいちゃん』、ローズマリー先生を『おばあちゃん』と呼んでいるようだ(笑


「もしかしてロザンナは、イチノスさんが私やお祖父(じい)さんの知り合いなら、雇ってもらえるように伝えて欲しかったの?」


 ローズマリー先生、その追い討ちを掛ける言葉は、ロザンナには厳しい言葉だぞ。


「待ってください」

「「「!!!」」」


 俺の言葉に全員が止まってくれた。


「今日、御二人とロザンナへの話しは、そうした事なのですか? 違いますよね?」

「「「⋯⋯⋯」」」


「私からの話が、今日の集まりの理由が伝わっていなければ、皆さんに謝ります」


 俺は座ったままだが、深く頭を下げた。

 これで3人が落ち着き、今日の本題へ目を向けてくれることを願って頭を下げた。


「イチノスさんは悪くないと思います」


 それでもロザンナは少しいきり立っているようだ。


「ロザンナ、今日はロザンナの大事な話をするんだ。申し訳ないがちょっと抑えて欲しい。ダメかな?」

「ダ、ダメじゃないですけど⋯」


 そんなロザンナへ、自身の話が本題だと伝えて理解を求めた。

 この言葉で、何とかロザンナは気持ちを落ち着けてくれたようだが、まだ、引っ掛かりがあるようだ。


 イルデパンとローズマリー先生へ目をやれば、少しバツが悪そうに御茶を飲んでいる。


「ロザンナ、まずは御茶でも飲もう。今日はロザンナが店で働きたい希望を御二人へ確認する場だろ」

「そ、そうですけど⋯」


「そこで二人へ怒りを示すだけでは、何も結論を導けないだろ?」

「ま、まぁ⋯ そうですね⋯」


「それに、ロザンナに勘違いしないで欲しい事があるんだ」

「私の勘違いですか?」


「例え、イルデパさんやローズマリー先生から頼まれたからといって、私がロザンナを雇うと思うかい?」

「⋯⋯」


 少し黙ってくれたロザンナの目を見れば、微妙に泳いでいる感じで、何かを考え始めたようだ。


 ちょっとロザンナには厳しかっただろうか?

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