10-4 頑張ってお手伝いしてくれました
「イルデパン⋯ 殿?」
「ククク ここから先は『さん』にしますか?」
イルデパン、その笑顔はかなり嬉しそうな顔だな。
まさかロザンナの祖父が、西町街兵士副長のイルデパンだとは思わなかった。
イルデパンは如何にも悪戯が成功して笑いが漏れ出しそうな顔だ。
「あぁ、そうしてください。その方が互いの⋯」
そこまで返事をして、イルデパンの奥に立つ年配の女性へ目が行き俺は首を捻った。
この女性には見覚えがある。
今回の訪問はロザンナの祖父母だ。
イルデパンがロザンナの祖父ならば、この女性はイルデパンの奥様で、ロザンナの祖母だろう。
何処かで会ったことがある女性だ。
何処だろう?
何処で会ったかが思い出せない。
「イチノスさん⋯ 祖父をご存じなんですか⋯」
ロザンナが心配そうな声で聞いてくる。
「ちょっとした知り合いなんだ(笑」
「⋯⋯!」
俺が苦笑い混じりに告げると、ロザンナが一気に心配を顔に出してきた。
「おじいちゃん! イチノスさんと知り合いだったの?!」
ロザンナが振り返り、軽くイルデパンに詰め寄る。
「あらあら『おじいちゃん』なの?」
「あっ!」
イルデパンの奥様らしき女性から窘めの言葉が出ると、ロザンナが慌てて俺を見て来る。
その顔は恥ずかしさからか、見事なまでに紅く染まり、何とも可愛らしい顔だ。
そんなロザンナへイルデパンとその奥様は微笑ましそうな顔を見せてくる。
その様子から、この家族はかなり良好な関係だと伺える。
「立ち話もなんですから、奥で御茶でもどうですか?」
「そうですね、お邪魔します」
「ありがとうございます」
「は、はい!」
俺の言葉にイルデパン夫妻が応え、ロザンナが続く。
いつになく、ロザンナの声が大きくないか?(笑
◆
店舗での立ち話よりはと、イルデパン夫妻とロザンナを作業場へ案内し、サノスが準備してくれた椅子を勧めた。
イルデパン 奥様
┌────────┐
│ │
│ │ロザンナ
│ [本]│
└────────┘
俺の席
イルデパン夫妻とロザンナが席に着いてくれたところで俺から声を掛ける。
「さて、まずは御茶をお出ししたいので、暫くお待ちいただけますか?」
「わざわざ、すいません」
イルデパンが応え奥様が軽く頷き、ロザンナが座ったばかりの椅子を引き立ち上がろうとする。
きっとロザンナは俺を手伝おうと思ったのだろうが、そんなロザンナを軽く制して、俺は台所へと向かった。
台所でサノスが準備してくれた両手持ちのトレイを手にしたところで、作業場からロザンナの声が聞こえてくる。
(おじいちゃん⋯ イチノスさん⋯)
(ロザンナ⋯ 落ちつ⋯)
どうやら、イルデパンとロザンナが何かを話し合っているようだ。
(だって⋯ 一言も⋯)
(いやいや⋯ ロザンナ⋯)
(イチノスさん⋯ 知り合いなら⋯)
(わかった⋯ 後できちんと⋯)
どうやら先程の続きで、ロザンナがイルデパンに詰め寄っているようだ。
(おじいちゃん⋯ これで⋯)
(ロザンナ⋯ お祖父様(じいさま)よ⋯)
(⋯ ごめ⋯⋯)
(あなたも、ロザンナの⋯)
ククク。
先ほどと同じように、奥様がロザンナを制して決着が着いたのだろう。
ついでにイルデパンも奥様に叱られているようだ(笑
俺は両手持ちのトレイを持ち直して作業場へと向かう。
俺が姿を見せると、ロザンナが席を立ち上がった。
「イチノスさん、お手伝いします」
俺の手伝いをロザンナが申し出てくれた。
一瞬、迷ったが、俺はロザンナの気持ちを汲み取って、イルデパン夫妻に声を掛ける。
「ロザンナ、ちょっと待ってくれるか?」
「⋯⋯」
「イルデパン御夫妻が反対されなければ、ロザンナに手伝って貰っても良いですか?」
「はい、私は賛成ですよ」
イルデパンへ問い掛ければ、応えたのは奥様の方だった。
微笑み混じりに応えた奥様の手元には、俺が机の上に置き忘れた『薬草栽培の研究』が置かれていた。
「じゃあ、ロザンナ。イチノスさんをお手伝いしてくれるか?」
奥様の言葉に頷き、イルデパンが同意を示してくる。
俺は机に置いた両手持ちのトレイから『水出しの魔法円』を取り出す。
その『魔法円』を見たロザンナが、イルデパンに視線を送った。
「イチノスさん、これって⋯ 祖父が持っているのと同じ気がします」
「ロザンナは、この『魔法円』を使ったことがあるのかな?」
イルデパンを見れば、軽く頷いている。
隣の奥様は先程と変わらずに朗らかな笑顔のままだ。
やはり、この女性には何処かで会った気がする。
何処で会ったのだろう⋯
「じゃあ、まずはティーカップに3杯分の水を出して、ティーポットへ入れてくれるか? 魔石はこれを使って」
そう告げて、一緒に持ってきた『オークの魔石』を渡す。
ロザンナが席に座り『水出しの魔法円』にティーカップを置いて『オークの魔石』へ手を伸ばした。
イルデパン夫妻が見守る中、ロザンナが『水出しの魔法円』へ魔素を注いで行く。
ティーカップにスルスルと水が湧き出した所で、ロザンナが俺を見てきた。
俺が軽く頷くと、ティーカップの水をティーポットへと移し始めた。
どうやらロザンナは魔素を扱えるようだ。
俺の描いた携帯用の『魔法円』は『神への感謝』が無いため、使う本人が意識して魔素を流す必要がある。
ロザンナが魔素を扱えるなら、俺の店で働いても特に問題は無いだろう。
再びロザンナが空になったティーカップを『水出しの魔法円』に置く。
その様子はサノスと同じく、丁寧に『魔法円』の内円に置く仕草をしている。
どうやらロザンナは、イルデパン夫妻から『魔法円』を使う上での教育も施されているようだ。
ティーカップに3杯分の水を出し、ティーポットに移し終わった所でロザンナが聞いてきた。
「これで3杯分を出しました」
「なら、次はこれを使って水を沸かしてくれるかな?」
俺は『湯沸かしの魔法円』を机に置き、ロザンナへ差し出す。
ロザンナは渡された『湯沸かしの魔法円』に丁寧にティーポットを乗せる。
やはり『魔法円』の内円にティーポットが収まるように、慎重に調整している。
ティーポットの位置が定まったのか、再び『オークの魔石』に手を伸ばしてロザンナが魔素を流し始めた。
ロザンナの流す魔素の量は、朝のサノスよりも若干多いようだ。
「ロザンナ、慌てないで良いからね。流す魔素は少しで良いんだよ」
「えっ? は、はい!」
ロザンナが慌てて『オークの魔石』から手を放し、椅子に座り直して慎重に魔素を流し始めた。
そうした様子をイルデパン夫妻は見つめ続けている。
俺としては、ロザンナが実際に魔素を扱える様子をイルデパン夫妻と共に確認する意味もあった。
魔導師の店で働くからには魔素を扱える必要がある。
一応、サノスを交えてロザンナには話しているが、イルデパンと奥様には話していない。
こうしてロザンナが魔素を扱うのを保護者のお二人へ見せれば、俺の店で働く以上は、魔素を扱う仕事だと理解しやすいだろう。
ロザンナの流す魔素の量は昼前にサノスが流していたのと大差がないものになった。
俺からの指摘で流す魔素の量を直ぐに調整できるならば、十分に魔素を扱えると考えて良いだろう。
程なくしてティーポットから湯気が昇り始めた。
「イチノスさん、どのくらい沸かせば⋯」
「しっかりと沸かしてくれるかな?」
「はい」
明るく応えたロザンナの流す魔素の量が少し増えた。
「ロザンナ、ゆっくりで良いからね」
「は、はい」
何かに気が付いたのか、再びロザンナの流す魔素の量が細く少なくなって行く。
俺はロザンナの使い終わった『水出しの魔法円』にティーカップを乗せ、魔素を流して差し水を出す。
「イチノスさん、だいぶ沸きましたけど⋯」
「ロザンナ、ありがとう」
そう告げるとロザンナは『オークの魔石』から手を離した。
ティーポットからはしっかりと湯気が昇っている。
そこに俺は差し水を入れて行く。
練習したとおりに、差し水を1杯半入れたところで、茶葉を入れて侵出を始めた。
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