10-11 経験無いことは教えられない?
受付カウンターで粘る商人達の後ろに並びながら、若い男性職員とイルデパンが衝立の向こう側に消えて行くのを眺めていると声を掛けられた。
「冒険者ギルドへようこそ。今日はどんなご用ですか?」
美味しい紅茶を淹れてくれる若い女性職員は、今日も見事に商人たちを捌いているようで直ぐに俺の順番となった。
「伝令を出したいんだが」
「では、こちらの用紙に記入してお持ちください。次の方、どうぞぉ~」
声は朗らかなのだが淡々と捌いている感じだ。
ここ数日の商人達の攻勢がここまで彼女を育てたのだろうか?(笑
そんな事を考えながら伝令の用紙を受け取った俺は、商人達が集まる机へと素直に向かった。
─────
コンラッドへ
魔法学校時代の教本や教材を探している。
木箱に詰めた記憶があるがコンラッドの手元にあれば店へ届けて欲しい。
手元に無ければ所在を教えて欲しい。
イチノス
─────
伝言を記入する商人たちに混ざって、コンラッドへの伝令を書き上げると、俺は再び受付カウンターへ向かう。
「あら、イチノスさん。今日は⋯ ありゃ?」
書き上げた伝令を受付カウンターで差し出すと、若い女性職員が変な声を出してくる。
「この伝令をコンラッド宛で頼めるかな?」
「は、はい。すいません」
ははーん。
この若い女性職員は、商人達の攻勢で育ったんじゃなくて疲れてるだけか。
どうやら、俺に伝令用の用紙を渡したのを忘れるほどに疲れてるんだな(笑
「お疲れ様、頑張ってね。応援してるよ」
「あ、ありがとうございます」
若い女性職員が俺の言葉で明るい顔になってくれた。
俺は所定の料金を支払い、早々に受付カウンターを離れることにした。
サノスとロザンナの様子を聞くかどうか迷ったが、若い女性職員へそんなことで負担を掛けても悪い気がする。
それにサノスやロザンナには、多分だがローズマリー先生が着いていると思う。
今日の冒険者ギルドには、俺の出番は無いと判断し、明日に備えて風呂屋へ行く事にした。
◆
ふぅ~
蒸し風呂で体を慣らしながら、ローズマリー先生が語ったロザンナを襲った不幸を考えて行く。
ロザンナを襲った不幸は凄絶で辛い話だ。
ロザンナの年齢で5年前と言えば10歳にも満たない頃だろう。
そんな年齢で一度に両親を亡くすなんて耐えられるものではないだろう。
自分がそんな状況に陥ったとして耐えられるのだろうか。
確かに俺は父(ランドル)を戦死という形で亡くしている。
あの時は俺も既に成人していたし、魔法学校での寄宿舎生活、後に研究所での寮生活となっていて、それなりに父(ランドル)とは距離があった。
それに母(フェリス)も健在だった。
ロザンナの体験した凄絶な思いとは比較にならないだろう。
10歳にも満たない年頃ならば両親に一番甘えたい年頃だ。
そんな年頃で凄絶な経験をしているのに、よくぞあれほどまでにロザンナは明るく育っている。
きっと、イルデパンやローズマリー先生が、ロザンナを深い愛情で支えたのだろう。
そのイルデパンやローズマリー先生も、一人娘とその婿を亡くしているのだ。
あの二人も辛かっただろう。
孫のロザンナが明るく育つことが何よりも励みだったのだろう。
そこまで考えて水風呂で体を冷まし、大きな湯船に浸かって思った。
ロザンナの成長で俺は気になることがある。
ロザンナが抱く魔物への恐怖感は、もしかしたら、父親が魔物に殺された事が強いトラウマになっているのではなかろうか?
それに血を見るのが苦手だというのも、もしかしたら、大討伐で運び込まれた負傷者達の流血が、ロザンナへ植え付けたトラウマなのではなかろうか?
さらには血を見るのが嫌だから、治療回復術師は無理だとロザンナは言っていた。
これは心の奥底に、母親が魔力切れで亡くなった事が刻まれているような気もする。
魔力切れは魔導師や治療回復術師にとっては生死に関わることだ。
弟子のサノスはそれなりに魔力切れを経験しているから、強く注意を促す程度で済んでいるが、実際に魔力切れによる死には直面していない。
ロザンナの場合は魔力切れが死を招くことを実の母親で見ているし知っている⋯
どうやって二人に正しく魔力切れを教えれば良いんだ?
ん? ロザンナは弟子入りしているわけではないから、俺が魔力切れの危険性を教える必要は無いのか?
既に母親で経験しているから、俺から特に教える必要は無いのか?
いや、ロザンナが少しでも魔導師を目指す気持ちがあるのならば、魔力切れは正しく知るべきだろう。
母親の死から恐ればかりを抱くよりは、自身が生き残るために魔力切れを正しく理解するべきだ。
他の魔導師はどうやって弟子に教えているんだ?
そうした部分をどう扱うべきかを俺は誰からも学んでいない。
〉イチノス、魔力切れの怖さがわかった?
魔石への魔素充填で軽い魔力切れを起こした俺に投げられた母(フェリス)の言葉ぐらいしか思い出せない⋯
魔法学校時代に、幾多の先生から言われた気がするんだが思い出せない⋯
〉はい、お任せください
あの時、あれ程、自信を持ってローズマリー先生へ伝えた言葉。
俺は自分の発した言葉が急に恥ずかしくなってきた。
◆
俺はサノスとロザンナへの指導で悩みつつも、風呂屋で出来上がった体が求めるままに、大衆食堂へと来てしまった。
「イチノスさん いらっしゃ~い」
いつもの給仕頭の婆さんに迎え入れられた大衆食堂は、今日も人が少ない。
「エールと串肉でいいね?」
「あぁ、まずは一杯、頼む」
昨日と同じ長机に着くと、わかりきったと言わんばかりに、婆さんが注文を通してくれる。
代金と引き換えで木札を受け取り改めて店内を見渡すと、奥の方に商人達が数名、ひとつの長机に集まっているだけだ。
冒険者の連中は、討伐期間中はこれほどまでに禁欲的で厳格になるのか。
今日も明日に備えて、酒も飲まず真っ直ぐに家に帰っているのだろう。
ドンッ
遠慮なく婆さんがエールの入ったジョッキを机に置いて、俺の向かい側に座ってきた。
「ククク 今日も暇そうだな(笑」
「今夜はもう少し来ると思ったんだけどね。まあ、明日は賑わうと思うよ」
「明日? 討伐が終わるのか?」
「ギルドで警告は出てないかい?」
「警告? 何かあったのか?」
「たぶん今夜から降り出すね。降り出したら連中はしばらくは討伐に出ないからね」
確かに今日は朝から曇り空だった。
言われてみれば風呂屋から来る途中、月明かりも感じなかった。
半月のせいだろう思ったが天気が悪いのか⋯
「まだ降り出して無いんだろ?」
「あぁ、まだ降ってなかった」
冒険者の連中は、婆さんのように今夜からの雨に気がついてるのだろうか?
「連中は雨になると気付いてるのか?」
「何人かは気がついてると思うんだ⋯ イチノス、ギルドで警告は出てないんだね?」
そう言って婆さんは席から立ち上がった。
「すまん。掲示板までは見てないんだ」
俺の言葉を聞くやいなや婆さんは厨房へ向かった。
「オリビア! ちょっとギルドへ行ってくるから頼むよ!」
「はーい」
オリビアさんの声が聞こえた途端に、婆さんが食堂の出入口へ向かって行く。
ゴクゴク ぷはぁ~
食堂を出て行く婆さんの後ろ姿を見ながら、俺は風呂屋で出来上がった体にエールを流し込む。
すると視界に鮮やかなベストが割り込んできた。
「あのぉ~ よろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「先ほど婆さんが慌てて冒険者ギルドへ向かったようですが、何かあったんですか?」
婆さん? まあ確かに婆さんだから気にしないことにしよう。
俺も『婆さん』と呼んでるからな。
「婆さんが今夜から雨だと言ってたから、冒険者ギルドで明日の討伐に警告が出てないかを見に行ったんだと思いますよ」
「なるほど、お楽しみのところ邪魔してすいませんでした」
そう言って商人が元の長机に戻って行き何かを話し合っている。
そんな姿を見ながら、俺はジョッキに残ったエールを飲み干して行く。
さて、お代わりを頼もうと思い席を立とうとすると、奥の長机に座っていた商人達が一斉に席を立ち上がり、バタバタと帰り支度を始めた。
先ほど俺に声を掛けてきた商人が厨房から出てきたオリビアさんへ声を掛けると、その脇を商人達が急ぎ足で食堂から出て行く。
そんな様子を見ているとオリビアさんに声を掛けられた。
「イチノスさん、お代わり?」
「あぁ、頼めるかな?」
「もうすぐ串肉が焼けるから一緒で良い?」
「あぁ、一緒に頼めるか?」
オリビアさんへ代金を支払い木札を受け取ると、食堂の扉が開いて赤毛の女性が飛び込んできた。
げっ!
「あらぁ~ ヘルヤさん!」
「おぉ、オリビアさんではないか!」
思わず俺はヘルヤさんから視線を外して、後ろを向いてしまった。
それでもビシビシと背中に視線を感じる。
「イチノス殿! 探したぞ!」
いや、探さないでください。
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