18-19 街兵士へ伝えて大衆食堂へ


 視界の端で、俺へ向かって王国式の敬礼をする街兵士に向き直り、俺も敬礼を返して労いの言葉を添えた。


「日夜の巡回、お疲れさまです」


「「ありがとうございます」」


 互いに敬礼を解いた後、風呂屋で起きたことを軽く世間話のように二人の街兵士へ伝えて行く。


「今、風呂屋へ行ったんですが⋯」


「「??」」


 そこまで言って、二人の街兵士の興味を引くために、敢えて言葉を止めてみた。

 すると案の定、二人の街兵士が続きを聞きたそうな顔を見せてきた。


「他の街から訪れた冒険者がいたんですよ」


「イチノス殿、もしや何かありましたか?」

「⋯⋯」


 二人の街兵士は、年配と若手の組み合わせだ。

 このガス灯の下に立つ街兵士達は、この組み合わせが多いな。


 そして、積極的に話しかけてくるのは、いつも年配の方だ。


「それがですね⋯ その方たちが、少し不穏なことを口にしていたんですよ」


「不穏な?」

「こと?」


「なんでも『リアルデイルの冒険者を締め上げる』そんな話をしていたんですよ」


 そこまでの話を聞いた二人の街兵士が、互いに顔を見合わせた。


「それは、穏やかじゃありませんね」

「うんうん」


「たまたま、大工達と私がそばにいたんです。その大工達と私に聞かせるように言ったんですよ」


「イチノス殿も、その場に居合わせたんですか?」

「⋯⋯」


「ええ、私と大工達がいたのに、他の街から訪れた冒険者が『リアルデイルの冒険者を全員締め上げる』とか、言い出したんですよ(笑」


「「⋯⋯」」


 そろそろ気が付いて欲しいが、この二人では無理だろうか?


「何も起こらなければいいんですが⋯ 今、交番所になった元魔道具屋がありますよね?」


「ええ⋯」

「あそこですよね?」


 二人の街兵士の視線が内装工事を終えた交番所の方を向いた。


「その内装工事をしてくれた大工達が、その『締め上げる』とかいう話を聞いてしまって⋯  いや、聞かされた? 私にも聞こえましたからね(笑」


 再び、街兵士の二人が顔を見合わせ、互いに軽く頷いた。

 そして、俺に向かって敬礼をしてきた。


「イチノス殿、通報に感謝します」

「ありがとうございます」


おっ!


 ようやく気が付いてくれたようだ(笑

 ここまで重ねて伝えて、ようやく理解してくれたようだ。


 二人の街兵士はすぐに敬礼を解き、小走りに風呂屋へ向かっていった。


 風呂屋へ向かう街兵士の背を見つめながら、ムヒロエが尋ねてきた。


「イチノスさん、今のって⋯」


「ん?」


「いえ、何でもありません。あそこが大衆食堂ですよね?」


 ムヒロエが話を止めて振り返るように指し示す灯りは、大衆食堂の灯りだった。


 その灯りに向かって、ムヒロエが足を進め始め、俺もそれに釣られるように並んで大衆食堂へ向かって再び歩み始めた。


 俺と街兵士の会話を黙って聞いていたムヒロエ。


 その様子から、ムヒロエはこれ以上、他の街から来た二人の冒険者と関わりを持たないつもりだと感じた。


 一方の俺としては、これ以上の話は街兵士が俺に向かって敬礼したことに続きそうな気がした。


 街兵士からの敬礼は、俺の出自に関わっている。

 知り合ったばかりのムヒロエに、自分の出自について俺から語る必要はないだろう。

 話すとすれば、ムヒロエともっと打ち解けた後だ。


 むしろ、俺はムヒロエから聞き出すべきことがある。

 それは、彼がエルフ語を話せる理由だ。


 若い人間種族が、エルフ語を話すことを俺は聞いたことが無い。

 エルフ語を話せるようになるには、エルフの里まで足を運び学ぶか、エルフ自身から教わる必要がある。


 見るからに人間種として若いムヒロエの経験について聞き出し、その聞き出す話から、ムヒロエとエルフの関わりを知る必要があるだろう。

 そして色々と聞き出すなかで、ムヒロエの人柄を理解することが先決だろう。


 それに、ムヒロエが俺の名前を知っている理由と、俺が魔導師であることを知っている理由も聞いてみることにしよう。


 俺はムヒロエとの話の切欠として、彼の荷物について問い掛けてみた。


「ムヒロエさん、もしかして、それがすべての荷物ですか?」


「ええ、これだけですよ?」


 そう答えたムヒロエは、布袋を片手に斜めがけしたカバンをポンポンと叩きながら、屈託の無い顔で答えてくる

 どこか荷物の少なさに満足そうに見えた。


「ムヒロエさんが遠くから来たように感じたんですが、装備や荷物が少ないなと感じたんです。もしかして、既に宿へ荷物を置いているのでしょうか?」


 実際、彼は先ほど細身の男と、今夜の宿泊場所について問答をしていた。

 まだ宿は決めていないようだが、俺は思い切って尋ねてみた。


「宿はまだ未定ですよ。東の関で聞いた宿にしようと思ってます。まぁ、何とかなりますよ(笑」


 なるほど、東の関からムヒロエはリアルデイルへ入ってきたんだな。

 それにしても、ムヒロエは随分と適当な奴だな。

 宿も決めずに風呂屋へ来るとか、宿も決めずに酒を飲みに行くとか⋯

 俺としては考えられない行動だな(笑


 それともムヒロエは、宿を気にせずに酒を楽しむタイプなのか?


「先に宿を決めた方が、安心して飲めませんか?」


「う~ん、何軒か紹介してもらったから、たぶん大丈夫ですよ。それに今はイチノスさんとエールを飲みたい気分なんです」


 こいつは自分の都合よりも、俺と一緒に酒を飲むことを優先するとか言い出したぞ。


 こいつは本当に大丈夫なのか?

 こちらが逆に心配してしまうぞ(笑


 まぁ、どこに泊まるかは本人が気にすればいいことだ。

 俺が気にかける話じゃないし、最後はアルフレッドに頼るか⋯


 そんな話をムヒロエとしながら、大衆食堂に近づいたところで、食堂の入口が開き数人の男達が出てきた。


 どの男たちも軽装備を身に付けた冒険者の出で立ちで、顔をよく見れば、俺の店に来たことのある顔馴染みだ。


 五~六人の集団で食堂から出てきたので、もしかしたら大衆食堂は満席なのかも知れない。


「どうした? 満席なのか?」


「おぅ⋯ イチノス⋯ だよな?」


 そこまで答えた馴染みの冒険者が、俺と斜め後ろに立つムヒロエを見比べた。


「イチノスだが?(笑」


「満席みたいなんで風呂屋に行って出直しだ」

「「おう、出直しだ」」

「「出直し、出直し~」」


 そう告げる彼らは俺とムヒロエを見比べながら風呂屋へと向かって行く。


 俺やムヒロエとスレ違う彼ら全員から、どこか埃っぽい香りがしてくる。


 どうやら皆が護衛から戻って冒険者ギルドへ来た後に、真っ直ぐに大衆食堂へ足を運んだようだ。


 そんな彼らの全員が風呂屋の方へ向かったところで、ムヒロエが少し残念そうな声を出した。


「イチノスさん、満席なんですかね?」


「みたいですね(笑」


「う~ん⋯ 一応、見るだけ見てみましょう」


 そう言って、ムヒロエが先に大衆食堂へと入って行った。


「いらっしゃ~い」


 ムヒロエに続いて大衆食堂へ入って行くと、給仕頭の婆さんがいつもの声で迎えてくれる。


「イチノス⋯」


 そこまで言った婆さんが、ムヒロエを頭の先から下へ向かって見直した気がする。

 婆さんはムヒロエを見て、俺と間違えたんじゃないのか?(笑


「婆さん、満席かい?」


 ムヒロエの後ろから顔を出して婆さんへ声を掛けると、一気に婆さんの顔に驚きが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る