18-20 婆さん、満席かい?


「婆さん、満席かい?」


 ムヒロエの後ろから顔を出して婆さんに声をかけると、一気に婆さんの顔に驚きが見えた。


 これは、俺とムヒロエが似ていることからの驚きだろう。


「えぇ?! イ、イチノス、ち、ちょっと待って」


 婆さんが言いながら、店内をぐるりと見回す。


 同じように、俺も店内を見渡してみると、いつも座る長机は空いているように見えた。

 だが、その長机の中央には、大衆食堂では見慣れないものが置かれていた。


『予約席』


 それを見て、俺はワイアットやアルフレッドにブライアン達だろうと察しまった。


 ウィリアム叔父さんへのダンジョン発見報告に、ギルマスに連れられてあの三人は行っているはずだ。

 当然ながら、三人はウィリアム叔父さんからご褒美を受け取っているだろう。

 ご褒美で懐が暖かいから、その打ち上げで、いつも座る長机が予約されているのだろう。


他の席は⋯


 店内の全ての長机に誰かかしらが座っている感じだ。


 大衆食堂には八人掛けの長机が10台は並んでおり、そのほとんどが五人から六人で埋まっている。

 中には冒険者が四人ぐらいでゆったりと座り、半分の席が空いている長机もある。


 予約席の札が置かれた長机以外は、どこも誰かが座っている感じだ。


 さっき、店の前でスレ違った数人の冒険者は、全員が一つの長机に座ることができなかったため、出直しを決めたのだろう。


 俺は相席も覚悟して、婆さんと同じように席を探すムヒロエへ問いかけた。


「ムヒロエさん、相席になりそうですね」


「構いません。既に体がエールを欲しがってます(笑」


 俺もムヒロエと同じ気持ちだ。

 蒸し風呂が短かったのでいつも程ではないが、既に風呂上がりの体はエールを欲していた。


「イチノスさん、あの席に座っても良いですかね?」


 ムヒロエが店内の一番奥の隅にある席を指差した。


 その席には顔を知っている冒険者が二人と、名前の知らない商人が一人、計三人で座っていた。

 この大衆食堂の店内で、一番客の少ない長机だ。


「私は構いませんよ」


「じゃあ、あそこにしましょう」


 ムヒロエの言葉を聞いて、別の方を見ていた婆さんへ伝える。


「婆さん、あそこで相席するよ」


「ん? あそこかい? そうだね、あそこが良さそうだね」


 婆さんの同意の言葉が聞こえたのか、ムヒロエが指差した店の奥の長机へと向かって行く。


 婆さんもそれについて行き、俺が二人の後を追うと、周囲の長机に座る冒険者たちからの視線が俺とムヒロエへ向けられるのが、ありありとわかる。


 その視線の全てに会釈しながら、俺は思った。

 こいつら全員が、俺とムヒロエを見比べている感じで、やはり似ていると気づいているのだろう。


 程なくして目的の長机に着いたムヒロエが、先に座っていた冒険者と商人へ声をかけて行く。


「すいません、こちら側をお借りしてもいいですか?」


「おぉう、イチノス⋯ あれ?」


 そう口に出した顔見知りの冒険者が、俺とムヒロエを見比べて来た。


 もう一人の冒険者も俺とムヒロエを見比べ、それに続く商人は軽く会釈して来た。


 俺もその会釈に応えて長机の空いている半分に、ムヒロエと対面で座ろうとすると、商人が二人の冒険者を誘う言葉を口にした。


「少し混んできましたね。よろしければ、これから南町へ繰り出しませんか? 良いお店へ案内しますよ?」


「おぉ~!!」

「いいな!」


 商人の言葉を聞いた二人の冒険者が、俺達と入れ代わるように即座に席を立ち上がった。


「おや、お帰りかい?」


 先客の三人の様子に婆さんが声を掛ければ、立ち上がった三人がそれに応えた。


「おう、婆さんすまんな」

「イチノス、またな」

「今、空けますんで」


 三人は口々に婆さんと俺へ声を掛け、荷物を手にして店を出て行こうとする。


 そんな三人を放置して、婆さんが俺とムヒロエに注文を聞いてきた。


「イチノスとお連れさんはエールだよね?」


「はい、エールでお願いします」

「おう、頼む」


 婆さんの言葉に従って、財布から代金を取り出して渡すと、アキナヒも慌てて財布を取り出し、俺を真似て支払って行く。


 木札を渡してきた婆さんが、そそくさと机の上を片付け、先客の三人を追いかけるように厨房へと向かった。


「なんか悪いことしたかな?」


 ボソリとムヒロエが呟いた。


「いや、かえって二人には良かったかも?(笑」


「かえって? 良かった?」


 その返事に首を傾げそうになるが、ムヒロエはリアルデイルの南町を知らないのだと察した。


「そうか、ムヒロエさんは知らないですね。リアルデイルの街には歓楽街があるんですよ」


「歓楽街? もしかして、先ほど言っていた南町が歓楽街なんですか?」


「そうです」


「そうか、それでか⋯」


「ん?」


「いや、実は風呂屋で別れた二人が『宿は南町に近いのにしよう』って言ってたんですよ」


「ククク そうなんですか?(笑」


「まったく、困ったもんでしょ(笑」


 思わず声を出して笑ってしまった俺に、ムヒロエは屈託の無い笑顔を見せてくる。


 互いに笑い声が響いたところで、ムヒロエが問いかけてきた。


「話は変わりますが、やはりイチノスさんはこの街でも知られてるんですね?」


「ん? そうですか?」


「冒険者の方からも商人からも、自然と挨拶されてましたよね?」


「まあ⋯  そうですね」


「驚いたのは街兵士さんが敬礼してきたことですね」


 どうやらムヒロエは気が付いていたようだ。

 とはいえ、ムヒロエは俺の出自を知らないだろうから、こうした言葉が出るのだろう。


「まあ、ムヒロエさんもこの街に住めばそうなりますよ」


「おっと、それは楽しみだ(笑」


 それとなく、ムヒロエがリアルデイルに住み着くのかを問いかけてみたが、曖昧な返事で交わされたか?


 ここは真っ直ぐに聞いてみるか⋯


「ムヒロエさんは、リアルデイルに住む予定なんですか?」


「しばらくは、この街でしょうね」


 それなら、慌てずともムヒロエがエルフ語を話せる理由も聞き出せそうだぞ。


「お待たせ~」


 そんなことを思っていると、オリビアさんがエールを持ってきた。


「ぶはぁ~」「ぷはぁ~」


 一杯目のエールをムヒロエと共に一気に飲み干す。


「お代わりよね?」


「「もちろん!」」


 オリビアさんへムヒロエと共にお代わりと串肉を頼み、木札を受け取った所でムヒロエが口を開いた。


「イチノスさん、実はちょっと相談があるんです」


「相談?」


 何の相談だ?


 初対面の俺への相談、やはりムヒロエは面白い奴だ。


「実はこれを見て欲しいんです」


 そう言ったムヒロエが、風呂屋の受付で預けていた布袋を長机の上に置いてきた。


「実は、私はこれの価値がわかる方を探して、この街まで来たんですよ」


それって⋯


 ムヒロエがリアルデイルの街に来た理由だよな?


 このリアルデイルにそうした何かを鑑定できる人物が居ると言うことか?

 そんな人物がこのリアルデイルに居ただろうか?


「ムヒロエさん、鑑定か何かを得意とする人物を探しているんですか?」


「う~ん⋯  実はこの袋の中は、壊れた魔石なんです」


 壊れた魔石?


「これを鑑定してもらいたくて、街毎に商工会ギルドを訪ねつつ魔導師を探したんです。ですが、皆が一様にイチノスさんの名を口にしたんですよ」


「私の名を口にした?」


「魔石の鑑定を依頼するなら『魔石造りの名手であるリアルデイルのイチノスに頼め』とね?」


 俺は笑顔で告げてくるムヒロエの目を見つめた。

 その目は笑っておらず、どこか俺の動きを観察しつつも、俺を試すように感じた。

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