18-13 再びロザンナが悩みます


カランコロン


 サノスとロザンナの二人と一緒に店へ戻り、作業場の自分の席へ座ったところで御茶を淹れてもらうことにした。


「サノス、ロザンナ。すまないが、御茶を一杯淹れてくれるか?」


「はい」「すぐに準備します」


 二人が揃って台所へ向かう。


(魔法円は湯出しを使うから⋯)

(先輩、イチノスさんは御茶ですよね?)


(そうだね)

(じゃあ、ポットは2つですか?)


(うん、ロザンナも冷たい紅茶が良いよね?)

(はい、さっそく試してみたいです)


(私も~)


 漏れ聞こえてくる会話は、俺が渡した『製氷の魔法円』を使うことを前提にしている感じだ。


 おそらく、俺が洗濯物を詰めている間にも、2人はそうした会話をしていたのだろう(笑


 そのような会話が途切れると、二人が揃って台所から作業場へ戻ってきた。


 ロザンナが両手でトレイを持ち、マグカップ3つとティーポット2つを載せて運んできた。

 一方、サノスは茶葉を入れた容器を両手に作業場へ戻ってきた。


「イチノスさんは御茶ですよね?」


「そうだね。御茶でお願いするよ」


 ロザンナの問いに答えると、サノスは薄緑色のティーポットを『湯出しの魔法円』の上へと置いて行く。

 面白いのはティーポットが置かれた位置が、魔法円の中心ではなく、少し手前なことだ。


 サノスがすぐに、普段使いの「魔石」へ手を伸ばすと、薄緑色のティーポットから湯気が立ちのぼる。


「ロザンナ、お願い」


 そう言って、サノスはお湯が入った薄緑色のティーポットをロザンナの前へ差し出した。


 続いて、サノスが白いティーポットを『湯出しの魔法円』へ置いて行く。


 白いティーポットも薄緑色のものと同じように、中央から少しずれた位置に置いていた。


「ロザンナ、紅茶は熱いお湯だよね?」


「そうです、先輩。沸騰して少し冷めたくらいがちょうど良いそうです」


「任せて!」


 そう言うと、サノスが普段使いの魔石へ手を伸ばした。

 途端に白いティーポットの口から湯気が立ちのぼる。


 その隣で、先ほどお湯を出した薄緑色のティーポットへロザンナが御茶の茶葉を入れて行く。


 その後、サノスは湯気の立つ白いティーポットを魔法円から下ろし、ロザンナの前へ差し出した。


 サノスが『湯出しの魔法円』で、2回お湯を出しているが、2回ともティーポットの位置が微妙に中心からずれていた。

 どうやら、サノスはこの魔法円の作用域のズレを理解しているようだ。


 そう思うと、湯気の立つ白いティーポットへロザンナが紅茶の茶葉を入れていった。


 それまで座っていたサノスが席を立ち上がり、湯出しの魔法円を自分の棚へ片付け始めた。


 やがて、ロザンナが浸出を終えた御茶を、俺のマグカップに注いでくれる。


「イチノスさん、どうぞ」


「おう、ありがとうな」


 出された御茶を一口飲むと、爽やかな香りが口いっぱいに広がる。

 喉が渇いていたのもあるが、湯加減が絶妙で、御茶の美味しさが引き出され、かなり美味しく感じる。


 そんな御茶を味わっていると、紅茶の濃さを確かめるロザンナの声が聞こえた。


「先輩。もう、いい感じですか?」


「そうだね」


 サノスの返答に応じて、ロザンナがマグカップから紅茶を注ぎ分けて行く。


 席に戻ったサノスが、今度は俺が渡した『製氷の魔法円』を机の上に並べて行く。

 それにロザンナが紅茶が入ったマグカップを置いた。


ククク


 さっそく使ってみたいんだな(笑


「師匠、使い方をお願いします」

「イチノスさん、お願いします」


「わかった(笑」


 それから俺は、新作の魔法円=『製氷の魔法円』の使い方を、二人へ教えて行った。



「あぁ~ 冷たくて美味しい」


「ですねぇ~」


 二人とも、製氷の魔法円で半分氷らせた紅茶に口をつけ、幸せそうな声を出している。


 俺は熱い御茶を味わいつつも、二人の声に共感しながら、サノスへ向かって『湯出しの魔法円』の調整状況を尋ねてみた。


「サノス、さっき見ていて思ったんだが、『湯出しの魔法円』の作用域の調整で、左右(さゆう)は済んでるんだな?」


「はい、左右(さゆう)は終わっていると思います。上下(じょうげ)⋯  前後(ぜんご)? がまだです」


「ククク、『左右(さゆう)』は合ってるけど、『前後(ぜんご)』と『上下(じょうげ)』の使い方は説明してなかったな?(笑」


「えっ? 何か違ってました?」


「魔法円の作用域を表す際には、左右(さゆう)、前後(ぜんご)、上下(じょうげ)の3つの言葉を使うんだよ」


 俺がそこまで口にすると、ロザンナが椅子に掛けたカバンから束ねたメモ用紙とペンを取り出した。

 その様子に気付いたサノスも、慌てて同じようにメモ用紙とペンを用意した。


「師匠、続きをお願いします」


「うむ、まず左右(さゆう)はわかるな?」


 俺の問いに応じて、サノスは自分の前に置かれた製氷の魔法円の上で手にしたペンを左右(さゆう)に振り、俺の顔を見てきた。


「そうだ。魔法円を正面から見て『左右(さゆう)』はそのとおりだな。これは理解しているね?」


「はい、左右(さゆう)はわかります。さっき調整していましたから」


「そうだね。次に『前後(ぜんご)』だけど、魔法円を正面から見て、手前側をそのまま『前』と呼ぶんだ」


「なるほど。じゃあ、奥側が『後ろ』になるんですね?」


 サノスの手が魔法円の上を前後する。


「正解だな。これで『左右(さゆう)』と『前後(ぜんご)』は理解できたかい?」


「理解しました。それじゃあ『上下(じょうげ)』は⋯ 作用域の高さのことですか?」


 今度はサノスの手が魔法円の上で上下した。


「その通り。まぁ、この用語は魔法円を描く魔導師や魔道具師くらいしか使わないけどね(笑」


 俺の説明を真剣にメモに書いて行くサノスとロザンナを見て、先ほどのロザンナの発言を思い出した。


〉それの使い方がわかった気がします


 ロザンナがサノスの使っていた金属製の皿を見て、そんなことを口にしていたよな?


「ロザンナ、作用域についてどのぐらい理解してる?」


 そうした問い掛けをしつつも、俺は自分自身へ疑問が湧いてきた。


 俺はロザンナに作用域の考え方を教えたかどうかが思い出せない。


「そう言えば、ロザンナに魔法円の作用域について説明していないよな?」


「ええ、まだです」


「それでも少しは理解しているんだろ?(笑」


「先輩の作業を見ていて、なんとなくですけど⋯」


「わかった。新しい魔法円も貸し出したし、良い機会だから作用域についてロザンナに話そう。ロザンナ、サノスが使っていた金属製の皿を取ってきてくれるか?」


「はい!」


 返事と共にロザンナが立ち上がると、サノスの使っていた金属製の皿を台所から早足で持ってきた。



「以上が作用域の簡単な説明だな」


「うん、うん」

「⋯⋯」


 作用域の簡単な説明を終えて、二人へ確かめるように声をかけてみた。


 サノスには前にも説明しているので、それなりに理解しているのか頷いてくる。


 しかし、ロザンナは悩んだような顔をして返事がない。


 これも『神への感謝』と同じように、ロザンナには自分で考える宿題になりそうな気がする。


 まあ、そんなに急いで理解を深める必要もない。


 ロザンナが、挑んでいる型紙から実際に魔法円を描く際に、理解して行けば良いことだ。


「さて、じゃあ、俺はもう少し2階で作業をするから⋯ すまんが、降りてくるまで声をかけないでくれるか?」


「はい、わかりました」

「⋯⋯」


 俺はサノスの返事を耳にしながら、2階の書斎へと向かった。

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