18-14 もう1枚描きました


「ふぅ~」


 思わず深く息を吐いて、書斎の椅子の背もたれに身を預けた。


 書斎机の上には、今しがた描き上げたサノスとロザンナに貸し出したのと同じ『製氷の魔法円』が置かれている。


 店の向かい側の角、新たに出来る交番所に立つ二人の女性街兵士へのお礼として渡すために描き上げたものだ。


 あの二人は、俺が不在の間(あいだ)、サノスとロザンナを不埒な商人達から守ってくれた。


 そのお礼として、彼女たちが交番所で使えるように、新作の魔法円=『製氷の魔法円』を贈ることにしたのだ。


 既にサノスとロザンナに貸し出したの同じ魔法円なので、描くのにはそれほど時間はかからなかった。


 それでも1日に魔法円を3枚も描くのは、それなりの集中力を必要とするし魔力も消耗する。

 さほど空腹も感じていないため、魔力切れにはなっていないと思うが、念のために自分自身に軽く回復魔法をかけた。


すぅ~ はぁ~


 今度は深呼吸をして気持ちを落ち着かせたところで、黒っぽい石の上に置いたメモ書きを手に取った。


 黒っぽい石は6個手に入れることができたので、次はこの6個を使った実験を行うことになる。

 この6個の黒っぽい石を得たことで、あの『何かを越える』感覚について、実験を進める目処の一つが立ったと言えるだろう。


 だが、『勇者の魔石』の件は何をどうするかの目処が何も立っていない。


 『勇者の魔石』の件に関しては、仕切り直して取り組む必要があると強く感じている。

 しかし、『勇者の魔石』をどうやってを作るかを考えると、すぐに行き詰まってしまうのも事実だ。


 『勇者の魔石』を入手するための案を模索したいのだが、現時点では何も浮かんで来ない。


う~ん⋯


 これは誰かの知恵を借りるのが、最良な気がしてきた。


 明日の就任式で領主別邸へ出向いた際に、コンラッドか母(フェリス)と少し話をしてみるか?


 その話で得たものから考えて行くしか達成出来ない気がしてきた。


 そうした事を思いながら時計を見ると、4時を回って既に5時に近づいている。


 そう言えば、サノスとロザンナが桶を手に入れる話をしていたよな?


 今日はこの後に来客も無いだろうから、少しだけ早めに店を閉めて3人で雑貨屋へ買いに行くか?


 その後はそのまま風呂屋へ行って、大衆食堂でエールだな(笑


 よし、今日は店を早めに閉めよう。


 そう思い立ち、女性街兵士へ贈る魔法円を片手に書斎を出ることにした。


 もちろん、書斎の扉に着けた魔法鍵へ魔素を流して鍵を掛けるのを俺は忘れない。


 書斎を出たところでタオルを持って行くか一瞬考えたが、昼過ぎに主だったタオルを洗濯屋の集荷に出したことを思い出す。


 どうせなら風呂屋で新しいタオルを買うことにしよう。

 そうなると持って行くのは財布ぐらいだな。


 1階へ降りて作業場を覗くと、相変わらずサノスが『湯出しの魔法円』に金属製の皿を並べていた。

 その表情は険しく、集中しているのが明らかにわかる。


あれ?


 ロザンナが見当たらないな。


バタン


 ロザンナの離席に気付いた途端、台所の方から扉が閉まる音がした。


「イチノスさん、お疲れ様です」


「おう、ロザンナ。薬草菜園の世話か?」


「はい、夕方の水撒きです」


「大変だな(笑」


「いえ、水撒きだけですから。それで先輩とも話したんですけど、薬草栽培に使うために桶を買ってもらえませんか?」


 そうだ、その件を詳しく聞きたかったんだ。


「ロザンナ、その件で話がしたいんだ。座って話せるかな?」


 立ち話よりはと、ロザンナを誘って作業場の椅子に座らせ、俺も自分の席へ着いた。


 俺とロザンナが席に着いたことで、サノスが顔を上げて作業の手を止めた。


「師匠、お疲れ様です」


「サノス、邪魔して悪いな(笑」


「いえ、これで前後は終わったと思います。残るは上下ですね」


「そうか、すまんが続きは明日にしないか?」


「「えっ?」」


 俺の早仕舞いを誘う言葉に、二人が声を出して壁の時計を見つめた。

 そんな二人の様子を無視して、俺は桶の話をして行く。


「さっき、桶が欲しいとか、二人で話してたよな?」


「はい、薬草栽培で撒く水を作るのに桶が欲しいんです。このまま両手鍋で干し肉を浸すよりも、桶があった方が良いと思うんです」


 ロザンナがここぞとばかりに、桶の必要性を話して来る。


 やはり、干し肉を浸した水を薬草栽培に使っているようだ。


「それって、干し肉を浸した水を撒くってことだよな?」


「はい、そうですけど⋯ イチノスさん、あの干し肉って角ウサギだって言ってましたよね?」


「あぁ、そう聞いてるけど?」


「実は祖母から教わったんです。薬草栽培で使う水は、魔物の干し肉とか骨を漬け込んだ水が効果があるんです」


 これは、俺は始めて聞く話だ。

 先生の書いた本に、そんなことが書いてあっただろうか?

 ロザンナは、祖母のローズマリー先生からそうした話を聞いているんだよな?


ん? 待てよ⋯


 もしかして、ロザンナが言っているのは、ローズマリー先生の薬草栽培の秘伝と言うか秘技じゃないのか?


「ロザンナ、それってローズマリー先生から聞いたのか?」


「はい、そうです」


「いいのか? そんな話をして?」


「えっ? 何がですか?」


「それって、ローズマリー先生の薬草栽培の秘技じゃないのか?」


 俺の問い掛けに、ロザンナが首を傾げてキョトンとした顔を見せてきた。


「違うのか?」


 そう問い掛けると、黙って話を聞いていたサノスが席を立ち、自分の棚から1冊の本を手にして戻ってきた。


「師匠、先生の新作を知らないんですか?」


「先生の新作?」


 サノスが突き出す本を見れば『薬草栽培の研究』と書かれている。


 この本はローズマリー先生が書いた本で、俺がサノスに渡した本だよな?


 あれ? 何か新しい感じだぞ?

 俺がサノスに渡した本とは違う気がする。


「先生から最新版をもらったんです」


「イチノスさんの店の裏庭で、先輩と一緒に薬草栽培を始めると伝えたら、祖母がくれたんです」


「師匠、この本に書いてあるんです。薬草栽培では、魔物の肉か骨を浸した水を撒くのが効果があるって⋯」


 そうか、ローズマリー先生の教えに従って薬草へ与える水にも気をつかっているんだ。

 それに、ローズマリー先生が本にして出しているなら、秘技ではなく公開していることだと考えて良いだろう。


「すまん。二人が先生の新作を読んでいるのを俺は知らなかったぞ(笑」


「そう言えば、イチノスさんに伝えていなかったですね。ごめんなさい」


「師匠、すいません。勝手に始めちゃって⋯」


「いや、謝る必要はないぞ。裏庭の管理はサノスに任せたんだ。二人で協力してやってくれれば良いんだ」


 俺の言葉に二人の顔が一気に明るくなった。


「師匠、ありがとうございます」

「イチノスさん、ありがとうございます」


 頭を下げて礼を告げてきたサノスとロザンナだが、顔を上げた二人の視線が俺の前に置いた魔法円へ行く。


「あれっ?!」

「師匠、また新作の魔法円を?」


「あぁ、これか? 向かいの女性街兵士へお礼をしていないだろ?」


「「??」」


「あの二人には商人関係で世話になったから、サノスとロザンナに貸したのと同じものを、お礼として渡そうと思うんだ」


「「おぉ~」」


 どうやらサノスもロザンナも賛成してくれるようだ


「それで桶の話だが、今日は店を閉めて雑貨屋へ買いに行かないか?」


「「おぉ~」」


「じゃあ、片付けをして店を閉めてくれるか? 俺は先に出てこれを渡してくるから」


「はい!」


「師匠、日当をお願いします!」


 ロザンナは席を立とうとするが、サノスは両掌(りょうてのひら)を見せて日当を請求してきた(笑

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