18-12 洗濯屋の娘=アグネス
カランコロン
「「は~い、いらっしゃいませ~」」
店の出入口に取り付けた鐘が鳴り、サノスとロザンナがいつもの声を上げる。
これはもう条件反射だな(笑
二人が目線を合わせると、サノスが席を立った。
残されたロザンナは、目の前に置かれた『製氷の魔法円』へ手を伸ばし、魔法円の外周を指先で撫で始める。
「イチノスさん、これって台所のものとは違いますよね?」
ロザンナが魔法円の違いに気付いた言葉を口にしてきた。
「ロザンナ、それに気付いたんだな?」
「はい、これって『神への感謝』が描かれているかどうかですか?」
ロザンナの指摘はなかなか鋭い。
「ロザンナ、そのとおりだ。そうした違いに気付くのは素晴らしいことだな。その違いに興味を持ったら、自分で調べてみるのも面白いぞ」
「イチノスさん、それって⋯」
「ん?」
「祖父母から聞いたんですが、イチノスさんの論文の話ですか?」
「まぁ、そうだな(笑」
どうやらロザンナは、ローズマリー先生やイルデパンから、俺の魔法学校や研究所での話を聞かされているようだ(笑
「師匠、アグネスが来ましたよ」
サノスが店舗から戻って来るなり、ロザンナとの会話に割り込んできた。
アグネス?
どこかで聞いたことのある名前だな?
思い出そうとする俺の様子に気付いたのか、サノスがアグネスの正体を明かしてきた。
「師匠、洗濯屋のアグネスですよ」
そうだ、忘れていた!
今日の昼過ぎに、洗濯屋の集荷があることを忘れていた。
ロザンナへ話を中断する目線を送って、俺は席を立ち上がった。
サノスと入れ替わる形で店舗へ行くと、いつも洗濯物を取りに来てくれる洗濯屋の娘が何かを手に待っていた。
「こんにちは、イチノスさん。集荷に来ました~」
「おう、ありがとうな」
「今日は多いんですよね?」
「あぁ、ちょっと多めなんだ(笑」
「すいませんが、今日は全て預かりになります」
そう言った洗濯屋の娘が手にした布をカウンターへ出してきた。
「この袋に全て入れてもらって、店へ持ち帰って、預り証を作って明日届けます」
「わかった。この袋に入れれば良いんだな」
「はい、お願いします」
これはある意味で助かるな。
作業場で、サノスとロザンナに新作の魔法円を渡したばかりだ。
それに今回は普段よりも洗濯物が多いため、二人がいる作業場で預り証を作成されるのは避けたい気分だ。
そう言えば、洗濯屋の女将さんはいつもより量が多いから、台車か荷車で集荷に来ると言っていたよな?
その言葉を思い出し窓から外を見ると、店の前に幾多の荷を積んだ荷車が停まっているのが見えた。
その荷車には⋯ あれってジョセフとロナルドだよな?
荷車に積まれた荷をよく見れば、渡された布袋と同じ様な色合いの膨らんだ袋だ。
カウンターに置かれた布を軽く広げてみると、それなりの大きな袋だ。
この大きさならば、寝室のカゴに山積みとなっている洗濯物の全てが入りそうだ。
「すまんが、これに詰めてくるから少し待っていてくれるか?」
「はい、外の二人に伝えてきます」
カランコロン
店を出て行く洗濯屋の娘を見送りながら、渡された布袋を改めて広げてみる。
それなりの大きな袋で、布の感触は古代遺跡でアルフレッドやブライアンが張った天幕の質感と似ているように感じる。
渡された袋を手に作業場へ戻ると、サノスとロザンナが『製氷の魔法円』を二人で見入っていた。
「師匠、これを今から使っても良いですか?」
俺に気付くなり、サノスが聞いて来る。
そんなサノスの隣で、ロザンナも期待を膨らませた顔で俺を見てきた。
「いや、ちょっと待ってくれ。使い方を説明するから」
そう告げて、俺は2階の寝室へ向かった。
◆
2階の寝室で、山積みになった洗濯物を崩しながら、受け取った布袋へと詰め込んで行く。
布袋は実に簡単な構造で、布を合わせて両端を縫い合わせ、入口に閉じるための紐を通しただけの構造だ。
まさに洗濯物を詰めて運ぶための大きな巾着袋だ。
丸めた毛布も一緒に入れるかで迷って、試しに入れてみた。
だが、さすがに毛布も一緒に入れると、布袋の口を閉じることができなかった。
仕方なく布袋の口を結んで、丸めた毛布と一緒に両手に持って1階へと降りていった。
店舗へ行こうと作業場へ入ると、サノスとロザンナがいなかった。
あれ?
台所にもいなかったよな?
二人でどこへ行ったんだ?
そう思いながら店舗へ向かうと、洗濯屋の娘もいない。
店の窓から外を見れば、荷車の前で皆が集まって何かの話をしている。
カランコロン
布袋と毛布を両手に外へと出て行くと、俺が店から出てきたことに気付いた洗濯屋の娘が振り返った。
「イチノスさん!」
「待たせてすまない」
洗濯屋の娘が走り寄り、俺の両手に持った布袋と丸めた毛布を受け取ろうとするが、この大きさと重さは、この娘一人では無理だろう。
そう思っていると、洗濯屋の娘の後を追うようにロナルドが駆け寄ってきた。
「イチノスさん、もらいます」
「おう、頼むな。ロナルドは手伝いか?」
「はい、今の時期は多いですから」
「そうか、頑張れよ」
ロナルドが荷車へ俺の洗濯物の入った袋と毛布を乗せると、洗濯屋の娘が結んだ紐に何かを着けている。
すると、直ぐに洗濯屋の娘が戻ってきて、木製の割符を渡してきた。
どうやら、この割符が洗濯物を預かった証となるようだ。
「イチノスさん、明日には明細を出せると思います」
「わかった。よろしく頼むな」
「はい。それで仕上がりなんですが、暫く時間がかかるかもしれません」
「ん? どのくらいかな?」
「今の時期は多くて⋯ すいませんが、五日ぐらいはかかりそうです」
荷車に積まれた大量の布袋に、そのぐらいは時間を要するだろうと納得してしまう。
「大丈夫だよ。じゃあ頼むな」
「ありがとうございます」
洗濯屋の娘がお辞儀を終えると、ロナルドとジョセフへ声を掛ける。
「ロナルド、ジョセフ。お願いします」
「「おう、任された」」
ククク
この台詞は、古代遺跡でアルフレッドやブライアンも使っていたな。
もしかして、流行りの台詞なのか?(笑
そう思っていると、じっとこちらを見詰めるような視線を感じた。
視線の主へ目をやれば、簡易テントの前に立った、二人の女性街兵士だった。
そう言えば、あの二人にサノスとロザンナ、そして店を守ってもらったお礼をしていなかったな。
ガラガラ
俺のそんな思いに関わらず、洗濯物が入った袋を満載した荷車が動き出した。
洗濯屋へ向かう荷車を眺めながらサノスへ聞いてみた。
「サノス、洗濯屋の娘がアグネスなんだな?」
「あれ? 師匠は知らなかったんですか?」
「あぁ、アグネスって前にサノスが何かで名前を呼んでたよな?」
「イチノスさん、それって冒険者ギルドでのポーション作りの話じゃないですか?」
ロザンナの言葉で思い出した。
ロザンナが言うとおりに、冒険者ギルドのポーション作りで、サノスかロザンナが教える相手の名前が『アグネス』だった気がする。
洗濯屋の娘とは、十日に一度ぐらいは会っているのに、未だに名前を覚えていなかった自分が少し恥ずかしい。
そう言えば、二人の女性街兵士の名前もサノスとロザンナから聞いた気がするが、覚えていないな⋯
まあ、この後にサノスとロザンナから、それとなく聞き出しておこう。
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