18-11 新作の魔法円を二人へ


 邪魔が入ること無く、無事に『製氷の魔法円』を完成させることが出来た。


 集中していた体と気持ちを解すように、椅子の背もたれに体を預けて座り込む。


 書き加えたメモ書きの予定を見つめ、黒っぽい石の上に置くことに決めた。


 それにしても、今日は来客が少ないな。

 店の出入口に着けた鐘の音が聞こえた記憶が無いぞ。

 昨日、商工会ギルドや冒険者ギルドを回って対応を求めた効果があったのだろうか?


 商人の一人や二人ぐらい来店するだろうと思っていたが、誰一人として来店している気配を感じない。

 まぁ、静かになってくれるのは、サノスやロザンナの邪魔にならずに喜ばしいことだと思うことにした。


 時計を見ると、既に3時を過ぎている。

 御茶を一杯飲みたい気分になり、椅子から立ち上がり、完成させたばかりの新作の魔法円を手に取り、階下へと降りていった。


 階段の中程まで降りて行くと、台所からサノスとロザンナの会話が聞こえて来る。


「ロザンナ、これで塩抜きはできたよね?」


「そうですね。一晩浸けたから、大丈夫だと思います」


「この干し肉は何回ぐらい使えるの? 一回で終わりじゃないよね?」


「1週間ぐらいは使えますね」


「じゃあ、専用の桶を手に入れた方が良いよね?」


「そうですね。いつまでも両手鍋よりは専用の何かを考えた方が良いですね」


「じゃあ、師匠に買ってもらおう(笑」


 干し肉を水に浸けて塩抜きしていたのはわかるが、その後に1週間も使うと言ってる。

 何に使うんだ?


 それに、今度は桶が欲しいか(笑

 まあ、桶ぐらいなら構わないが⋯


 そう考えて台所へ顔を出して、二人へ声をかけた。


「サノス、それにロザンナ」


「「はっいっ!?!」」


 急に声をかけられたことで、二人は慌てたような、裏返った声で返事をしてきた。


「二人に話がある。今は大丈夫か?」


「「だ、大丈夫です!」」


 そう答えた二人の前には、両手持ちのトレイに白いティーポットが乗せられていた。


 作業場へ行くと、机の上は綺麗に片付けられていた。

 置かれていたのは、サノスの描いた『湯出しの魔法円』と、台所で使う普段使いの魔石だ。


 自席に着いて持ってきた『製氷の魔法円』を置き、二人が来るのを待っていると、少し間をおいてサノスとロザンナが席へ着いた。


 一旦、座った二人だが、幾度か椅子へ座り直す様子から緊張が感じられる。

 俺から急に『話がある』と言われて、緊張しているのだろうか?

 まずは緊張を解くことから始めるか。


「今日は誰もお客さんは来てないよな?」


「「??」」


 二人が互いに顔を見合わせ首を傾げる。

 最初に声を出したのはサノスだった。


「師匠、さっき商人さんが来ましたよ?」

「えぇ、お一人、来ましたね」


「えっ? 来たのか?」


 俺はまったく気が付かなかった。

 どうやら『製氷の魔法円』を描くのに集中して、店の出入口に着けた鐘の音も聞こえなかったようだ。


「はい、あの封筒を買いに来たみたいです」

「それで中断してお茶にしようとしたんです」


「売り切れだと伝えたら、大人しく帰って行きました」

「師匠のことは聞かれなかったので、声を掛けませんでしたけど⋯」


 商人への対応の様子を説明するロザンナ。

 その説明の合間にサノスが補足するように言葉を差し込んでくる。


「何事も無く帰って行ったんだな?」


「はい。『売り切れなんですね?』とは聞かれましたけど⋯」

「ロザンナ、在庫は聞かれなかったよね?」


「はい。『売り切れです』とお答えしたら帰って行きましたけど⋯」

「特に師匠が居るかは聞かれなかったよね?」


「えぇ、特に聞かれませんでした。売り切れですって答えたら帰って行きました。イチノスさん⋯」


 そこまで答えたロザンナが、何かを言いたそうに俺を見てきた。


「イチノスさん、商人らしき方がいらしたら、聞かれなくてもイチノスさんへ声をかけた方が良かったですか?」


「いや、俺の在宅を問われた時だけ、サノスに相談するか、俺に声を掛けてくれ」


「はい、わかりました」


 返事と共にロザンナが少し安心した顔を見せる。


 ロザンナの考えも頷けるな。

 ここ数日の商人たちの攻勢を考えれば、俺へ声をかけた方が良いのだろうかと考えるのも頷ける。


「サノスも同じでいいな?」


「はい、これまでと一緒ですね」


「まあ、そうだな。俺の在宅を問われていないなら、自分達から言い出す必要は無いからな」


「「はい」」


 二人の返事を聞いて、俺はある懸念が浮かんだ。


 俺が不在な事を問いかけ、二人が正直に不在と答えたことで変な行動に出る輩が皆無とは言えない。


「サノス、それにロザンナ。よく聞いてくれ」


「「はい、何でしょう」」


「これは昨日も話したことだが、より具体的な話をする」


 そこまで話すと、二人は揃って椅子に掛けていた自分たちのカバンからメモ用紙とペンを取り出した。


「まず、店へ出るのは、どちらか一方にしてくれ」


「はい、私か先輩。先輩か私のどちらかと言うことですね」


 俺の言葉に最初に反応したのはロザンナだった。


「そうだ。例えばロザンナが店へ出て、俺が店に居るかを問われたら、サノスへ相談してくれ」


「はい」


「じゃあ、私が店に出た時には、ロザンナへ相談ですね」


 サノスも良い反応をしてくる。


「そうなるな。常にどちらかが裏口から出て街兵士を呼べるようにするんだ」


「あぁ⋯ わかりました」

「そうですね。それが安全ですね」


 二人とも、俺の懸念を理解し、対策に同意してくれた。


 商人の来店に関する話が終わり、サノスとロザンナは緊張が解けた様子だ。


 俺は新作の魔法円を二人の前に差し出し、説明を始めようとすると、サノスが口を開いた。


「師匠、何ですか? これ?」


「これは、俺の新作の魔法円だ」


「新作の魔法円?」


 ロザンナの声が聞こえたところで、俺は新作の魔法円の説明を始めた。


「これは、これからの暑くなる季節を意識した新作の魔法円なんだ」


「師匠! もしかして!」

「イチノスさん! まさかこれって!」


 そう発した二人が驚きの表情で俺を見つめてきた。

 そんな二人から、俺の想像を超える言葉が重なって聞こえてきた。


「「『冷風の魔法円』ですか!」」


ごめんなさい。


 二人の期待を裏切って、ごめんなさい。


「二人の期待を裏切って申し訳ない。これは『冷風の魔法円』ではなく『製氷の魔法円』だ」


「『製氷の魔法円』?!」

「氷を作る魔法円ですか?!」


「そうだ。この魔法円を数日間、二人に貸し出す。実際に使って感想を聞かせて欲しい」


「「えっ?!」」


 サノスとロザンナが俺の言葉に興奮したのか、再び机に前かがみになった。


「師匠、ありがとうございます!」

「イチノスさん、大切に使います!」


ん?


 ちょっと待って。

 二人は、もしかして勘違いしていないか?


 これは二人への贈り物ではなく、ただ貸し出すだけだということを理解していない気がするぞ。


「二人とも勘違いするなよ。あくまでも貸し出すだけだからな(笑」


「はい、ありがとうございます。大切に使います」


 ロザンナは深く頭を下げて来るが、どこか勘違いしている様子が残っているぞ(笑


 すると、サノスが手を挙げてきた。


「師匠、聞いて良いですか?」


「何だ、サノス?」


「これって有料ですか?」


「「えっ?」」


 サノスの質問に、ロザンナと驚きの声が被ってしまった。


「そうか、そうした心配もするかもしれんな。安心しろ、条件付きで無料だ(笑」


「条件付きで?」「無料?」


「さっきも説明したが、二人にはこの魔法円の使い勝手を確かめてもらいたいんだ」


「「⋯⋯」」


「実際に使って、どんな使い方をしたか、それが思い通りだったか、便利な点はどこか、不便な点はどこか⋯」


「「⋯⋯」」


「そういったことをきちんと報告して欲しいんだ」


「「うーん⋯」」


 俺の説明に二人が考え始めてしまった。


カランコロン

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