18-10 新作の魔法円


 2階の書斎で『黒っぽい石』を入れた箱を書斎机に置き、椅子に深く座ったところである物へ目が行った。


 そのある物とは、ロザンナが書き写してくれた、ここ数日の予定が記されたメモ書きだ。


 この『黒っぽい石』を調べる件と、昼食の時に思い出した『新作の魔法円』作りを、この予定のメモ書きに組み込んだ方が良い気がしてきた。


 そこまで考えて『勇者の魔石』の件を思い出した。


 来月になればもう6月だ。

 マイクの叙爵まで5ヶ月以上あるとは言え、既に5ヶ月しか無いとも言える。


 『勇者の魔石』については躓いたままだ。

 『勇者の魔石』についても今この場で考えるべきだろうか?


 やめておこう。


 この予定表はここ数日の予定表だ。

 むしろ『勇者の魔石』については、その全ての計画を練り直すべきだろう。


 『新作の魔法円』と『黒っぽい石』については、自身の努力で成し得れる段階へ来ていると俺は考えている。

 けれども『勇者の魔石』を得る件は、全く状況が違う気がしている。


 この予定表には『新作の魔法円』と『黒っぽい石』の件を記すにとどめよう。

 予定表を見る限り、ポーション作りを終えれば、しばらく時間を取れそうな感じだ。

 『勇者の魔石』はその際に調べ直す事から仕切り直そう。


 但し、忘れないために『マイクの叙爵祝』とは記しておこう。


 さて、順番から言えば『新作の魔法円』を作ることは、古代遺跡の調査隊へ参加する前に考えていたことだし、暑い季節が訪れる前に新作を出そうと考えていた。


 それが、調査隊へ同行したことで、俺は『黒っぽい石』に出会った。

 そして、あの『何かを越える』感覚を体験して、『黒っぽい石』へ強い興味を抱いている。


 調査隊から戻ってきてから今日まで、ウィリアム叔父さんの公表に関わる周囲の動きで時間が取られ、『新作の魔法円』を描けていない。


 暑くなる前に『新作の魔法円』を出すためにも、この予定のメモ書きに『新作の魔法円』作りを忘れないように記しておこう。

 そして、『黒っぽい石』と『何かを越える』感覚を調べる件も記しておこう。


・『新作の魔法円』の作成

・『黒っぽい石』の調査

・『マイクの叙爵祝』


 まずは、暑くなる前と期限が迫っている『新作の魔法円』を作る件から取り掛かるべきだろう。


 イスチノ爺さんに対抗して作り始めた『新作の魔法円』だが、改めて考えると幾多の考慮と検討が不足しているな。


 まずは根本的なことから考え直した方が良さそうだ。


 まず考えるべきは、『神への感謝』を備えた魔法円で作るか否かだが⋯


 今の俺の店では、基本的に『神への感謝』を備えた魔法円を売っていない。


 サノスが描いて冒険者ギルドへ売り払った『水出しの魔法円』と『湯沸かしの魔法円』は『神への感謝』を備えている。

 東国使節団のダンジョウが買って行った『湯出しの魔法円』などは、複数の『神への感謝』を備えている。


 けれども、何れも俺が描いた魔法円ではなく、全てがサノスが模写で描いた魔法円だ。


 とは言っても、俺は格段に『神への感謝』を備えた魔法円を否定しているわけではない。


 実際に、俺も『神への感謝』を備えた魔法円を描いている。


 店の台所では、半据付けで使っている水出しや湯沸かし、そして製氷の魔法円は、『神への感謝』を備えた俺の描いたものだ。


 俺がリアルデイルの街で魔導師として店を構えることを決めた時に、そうした据付けで使う魔法円へ、俺は目を向けなかった。


 据付けの『魔法円』ならば、魔導師でなくとも東町の魔道具屋のように、魔道具師であれば描くことができる。


 俺自身は魔道具師ではなく、あくまでも魔導師であるとの自負がある。


 それに、俺自身が学校の卒業論文で書いた『神への感謝』を備えない魔法円の考えと、研究所での成果を背景に、より小さな魔法円を作ることに思いが至った。


 加えて、店を開くこのリアルデイルは流通の拠点であることと、辺境に近いことから護衛活動をする『冒険者』が多いと聞いた。


 『冒険者』は携行することを意識して、より小型の物を望むとも知った。


 しかも都合が良いことに、冒険者は魔素を流せる者が多いと聞いた。


 『神への感謝』を備えなければ、魔法円はより小さくすることが出来るし、それを使う者が魔素を流せるなら、そうした魔法円でも使えるはずだ。


 そうした、俺の小型の魔法円を作りたい思いと、『冒険者』の望む物を重ねた結果、店の客層を『冒険者』へ向けたのだ。


 実際に冒険者達が携行して使うことを意識して作った『水出しの魔法円』は、俺としては成功したと思っている。


 今回の古代遺跡の調査隊へ同行して、冒険者であるワイアット達が平然と使っている様子も見れた。


 あの片手で魔法円を持って作用域を下へ向ける使い方は想定はしていたが、手を洗ったり鍋へ水を入れる様子を実際に見て、つくづく小型化した携帯用の魔法円を作って良かったと思っている。


 おっと、いかんいかん。

 考えが脱線しているぞ。

 『新作の魔法円』へ意識を戻そう。


 やはり『神への感謝』は無しで、冒険者が携行して使うことを意識した魔法円にするべきだな。


 そうなると『新作の魔法円』を作る上で考慮するべきは、客層である冒険者がどのような使い方をするかを十分に考える必要があると言う点だ。


 この間の調査隊で思い知ったのだが、携帯の『湯沸かしの魔法円』は半分失敗した気がしている。


 携帯の『湯沸かしの魔法円』では、その大きさが足りずに小鍋を置いた時に魔素注入口が塞がってしまった。


 あれでは鍋を置いて使えないのが事実だ。


 では、今度の『新作の魔法円』はどのように使うものを作るのが正解なのだろうか?


 せめて小鍋を乗せて使えるぐらいの大きさにする必要性はあると思うが、そうなるとそれなりの大きさになってしまい、携帯性というか携行性が損なわれてしまう。


 冒険者達の携行性や携帯性もさることながら、先程考えたことも考慮するべきだろう。


・水出し

・湯沸かし

・製氷(氷結)


 この3つをどう複合させるかなのだが⋯


 そこまで考えて、奇妙な感情が湧いてきた。


 複合させる必要があるのだろうか?


 そもそも、複合させる考えはイスチノ爺さんへの対抗心と、机の上に置いた時に場所を取ることから複合を考えたんだよな?


 俺の店で扱う魔法円は、あくまでも携行性が良いものを考慮していたはずだ。


 そのために小さく作り、小鍋を乗せると魔素注入口を塞いでしまったんだよな?


 片手で『湯沸かしの魔法円』を持って、湯を沸かしたらどうだろう?


 いやいや、これからの暑い季節に湯を沸かす行程は意識する必要は無い気がしてきた。


 むしろ、水を入れたマグカップサイズの器を乗せて、そこに張った水を凍らせる事ができれば十分な気がする。


 それならば水出しと同じ大きさで作れるよな?


 よし、決めたぞ。


 まずは水出しと同じ大きさで、複合ではなく単体の『製氷の魔法円』を作ってみよう。


 それをサノスやロザンナに試してもらってから、改良を検討しよう。


 他者がいる場所では、『魔法円』を描かない俺だが、今なら大丈夫な気がする。


 先程のサノスとロザンナの集中している様子からすれば、2階の書斎へやって来ることはまずないだろう。


 『製氷の魔法円』を描くだけなので、それほど時間を要しない。


 俺は決心と共に、棚から店で扱っている一番小さな魔法円に使う石板を2枚取り出した。


 それを書斎の机の上に置き、いつもの方法で『製氷の魔法円』を石板に刻み込んで行った。

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