18-9 黒っぽい石が合計で6個


 昼食後、サノスとロザンナに後片付けを任せ、俺は瓦礫から黒っぽい石を取り出す作業へ戻った。


 改めて裏庭へ出ると、その明るさに目が追い付かないほどの強い陽射しだ。

 明日からの麦刈りが、こうした陽射しの中で行うのは大変だろうなと考えながら、一通り瓦礫の砂化作業を終えた。


 結果的に、古代遺跡から持ち帰った瓦礫から5個の黒っぽい石を手に入れることができた。

 古代遺跡で得たものと合わせて、6個の黒っぽい石が手に入ったことになる。


 黒っぽい石を取り出すために瓦礫を砂化したのだから、当然のように砂が箱に溜まったのだが⋯

 箱に溜まった砂の量が、予想していたよりも少ないことが悩ましい。


 この砂の量では、砂利を混ぜ込んでも目的の踏み台は作れない気がする。

 これは、今すぐに砂の再利用の見通しが立たない状況だ。


 こうした時には、どうするか?


 俺は作業場を抜けて店舗へ行き、お客様へお渡しする紙袋を一つ取ってきて、その袋へ箱に溜まった砂を入れた。


う~ん


 砂の行方が箱から袋に代わっただけだな。


 古代コンクリートを砂化したものの使い道なんて、再びコンクリートのブロックにするぐらいしか、俺には思いつかない。


 やはり、その道の専門家に相談するのが良いな。

 確か、ブライアンが土魔法の魔法円を求めて店へ来るとか言っていたから、その時に相談しよう。

 それまでは、裏庭の隅にでも置いておこう。


 裏庭での片付けを済ませ、台所へ戻り手を洗う。

 手を洗うのと一緒に、黒っぽい石も綺麗に洗って布巾で水気を取って行った。

 ついでになるが、土魔法の魔法円も汚れを濡れ布巾で拭き取った。


 これで、書斎から持ってきた箱には、黒っぽい石と土魔法の魔法円が収められている。


 ここまま2階の書斎へ戻ることも考えたが、土魔法の魔法円は書斎では使わないことに思いが行く。


 黒っぽい石の入った箱を2階の階段の上がり口に置いて、土魔法の魔法円を作業場の商品棚へ戻すことにした。


 2枚の魔法円を作業場の商品棚へ戻すため、再び作業場に入ると、先程と同じ姿勢でサノスとロザンナが自分達の作業に集中していた。


 サノスは自分が描いた魔法円の上に金属製の皿を置き、お湯の出具合を確かめている。

 その様子は、作用域の前後を調整しているようだ。


 一方のロザンナは、眉間にシワを寄せ、ペンを片手に型紙に描き漏れがないかを探し続けている。


 二人とも、俺には目もくれない。


 先程、紙袋を取るために作業場を抜けた際と今の二人の後ろ姿に変わりが無く、二人は自席から立った様子がない気がする。


 そんな二人の集中を邪魔しないように、土魔法の魔法円を商品棚へ片付けて行った。


 ついでに思い立ち、再び店舗へと向かい、カウンターの下に置かれた今月の売上帳簿を手に作業場の自席へ座った。


 自席へと座ったところで、初めてサノスとロザンナが俺を見てきた。


「イチノスさんだったんですね」

「師匠、どうかしました?」


「いや、気にしないで作業を続けてくれ」


 どうやら二人は、俺が作業場を抜けて店舗へ出入りしているのには気が付いていたようだ。


 俺は今月の売上帳簿を眺めて行く。


 街兵士に水出しと湯沸かしそれに魔石も売ってるのは⋯

 あぁ、これは調査隊へ行く前日だな。

 この一式(水出し、湯沸かし、魔石)は向かいの女性街兵士に渡ってるんだよな(笑


 改めて俺が不在だったここ数日を見て行った。

 特に気になることは無かったが、商人らしき人達が3人もゴブリンの魔石を買っているのに目が行った。


 商人がこんなものを買いに来る理由が俺にはわからない。

 もしかして、俺と話をしたいが為に買った商人なのだろうか?


 一番価格が安そうなゴブリンの魔石を買っているからな(笑


 そう思いながら帳簿を見ていると、サノスが声を掛けてきた。


「師匠、売上帳簿ですか?」


「あぁ、今月分を見ていなかったからな」


「イチノスさん、私が居ても大丈夫ですか?」


 すると、ロザンナが気を使った言葉を口にしてきた。


「ん? あぁ、ロザンナは気にしなくて良いぞ(笑」


「先輩に言われて私も書いていますが、お金に関わることなので⋯」


 ロザンナが更に気づかいの言葉を返してきた。


 未成年の二人に店の売上を記録させているわけだから、気にするのは当然だな。


「サノスもロザンナも、店の売上の数字を他人に話さなければ良いだけだよ(笑」


「ロザンナ、私も最初は戸惑ったけど、今は慣れたよ(笑」


 サノスがロザンナを助けるように割り込んできた。


「そういうものですか?」


「これは店としての売上の記録だから、気にしない気にしない(笑」


 サノスが努めて明るく答えている。


 確かにサノスの言うとおりで、俺が見ているのは『店の売上の記録』でしかない。

 記入漏れが無ければ良いだけなのだ。


「ロザンナ、これは店としての売上の記録だけだから気にしなくて良いぞ。むしろ、記録忘れがないようにしてくれれば十分なんだ」


「わかりました。そこは先輩からも言われていますから、任せてください」


「うんうん」


 ロザンナの返事にサノスが頷いて、この件は一段落着いたといえるだろう。


 再び売上帳簿に目を戻して、サノスに問い掛ける。


「サノス、ゴブリンの魔石が3個も売れたんだな(笑」


「あぁ、それですね。商人さん達が買って行きました」


 買って行った商人は⋯

 知らない商会の人間だな。


「これって、目的は聞いたか?」


「はい、目的は師匠の戻る日を知るためですね」


「ククク、やっぱりそれが理由か? (笑」


 日付を見れば、俺が調査隊で出発した日付だった。


 俺が調査隊で不在にした日付で再び帳簿を見ると、携帯用の『水出しの魔法円』が1枚売れていた。


 購入者の名前を見ると、


  ウマイゾ商会 イワセル


 と書かれている。


「サノス、この水出しの魔法円を買ったのは?」


「あぁ、それですか? ウマイゾ商会の、何て言ったかな?」


「イワセルだな」


「そうそう、イワセルさんですね」


「これは携帯用のだよな?」


「そうですよ」


「実際に水を出せたのか?」


「はい、水を出せたので売ることにしました」


 何だろう、物凄く引っ掛かりを感じる。


  ウマイゾ商会のイワセル


 調査隊から戻ってきた時に、大衆食堂で待ち構えていた商人達の中に居たよな?


 どうして携帯用の水出しを購入しているんだ?


確か⋯


〉今度は是非とも

〉水出しの魔法円を

〉新調させてください


 そんなことをイワセルが言っていた記憶がある。

 購入した日付を見れば、俺が調査隊から戻る前日だ。


「サノス、イワセルさんが水出しを買った時に、俺が戻ってくる日にちを伝えたのか?」


「はい、戻ってくる日にちを伝えましたよ。何かあったんですか?」


「いや、特には何もないな。きちんと記録してくれて助かるよ」


 そこまで答えて、俺は売上帳簿を手に店舗へ戻り、店を開いた頃の帳簿を取り出した。


 捲って行くと、やはりウマイゾ商会のイワセルが魔石を購入した記録が残っていた。


 う~ん、何か引っ掛かる感じがする。

 何が引っ掛かるんだろう?


 携帯用を購入しているなら、大衆食堂で『水出しを新調したい』などと言うだろうか?


 携帯用を購入して、次は家庭用を買いたいと言うことだろうか?


 何かの違和感を覚えるが、冒険者の中には同じ順番で購入した者もいるから気にし過ぎか?


 東国使節団のダンジョウなどは、携帯用を買いに来て、結局はサノスが描いた湯出しを買っているしな⋯


 そう思いながら、作業場を抜けて階段に置いた黒っぽい石を入れた箱を手に、2階の書斎へと向かった。

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