18-8 バケットサンドとアイスティー


「師匠、お昼にしませんか?」


 裏庭へ出る扉を開けてサノスが声をかけてきた。

 どうやらロザンナが昼食の買い物から戻ってきたようだ。


 サノスの声に応えて、俺は黒っぽい石を瓦礫から取り出す作業を中断し、昼食をとることにした。


 裏庭から台所へ入ると、声を掛けてきたサノスが、みんなのマグカップを『製氷の魔法円』に並べて、氷を作っていた。

 きっと昼食用に冷たい飲み物を出すのだろう。


 裏庭で砂化の作業をしていて思ったが、この時期は陽の下で過ごすと、かなり暑さを感じる。

 ちょうど冷たい物が欲しかったので、これはありがたい。


 手を洗って作業場へ行くと、雑貨屋で買った白いティーポット、それにシチュー皿に置かれたバケットサンド、そしてロザンナが椅子に座って待っていた。


 俺が席に着くとすぐに、サノスが氷の入ったマグカップをトレイに載せて追いかけてきた。


 ロザンナが、氷の入ったマグカップへ白いティーポットから紅茶を注いで行く。


「アイスティーか?」


「今日は暑いので、先輩と相談してアイスティーにしたんです」


「確かに今日は暑いよな」


 出されたアイスティーをさっそく口に含むと、冷たい紅茶がのどを潤し、まるで生命力を注ぎ込まれるような感覚が広がる。

 アイスティーの爽やかな香りが鼻腔を通り抜け、心地よい気分を引き立ててくれる。


 そんな冷たい紅茶と共に、三人でバケットサンドの昼食になった。


 ロザンナが買ってきたバケットサンドは、なかなか美味い。


 千切りにしたキャベツとカリカリに焼かれたオークベーコンが、もちもちのバケットに挟まれている。


 バケットにうっすらと塗られたバターが味わいを深めている感じで、全体のバランスが絶妙で食べ応えがありつつも軽やかな味わいだ。


 何よりも、甘辛なソースが千切りしたキャベツとよく合っている。

 このソースは今まで食べたことがない味だ。

 何をベースに作ってるのだろう?


 この甘辛なソースと千切りキャベツが、オークのベーコンに飽きたところへ程よいアクセントとなり、一口食べるたびに異なる風味が楽しめる。


 オークベーコンとキャベツの対照的な食感も素晴らしく、本当に満足できる代物だ。


 そして一緒に出されたアイスティーは濃く淹れられ、氷が溶けて程好い飲みやすさだ。

 しかも一口含めば、口の中をリセットしてくれる感じで、このバケットサンドに合っている。


 俺は買い物に行ってくれたロザンナを労う意味を込めて、バケットサンドを褒めていった。


「このバケットサンドは悪くないな。どこで買ってきたんだ?」


「イチノスさんは店の前の道を北へ行ったところにある『リア・ル・デイル』って宿屋をご存知ですか?」


 ロザンナが口にしたのは、ヘルヤさんが泊まってる宿、アルフレッドの家業の宿屋だ。

 アルフレッドの宿屋では、こんなバケットサンドを売ってるのか?


「『リア・ル・デイル』って宿屋だろ?」


「その宿屋の向かい側のパン屋です。お姉さん達が美味しいって言うんで買ってみたんです。なかなか良いですよね」


 さすがに宿屋でバケットサンドは売ってないよな(笑


 それにしても、またしてもお姉さん達=女性街兵士の登場だな(笑

 やはりここ数日でサノスとロザンナはイロイロとあの二人から教わっている感じだな(笑


「師匠、この紅茶はどうですか?」


 ロザンナとの会話にサノスが割り込んできた。


「うん、悪くないな。こうしたサンドに合うよな。これもお姉さん達からの受け売りか?(笑」


「へへへ 当たりです。けど、微妙なんです」


「微妙?」


「話を聞く限り、元々はタチアナさんだと思うんです」


 サノスに『微妙』の意味を聞いていると、今度はロザンナが答えてきた。


「タチアナって⋯ 冒険者ギルドの?」


「師匠、他にタチアナさんがいるんですか?(ニヤリ」


 サノス、お前は何かを変な想像をしながら俺に聞いていないか?

 いま、少しだが『ニヤリ』としただろう。


「タチアナが冒険者ギルドで淹れてくれる紅茶が美味しいんだよ」


「先輩、その話しってやっぱりタチアナさんだと思いますよ」


「ロザンナもそう思う?」


「はい、お姉さん達の話だとそんな感じですよね」


 俺の返事が無かったかのように、サノスとロザンナの会話が広がって行く。


「じゃあ、この紅茶はタチアナから譲ってもらったのか?」


「いえ、これは雑貨屋でロザンナが買って来たんです」


「先輩、それですけど、雑貨屋の女将さんはタチアナさんの勧めで仕入れたそうですよ」


 サノスとロザンナの話は止まらず、今度は雑貨屋の女将さんまで巻き込みはじめた。


 多分だが、冒険者ギルドのタチアナが、雑貨屋の女将さんに仕入れることを頼んだのだろう。

 そうして仕入れた紅茶が、こうして食卓に届いている気がする。


「イチノスさん、氷冷蔵庫に使っている製氷の魔法円は店でも扱ってるんですか?」


 急にロザンナが『製氷の魔法円』の話を振ってきた。


「あぁ、売ってるぞ。欲しいのか?(笑」


「う~ん⋯ 祖母と相談します(笑」


 これは『製氷の魔法円』は欲しいが、ロザンナだけの持ち金では購入できない。

 そこで祖母のローズマリー先生と相談と言うことなのだろう。


 そう思っているとサノスが割り込んできた。


「ロザンナの家には氷冷蔵庫があるの?」


ブンブン


 ロザンナが首を振りながら答える。


「さすがに無いです。欲しいですけど⋯」


「だよねぇ~」


「これから暑くなるじゃないですか、こうして冷たいものが欲しい時に氷があると良いなと思ったんです」


 確かに、これからの季節は冷たいものが欲しくなるな。


そうだ!


 冷たい水を出す新作の魔法円を作りかけだった。

 調査隊の指名依頼を受ける前は作る気だったのを、途中で止めてしまったんだ。


 それに、大衆食堂の婆さんが言っていた氷屋の件はどうなったのだろうか?


 そうした事を思い出す俺の前では、サノスとロザンナが話を続けている。


「ねえ、ロザンナ。この紅茶って凍らせれるかな?」


「う~ん どうなんだろう?」


「師匠、紅茶って凍らしても大丈夫なんですか?」


「出来るんじゃないか?」


 そういえば王都でそんな店があったな。

 紅茶を製氷の魔法円で凍らせて出していた店があった記憶がある。


 これは新作の魔法円は、見直した方が良さそうな気がしてきたぞ。


 水を出して、湯沸かしして、紅茶を淹れて、それを凍らせる。


 うん、この流れが作れれば、飲食店でも使えそうな気がする。

 だが飲食店での使用を考えると『神への感謝』が必要だよな⋯


「師匠、紅茶が凍らせれるなら、店で作って持って帰っても良いですか?」


「ん?」


 しばし、新作の魔法円事を考えていると、突然、サノスが変なことを口にした気がして、思わず思考が追い付かなかった。


「師匠、聞いてなかったんですか?」


「先輩、さすがにそれは⋯」


 ロザンナが少しサノスを諭すように口を開くが、サノスは止まらなかった。


「師匠、店で紅茶を淹れて、それを凍らして持って帰って⋯」


 サノスが改めて説明してくるが、当のサノスも自分の言っていることの間違いに気が付いたようで、言葉尻が小さくなっていく。


「ククク サノス、さすがにそれはまずいだろ(笑」


「「⋯⋯」」


「まずは紅茶だが、これは店で働くサノスとロザンナが、働いている間の分は飲んでも良いとしているんだ。さすがにサノスが自宅で飲む分まで、店では面倒を見れないぞ(笑」


「あっ! そ、そうですよね⋯」

「⋯⋯」


「公私を別けると言う意味で、店用と個人用は使い分けてくれるか?」


「は~い」

「うんうん」


 サノスが明るく応え、ロザンナが笑顔で頷いてくれた。

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