18-7 裏庭の薬草菜園


 台所から持ってきた金属製の皿と、サノスの描いた魔法円を使って、魔法円の作用域を調整する方法を二人へ教えて行った。


 この後のサノスは、自分の描いた魔法円を調整するので一日が終わるだろう。


 ロザンナはこの先に描くであろう『水出しの魔法円』で、同じことを経験して行くのだろう。


「じゃあ、俺は2階の書斎にいるから、二人は作業を続けてくれ」


「「はい♪︎」」


 二人の返事は殊更に明るい感じで、新たなことを学んだ喜びにも聞こえる。


 今のサノスは、魔法円が上手く描ける喜びを楽しんでいる感じがする。

 サノスはこれで4枚目の魔法円だから、今がとても楽しい時期だろう。


 ロザンナの方はサノスと喜びを共有しつつ、それが近い将来に自身も味わえることへ期待を膨らませている感じがする。

 そんなロザンナの期待を、俺は何とか叶えてやりたいと思う。


 ローズマリー先生から、魔素循環をロザンナに教える許可が出たならば、直ぐにでも教えて行こう。

 ロザンナならば容易(たやすく)く魔素循環を覚えそうな気がしている。


 ロザンナは『神への感謝』が魔素を求めるのにも気付いているし、左手でも魔素は流せると言っていた。

 魔素の量が調整できないだけならば、それほど苦労せずに魔素循環は覚えられると思う。


 とにかく今は、ロザンナが魔素循環を覚えるのに苦労しないことを願うだけだな。


 そんなことを考えながら、ロザンナが作ってくれたここ数日の予定のメモ書きを片手に2階へ上がり、書斎の魔法鍵を解除する。


 書斎へ足を踏み入れ、書斎机の上にメモ書きを置いたら、窓に掛かったカーテンを開け、明るくなった室内を見渡した。


 この見慣れた書斎の中で、当然のように目が惹かれ行くのは、机に置いた古代遺跡から持ってきた瓦礫だ。


 さっそく椅子に座って机の上に置かれた瓦礫を見て行く。


 この瓦礫そのものは、古代遺跡を閉じる際に砂化を施すことが出来たので、古代コンクリート製だろうと判断できる。


 けれども、瓦礫の中の黒っぽい石の部分は、砂化を成すことが出来なかった。


 『砂化の魔法円』から届く魔素が黒っぽい石を通るだけで、砂化の魔法事象が発動しないのだ。


 古代遺跡の時と同じ様に、瓦礫の中の黒っぽい石の部分へ手を添えて、少しだけ魔素を流してみる。


 やはり何の抵抗もなく、スルスルと魔素が流れて行く。


 試しに黒っぽい石を介して魔素循環をしてみても、かなり魔素の通りが良いことがわかる。


 さて、この黒っぽい石が何かを調べたいのだが⋯


 砂化の魔法円では黒っぽい石は、砂化が出来なかったのだから、分析の魔法円も使えないよな?


 さて、どうやって調べるか?


 通常、分析の魔法円を使えば、それなりに物質の成分を調べることはできる。

 それが使えないとなるとヤスリ等で削って粉末にし各種の溶液で溶かして⋯


う~ん


 かなり面倒な事になりそうだな。


 いずれにせよ、まずは瓦礫から黒っぽい石だけを取り出すことから始めよう。


 この黒っぽい石の成分や組成にも興味はあるが、何よりも確かめたいことがある。

 この瓦礫から得られるであろう黒っぽい石は少しだから難しいとは思うが、試してみたいことがある。


 あの『何かを越える』感覚を再現して、何が起きているのかを、出来る限り詳しく調べてみたいのだ。


 そう考えて机の上に置いた砂化の魔法円を手にして少し考えた。


 このまま書斎机の上で、瓦礫の古代コンクリート部分を砂化して行くのは、得策じゃ無いな。

 書斎机の上やその周辺が砂だらけになりそうだ。


 それに古代コンクリート部分を砂化したものは、水分を含むと再び固まるんだよな?


 この先の作業を書斎でやるのは不正解だな。


 下へ降りて⋯ 裏庭でやろう。


 瓦礫の古代コンクリート部分を砂化をして行く際の課題は、出てきた砂の処分方法だ。

 これについては、適当に砂利でも混ぜ込んでブロックにでも成型しよう。


 確か台所から裏庭への出入口は、それなりの段差があったから、ブロックになれば適度な足場になるだろう。


 俺は瓦礫を入れた箱に土魔法の魔法円も入れて、箱ごと両手に持って裏庭へ行くことにした。



 階下へ降りて台所へと向かう。


 台所へ入ると『湯沸かしの魔法円』の上で、蓋から何かがはみ出た両手鍋が置かれていた。


 両手鍋の蓋からはみ出したそれは記憶にあるものだ。

 これはお土産と称してサノスとロザンナに渡した干し肉だな。


〉干し肉を浸すのに

〉適当な入れ物がなくて⋯


 きっと、俺の渡した干し肉を水に浸けて戻しているのだろう。


 そんなことを思いながら台所奥の扉を開けて裏庭へと出てみると、そこには高く上った陽が差し込んだ整えられた菜園が広がっていた。


 この裏庭を以前に見た時は、サノスの育てていたハーブが全体に繁っていた。

 それをエドとマルコ、それにロザンナの三人で片付けたんだよな。


 その後は荒れ地のような感じだったのが、すっかりと様変わりをしている。


 台所から出たところから裏庭の出入口へ向けて、レンガを並べた一本道が作られている。

 レンガの向こう側の土は綺麗にほぐされた感じで、所々に白い物が見えるのはロザンナが撒いたであろう魔物の骨を細かく砕いた物だろう。


 あの大量に繁っていたハーブが無くなり、今はレンガで囲われてすっかり薬草菜園が仕上がっているんだな。


 俺が不在の数日で、ここまで成せるのかと感心するほどの出来栄えだ。


 しかもサノスは魔法円を描きながらだし、ロザンナも型紙を作りながらだ。

 あの二人は組ませると、かなり作業が捗るようだ。


 そんなことを思っていると、台所の扉が開いてサノスが顔を出してきた。


「師匠、何をしてるんですか?」


「おぅ、なかなか綺麗にしてるなと感心してたんだ」


「あぁ、それですね。エドとマルコが頑張ってくれました」


「エドとマルコが?」


「あの二人には、裏庭整備の依頼を途中で止めたじゃないですかぁ~」


 あれは止めたと言うか⋯

 あそこで終わりにしたんじゃないのか?


 そう思ったが、裏庭の整備はサノスに任せたのだから、俺は何も言わない方が良いだろう。


「師匠は何をしてるんですか?」


 俺の両手で持っている箱と中に入っている瓦礫や魔法円へ目をやり、サノスが聞いてくる。


「これか? 今回の指名依頼の仕上げだよ(笑」


「へぇ~」


 そう応えるサノスだが、どうやら変に興味が湧いてしまったのか箱の中を覗こうとする。

 俺はそんなサノスの注意をそらすため、魔法円の調整状況を問い掛けた。


「それより調整は順調なのか?」


「はい。もう少しで左右の方は済みます。お昼を食べたら前後と上下を済ませようと思います」


 サノスの口ぶりに澱みを感じないことから、順調な様子が伺い知れる。


「師匠、お昼はどうします? ロザンナがバケットサンドを買いに行くと言ってますけど?」


「おう、頼めるか?」


「じゃあ、ロザンナに行ってもらいますね。ロザンナ~」


 そう応えるや否や、サノスが扉を閉めてロザンナを呼びに行った。

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