6-3 教会で女神像に会いました


 家々の並び中に教会の塔が見えてきた。


 王都の大教会とは違いこじんまりとした建物で、周囲の街並みに溶け込んでいる感じだ。

 以前に散策した際の記憶に間違いがなく、無事に到着できたことに安堵する。


 教会の前に立てば、出入口の扉は閉ざされていた。

 閉じられた扉を少し引いてみると、鍵が掛かっていないようだ。


 扉を開き中に入れば、薄暗く静まり返った石造りのホールに俺が一人。

 薄暗さに目が慣れ、ホール全体を見渡すと受付らしき小窓が見えた。


「すいませ~ん」


 小窓から中を覗きながら声を掛けるが、人も見当たらず反応が無い。

 仕方がなく、聖堂と思わしき扉の前に進み、少しだけ開けて中を覗く。


 聖堂の中は外からの光がふんだんに取り込まれ、白い壁や天井が聖堂の荘厳な様子を高めているようだ。


 聖堂の明るさに目が慣れてきてよく見れば、3~4人掛けの長椅子が両側に並び続き、中央は祭壇に向けて幅広く空けられている。

 祭壇上部に光に満ちた女神像が見えたので、もう少し詳しく見てみたい誘惑に駆られた。


 俺は更に扉を開けて体を聖堂に滑り込ませた。

 静けさを破らないようにそっと扉を閉め、足音を立てないように女神像の前へと足を運んで行く。


 見上げながら眺める女神像は石造りのようだ。


 長いスカートのような衣装が雲のような台座へと溶け込んで行き、足は見えない。

 両手は組むような感じで、長い袖の衣服のためか、手も指先も見え無い。

 その組んだような腕の中から、半円の何かが見えている。


 幼い頃に同じ様子の女神像を見て、母に尋ね返ってきた言葉の記憶が甦ってくる。


〉女神様が手にしているのは鏡よ


 そうだ。

 女神が手にしているあの半円は、鏡の一部だと母に教えられた。


 女神像の髪は大きなウエーブを感じるが広げられた感じもなく、どちらかといえば纏まった感じだ。

 実際に女神の額に渡るヘッドチェーンが髪を纏めるような感じになっている。


 そんな女神は目を細め、わずかに微笑んで俺を見下ろしているようだ。


 そんな女神像をボーッと眺めていると後ろから声を掛けられた。


「ご予約された方ですか?」


 慌てて振り返れば、白いシスターの制服に包まれた俺と同い年ぐらいの女性が立っていた。


「魔導師のイチノスと申します。先ほど声を掛けましたが誰もおらず勝手に入ってしまいました」

「イチノスさん⋯ ご予約は?」


 言い訳気味にシスターの問いかけに答えながら、シスターの顔で記憶を辿るが名前が出てこない。

 予約の有無を問うシスターの声から、若干の警戒心を感じる。


「はい。昨日、サノスを先触れに出しました」

「あぁ、安心しました。最近は色々と物騒なので⋯」


 やはりシスターは警戒していたようだ。

 だが俺の口にした『サノス』の言葉で一気に警戒が解けた気がする。


「サノスさんが先触れでいらしたと言うことは、教会長にご用ですね」

「ええ、少しお話を聞きたくお願いしましたが⋯」


「イチノスさん、大変に申し訳ありません。只今、教会長は出ておりまして、もう暫くすれば戻って来ると思うのですが⋯」

「待たせていただいても迷惑になりませんか?」


「はい。構いませんが⋯」


 そう述べながらシスターが手で長椅子への着席を勧めてきた。


 祭壇に続く中央の通路を挟んでシスターと長椅子に座り少しお話をする。

 シスターの警戒も解けたようなので、今度は俺からシスターに聞いてみた。


「シスター。先程、サノスの先触れに安心されたようですが、サノスをご存じなのですか?」

「はい。サノスさんは教会の初等教室での後輩です」


「あぁ、そうでしたか。シスターとサノスの繋がりを知らず、変な質問ですいません」

「いえいえ、お気になさらず。それよりサノスさんが魔導師に弟子入りしたと聞きましたが、それがイチノスさんなのですね」


「ハハハ そうした話もサノスはしているのですね」

「ええ、昨日、久しぶりに会いまして、たくさんお話をされて行きました(笑」


 そんな感じで共通の話題となるサノスの話をして行く。

 それにしても、このシスターに既視感を抱くのはなぜだろう。


 その時、聖堂の扉が開き教会関係者を示す白い服装の男性が入ってきた。

 その男性の登場にシスターが、若干、慌てて立ち上がる。

 俺もシスターを習って席から立ち上がった。


 コンラッドより少し若いような、初老の男性が近寄るなり頭を下げてきた。


「これはこれはイチノス様、わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」


 イチノス様?


 俺を『様』付けで呼ぶと言うことは、俺の出自を知っている可能性が高い。

 男の衣装を改めて見ると、確かに白い衣装で金糸が入っているが、以前に店に来た寄付の通知を置いて行った者より、少々くすんだ感じだ。


「はじめまして。このリアルデイルで魔導師の店を営んでいるイチノスと申します」

「イチノス様から挨拶をさせて申し訳ありません。西町教会の教会長を任されております、ベルザッコ・ルチャーニと言います。どうか『ベルザ』とお呼びください」


「こちらは教えを乞う身です。それに私はあなたより年下です。『イチノス』と呼び捨てでお願いします」

「な、なんと気さくな御方か! では、互いに『さん』でお願いします」


 教会長が顔に明るさを灯して来た。

 互いに呼び名が決まったところでシスターに目をやれば、若干の躊躇(ためら)いを出している。

 もしかして教会長ベルザッコの口ぶりから、俺の出自に気がついたのだろうか?


「立ち話も何ですので、私の部屋でお話を出来ますでしょうか?」

「ありがとうございます」


「シスターも大丈夫ですか? イチノスさんとの話に立ち会ってもらいたいのです」

「えぇ、私で良ければ⋯」


 シスターは頷くが、どこか躊躇(ためら)っている感じを隠せない。


 教会長のベルザッコを先頭に、聖堂脇の薄暗い廊下を、教会長、俺、シスターの並びで歩んで行く。

 途中でシスターが小部屋の扉を開けて何かを伝えていた。

 シスターの御用事だろうと気にせずに進むと、聖堂の裏手の教会長室らしき部屋に案内された。


 応接らしき椅子に教会長から案内されるが、見るからに痛んでいるのがわかる応接だ。


 それでも勧められた以上は断れず、勧められるがままに座ることにした。

 教会長とシスターが並んで座り、応接テーブルを挟んで向かい側に俺は腰を落ち着けた。


「コンラッド殿から伝令をいただいております」


 おいおい。

 ベルザッコ教会長、いきなりの発言でそれは勘弁して欲しい。

 気持ちが揺らぐ自分がわかる。

 そっと寄付金を置いて帰りたいが、今日の目的を達するために踏み込んだ答を返す。


「ベルザッコ教会長、先程も伝えましたが今日の私は教えを乞う身です。その事を含めてお話をさせてください」

「「⋯⋯」」


 お願いだから二人とも黙ってないで頷いて!

 どうにもこうにも話を進めづらい。


コンコン

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