6-4 シスターに泣かれると困っちゃうよね


コンコン


「失礼します」


 シスター服に身を包んだサノスと同い年ぐらいと思われる少女が、両手持ちのトレイでお茶を運んできた。

 それを応接机に置いたところでシスターが声をかけた。


「ありがとうございます。後は私がやります」


 その言葉を聞いた少女シスターが軽く頭を下げて扉から出て行く。


 目の前ではシスターがティーポットからティーカップに薄茶色の液体を注いでいる。

 周囲に広がる香りはどこか懐かしい焙煎したような香りだ。


「お口に合うかわかりませんが⋯」


 自信無さげに出されたティーカップを手にし口に含めば、麦茶の香りが口内に遠慮無く広がった。


 5月も終わりに近づくこの時期で麦茶を出してくるとは少し違和感を覚える。

 麦茶の季節は6月に入ってからだ。

 次の新月には6月となるが、大麦の収穫は6月の中頃のはずだ。

 収穫時期の6月前に出される麦茶と言うことは、昨年に収穫され焙煎したものだろう。


「こうしたものしかお出しできず、誠に申し訳ありません⋯」


 そう教会長が呟くように口にした。


 そんな教会長がティーカップを持つ手の袖に目をやれば、ほつれを手縫いで直した跡が見てとれた。

 隣に座るシスターも同様に袖のほつれを手縫いで直した跡が見える。


 清潔にしてはいるが、衣服にほつれが見える様子や昨年の麦茶を飲む様子から、かなり慎ましい生活をしているようだ。


 俺は意を決して寄付の話をしようと、カバンから教会関係者が通知として届けてきた紙を出し、応接机に置いた。


 その紙を目にした途端に教会長がビクつき、隣に座るシスターも固まった。

 きっと寄付の話で緊張しているのだろうと思い勝手に話を進める。

 ここで僅かだが教会に寄付をすることで教会長から『勇者』の話を円滑に聞き出すのだ。


「実は、弟子のサノスが描いた『魔法円』が売れました。ついてはその事を祝って教会へ寄付をさせていただきたいのです」

「「⋯⋯」」


「このウィリアム領では『魔法円』の販売に伴う教会への寄付は、領令では定められてはおりません。ですが、これは弟子の成果を祝っての寄付とお考えください」

「「⋯⋯」」


「他領での『魔法円』販売に伴う寄付を定めている地では、おおよそ銀貨7枚の教会への寄付が慣例と聞いております。どうかお納めください」


 そう告げて、カバンから寄付用に準備していた銀貨7枚を入れた封筒を取り出し、応接机の上にそっと置いた。


シクシク


 ん? あれ?

 シスターがハンカチを取り出して目を押さえている。

 教会長は顔を伏したままで俺に顔を見せないようにしている。


「すいません⋯」


 そう告げて急にシスターが立ち上がり扉を開けて廊下に出て行く。

 俺は何事かと思い教会長を見るが顔を伏したままだ。


 ⋯⋯(シクシク)⋯⋯


 沈黙の中、廊下から咽(むせ)び泣くシスターの声が聞こえる。


「イチノス様、私はここまで温かい気持ちを感じたことはありません⋯」


 教会長、呼び名が『様』になってますよ。


「教会長、何かあったのですね?」

「はい。この寄付の通知です」


 応接机に置かれた寄付の通知に使われた紙を、教会長がそっと指差した。


 それから教会長がこの寄付の通知に関する事情を語ってくれた。


 実はこの寄付の通知は、詐欺だと言うのだ。

 先程まで教会長が不在だったのは、机の上に置かれた寄付の通知について、西町幹部駐兵署で事情聴取を受けていたからだと言う。


 それから教会長は事情聴取をされた際に聞いた話をしてくれた。


 この詐欺行為の始まりは、東町の教会に王都大教会の紹介状を携えた男がやってきた事から始まると言う。

 東町の教会長は、その男の身なりと王都大教会の紹介状を信じてしまい、東町教会名義での寄付金集めに了解を出したそうだ。

 東町教会の了解を得た男は、最初に東町の魔道具屋に出向き寄付を要求した。

 これに東町の魔道具屋の主人が応じてしまい、その場で少額の寄付金を渡したそうだ。


 その後、詐欺を働いた男が東町の魔道具屋で魔法円を購入した飲食店に表れた。


『東町の魔道具屋が寄付金を納めないので代わりに納めて欲しい。寄付金は銀貨1枚でよいのでお願いできないだろうか?』


 そう願われた飲食店は、かなりの数が応じてしまったという。

 この事で東町の魔道具屋は評判を落としてしまった。

 一時的に周囲の飲食店から新たな魔法円の注文が止まったと言う。


「では、この寄付の通知は⋯」

「はい、お話ししましたとおりに東町で詐欺を働いた男が西町にも表れたようです。勝手に私共の教会を騙って作ったものでしょう」


 う~ん。困った。

 ハッキリ言って困った。


 応接机の上の片側には詐欺行為に使われた証拠が置かれ、もう片側にはサノスの功績を祝うと言いながらも、俺の思惑が乗せられた寄付金が置かれている。

 俺がどちらかを下げることも出来ないし、教会長も『それでは⋯』と寄付金に手を延ばすことも難しいだろう。


「イチノス様、シスターにはお目こぼしを願います」


 そう言って教会長が再び頭を下げてくる。

 こういう時に『何と答えれば正解なんだ?』そうした思いで俺は頭が一杯になる。


コンコン


 部屋の扉がノックされ、それに教会長が応じると扉が開きシスターが部屋に入ってきた。


「お見苦しいところをお見せして⋯ 大変に失礼しました」


 そう告げるシスターは顔を伏したままだ。


「シスター大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。イチノス様、お見苦しいところをお見せして本当に申し訳ありません」


 立ったままで教会長に応えつつ、シスターが俺に頭を下げてくる。


 その姿に俺は思い出した。

 このシスターは、魔道具屋の主が逮捕された時のシスターじゃないのか?

 魔道具屋の主の暴言に気が動転したシスターのような気がしてきた。

 そうしたことも確認したい俺はシスターに声をかける。


「シスター、まずはお座りください。立ったままではお話しも出来ません」

「イチノス様からもお許しをいただいた。シスターの苦労もイチノス様のお耳に入れたい。まずは座ってくれるか?」

「ありがとうございます」


 そう述べて顔を上げたシスターに目をやり、俺はあの時のシスターだと確信した。


「教会長もシスターも『様』がついてますよ(ニッコリ」


 俺は着席してくれた二人に、出来る限りの笑顔を作って見せる。


「「失礼しました」」


 そこで二人でハモるんですね(笑


「まずは、これを納めてください」


 俺は寄付金を納めた封筒を二人に向けて差し出すと、教会長とシスターが互いを見やる。

 シスターの手が伸びて寄付金を納めた封筒を手にし胸元に抱くと深く頭を下げてきた。

 シスターの様子に合わせて教会長も頭を下げる。


「「イチノスさんに神の加護のあらんことを」」


 二人の口から『様』が取れ『さん』になったことが少し嬉しい。

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