6-2 お手本にしたらお礼をしましょう
サノスが模写した『湯出しの魔法円』のお手本は、俺がサノスに渡したものだと言う。
サノスの言葉に動かされ『湯出しの魔法円』に乗せられたティーポットを下ろし、自分の目の前に引き寄せる。
「本当に俺がこれをサノスに渡したのか?」
「ええ、さっきの階段下の収納棚を開けて出してきましたよ」
俺はサノスの言葉で思い出してきた。
この『湯出しの魔法円』は、開店して暫くして届いた物だ。
裏面をみると、長方形に黒く塗り潰された部分を見つけた。
これは魔導師がサインを隠すのに使う手法だ。
黒塗りの中に魔素が通りやすいインクを使ってサインをする事で、魔素が見える者にだけ作者を知らせる方法だ。
「サノス、集中して魔素を見てろ」
そうサノスに告げて、黒塗りの部分に軽く魔素を流してみるとサインらしき物が浮かび上がる。
【イスチノ】
「イスチノ⋯ ですか?」
「ハハハ あの爺さんから届いた奴だ」
どうやらサノスにも見えたようだ。
俺は『湯出しの魔法円』を表に戻して詳細に見て行く。
よくよく見れば『神への感謝』が3重に描かれている。
サノスがよくぞ模写したと言いたい代物だ。
「サノス、思い出したよ」
「ボケじゃないんですね(笑」
なぜか、サノスがボケに拘る言葉を続ける。
「サノスは、よくぞこれを模写したな。素晴らしいことだ」
「???」
「これには『神への感謝』が3重に描かれてるんだ」
「へぇ~」
この『魔法円』は、ヘルヤさんが隣街で訪ねたと言う魔導師の『イスチノ』が描いたものだ。
隣街の魔導師イスチノは、俺が店を開いて暫くは人違いで迷惑を被ったらしい。
名が似ている⋯
俺 イチノス
爺さん イスチノ
事から、ヘルヤさんのように間違って店を訪ねた者が数名いたらしい。
イスチノは、その人違いが続いたことで俺に興味を持ち、俺の変な知名度を調べて何かを感じたのだろう。
俺の変な知名度を上げた、国王から表彰された卒業論文を取り寄せ、それを読んで一念発起したらしい。
そして出来上がったのが『神への感謝』を複合させた『湯出しの魔法円』だ。
今は捨ててしまったが、この『魔法円』と一緒に届いた手紙に、
〉『神への感謝』を捨てず
〉組み合わせれば良いこともある
みたいなことが書いてあったのを思い出す。
あの爺さん、俺の人相を見るために荷物を預かったとか言って、この『魔法円』と手紙を持って店に来たんだよな⋯ ククク
ふと、サノスの顔を見れば、例の目を細めた顔で俺を見ていた。
「師匠、ボケの次は思い出し笑いですか? 医者に診てもらいますか?」
「いやいや、すまんすまん」
「それで、この魔法円の作者がわかったんですね? さっきの『イスチノ』ですか?」
「ああ、隣街の『イスチノ』と言う老人の魔導師だよ」
「師匠は、お知り合いなんですか?」
「知り合いといえば知り合いかもな?(笑」
サノスに言われて思ったが微妙な知り合いだな(笑
「それでだ、サノス。お礼の手紙とイスチノ爺さんに最低でも銀貨1枚を贈れるか?」
「えっ? 銀貨1枚ですか?」
「ああ、最低でも銀貨1枚だ。サノスはこの『魔法円』を模写して利益を得たよな?」
「えぇ、金貨1枚ですけど⋯」
そう言ってサノスが俺の渡した金貨が入っている胸元を抑えた。
「これは魔導師としての礼儀だな。他の魔導師が作った『魔法円』を模写させて貰ったお礼を贈るんだよ」
「へぇ~ そんな礼儀があるんですか⋯」
「サノスが将来、魔導師として一人立ちした時に、他の魔導師と良い関係を築くための一つの投資だな。無理に贈らなくても良いからな」
「う~ん。迷いますね⋯ 師匠は贈ったことがあるんですか?」
サノスの言葉に母(フェリス)の言葉を思い出す。
〉イチノスは卒業論文を書くとき、
〉お世話になった『魔法円』の作者に
〉お礼はしたの?
あの言葉で、卒業論文を書くために使った『魔法円』の作者を調べたのが懐かしくなってきた。
「まあ、それなりに贈ったかな?(笑」
「じゃあ、私も贈ります。師匠、贈り先を教えてください」
サノスはイスチノ爺さんに贈ることを決めたようだ。
◆
サノスの淹れてくれた御茶(やぶきた)を飲み終え、俺は出掛ける準備も済ませた。
念のためにと、教会関係者が持ってきた寄付の通知とギルマスからの手紙を、斜め掛けにしたカバンに放り込んだ。
一瞬、迷ったがついでとばかりにイルデパンからの手紙も放り込んだ。
「じゃあ、俺は出掛けるぞ。今日はたぶん戻らないと思うが良いよな?」
「はい、大丈夫です」
「そういえば、あの3人はいつまでの予定なんだ?」
「今日は3時まで頑張ってもらいます。終わらなければ明日の朝から昼までですね」
終わらなければ?
今日の昼過ぎ、3時まで3人でやれば終わると思うが⋯
「3時までに終わらないのか? 場所を指定した薬草採取なら今日で終わると思うが⋯」
「いえいえ、今度は畑にするんです。今日は薬草採取ですが、明日はハーブ育成の畑に整備するんです」
「畑に整備する? 裏庭をか?」
「はい。今までは勝手に繁らしてたんですけど、今後はきちんと管理して行きたいんです」
なるほど。
サノスなりに考えてるんだな。
「まあ、裏庭の整備はサノスに任せるよ。そうだ⋯ サノス、ちょっと教えてくれ」
「何ですか?」
今日の教会での質問を整理するため、サノスの知識を問い掛けてみた。
「あの3人は教会の初等教室の後輩と言ったよな?」
「はい、そうですけど?」
「初等教室では教会から『勇者』について教えることがあるのか?」
「勇者⋯ ですか?」
サノスが首を傾げた。
これはサノスが忘れているのか、教会の初等教室では教えていないかのどちらかだな。
「じゃあ『賢者』は教えるのか?」
「賢者は教えてもらいます。けど、勇者は⋯」
なるほど。賢者は教えるのか⋯
「わかった変なことを聞いてすまんな。日が暮れる前に帰るんだぞ。じゃあ、行ってくるな」
「はい、行ってらっしゃい~」
御茶(やぶきた)の片付けをするサノスに見送られ、俺は店舗の出入口から外に出る。
コロンカラン
店の外に出れば爽やかな風が俺の頬を撫でてくる。
記憶を頼りに西町教会へと向かう。
冒険者ギルドと反対に南方面に向かい、リアルデイルの街を東西に走る大通りを越えると、より静な住宅街となって行く。
冒険者ギルドへ向かう道とは違うのだが、街並みを作る家々の雰囲気は変わらない。
むしろ店舗が皆無と言える道で、両脇が全て閑静な住宅街の感じで実に静かだ。
このあたりの閑静な住宅街は、去年に散策した時と何ら変わらない。
見覚えのある屋根、見覚えのある倉庫が少し懐しい感じだ。
どんな人が、どんな暮らしをしているのだろうかと、心を擽られる感じが少し楽しい。
昼前というより朝に近いこの時間の住宅街だけあり、天気に誘われて洗濯物を干す家々が多い気がする。
「そういえば洗濯屋が取りに来ていないな⋯」
そんなことを思い出しながら、教会を目指して一人歩んで行く。
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