王国歴622年5月18日(水)
6-1 自分のやった事を忘れるのはボケの始まりです
人の話し声で目が覚めた。
この話し声は階下の店の前からだろう。
声の感じからして少年少女のようだ。
裏庭の整備で見習い冒険者が3人、朝から来るとサノスの手紙に書いてあったのを思い出す。
俺は着替えを済ませ、階下に降りてトイレで用を済ませて顔を洗う。
カランコロン
作業場に足を踏み入れると、店の出入口に着けた鐘が鳴った。
「おはようございま~す」
店舗の方から元気な声と共にサノスが入ってきたのだが、何かを背負っている。
「サノス、おはよう」
「師匠、おはようございます。もう起きてたんですね(ヨッコイセ」
俺の声に反応してサノスが背負いカゴを床に下ろした。
カゴの大きさを見れば、サノスの腰ぐらいまである中々の大きさのものだ。
「なんだ、そのカゴは?」
「取れたハーブを食堂に持って行くカゴですよ~」
まあ、そのぐらいは取れるかも知れんなと思っていると、サノスが作業場を見渡して聞いてきた。
「師匠、見習い冒険者の3人をここから入れて大丈夫ですか?」
「ああ、考えてなかった。誰が来たんだ?」
「エド、ロザンナ、マルコです」
ごめんなさい。
エドはいつも伝令を持って来る少年だと思うが、ロザンナとマルコがわからない。
「サノスは知り合いなのか?」
「3人とも教会の初等教室の後輩です。それにエドはいつも伝令を持ってくる彼です」
「それならサノスの言うことは聞きそうだな(笑」
「はい。安心してください」
「よし、3人を入れても良いぞ」
「ありがとうございます」
裏庭の柵を外して出入りさせても良いが、ちょっと面倒臭い気がして、店舗から作業場と台所経由で裏庭に入ることを許可した。
俺が了解した途端に、サノスが店舗に向かった。
コロンカラン
「みんな! 入っていいよ! 行儀良くしてね。師匠がうるさいから~」
おいおい。
俺がうるさいからって何ですか?
サノスに連れられて、野良仕事をするような衣装を着込んだ少年少女3人が入ってきた。
「おはようございます!」
「おじゃまし~す」
「よろしくお願いします!」
やはりいつも伝令を持ってくる少年がいた。
その少年がエドで、女の子がロザンナで、もう一人がマルコだろう。
「じゃあ、一人ずつイチノス師匠に挨拶して。最初はエドからね」
サノスが言うとロザンナとマルコが半歩下がり、エドが半歩前に出てきた。
挨拶ならと俺は席から立ち上がる。
「いつも伝令を運んでるエドワルドです。エドと呼んでください」
「イチノスだ。今日はよろしく頼むよ」
「はい。頑張ります」
俺が声をかけると、いつもの笑顔がエド(エドワルド)から返ってきた。
そんなエドが軽く頭を下げると半歩下がった。
そのエドの動きに応えて少女(ロザンナ)が半歩前に出る。
「ロザンナです。ロザ⋯ ロザンナと呼んでください」
ロザンナがエドを真似て呼び名の話をしようとして言葉を戻した。
何とも可愛らしい感じだ。
「イチノスだ。よろしく頼むよ」
エドと同じく俺が声をかけると、ロザンナが軽く頭を下げて半歩下がる。
そして最後にマルコが半歩前に出る。
「マルコットです。マルコと呼んでください」
「イチノスだ。頼りにしてるよ」
マルコの挨拶が終わった途端にサノスが声を出す。
「じゃあ、3人ともこっちよ」
その声に応えて、サノスを先頭に3人が台所に向かって歩いて行く。
あの様子なら大丈夫だろう。
俺は出掛ける前に御茶(やぶきた)を一杯飲もうと思い4人の後に続くと、台所の方から扉が開く音がして、3人の驚きの声が聞こえた。
見習い冒険者の3人が台所の裏口から裏庭に降りた所で、サノスが担いでいたカゴをロザンナに渡した。
「じゃあ、エドとマルコが刈ってロザンナがカゴに集めてね。ハーブは混ぜないようにお願いね」
「「「はーい」」」
3人の声を聞いて、サノスが台所の裏口の扉を閉めた。
俺はそんなサノスに声を描ける。
「サノス、御茶(やぶきた)を淹れてくれるか?」
「直ぐに淹れます」
そう返事をしたサノスが両手持ちのトレイを出して、キョロキョロし始めた。
多分だが『湯出しの魔法円』を探しているのだろう。
「『湯出しの魔法円』なら売れたぞ。お手本にしたのは何処にある?」
「えっ! あれが売れたんですか?」
サノスが準備する手を止めて、俺に確かめるように聞いてくる。
「その話もしたいので御茶(やぶきた)を一杯頼むよ。お手本があるだろ?」
「はい!」
明るい声で応えたサノスが階段下の収納棚を急いで開けた。
あぁ、そこに『湯出しの魔法円』のお手本はしまっていたのね。
◆
「昨日来た、東国(あずまこく)からのお客さんが買ってくれたんですか?」
サノスが淹れた御茶(やぶきた)を俺に出しながら聞いてくる。
「出来が良いと言ってたぞ」
「ニヤニヤ」
サノス、不気味な笑い方をするな。
「それでだ、製作者利益を渡す」
俺はそう言って店の売り上げの入ったカゴから金貨1枚を渡すと、サノスが驚いた顔を見せてきた。
「こんなに!? いいんですか!? 」
「それでだ、あれが無いと御茶(やぶきた)を淹れるのに不便なので、また描けるか?」
「描きます! 直ぐに描きます!」
そう言いながら、サノスは首に下げた『魔石』を入れる小さな袋を取り出し、嬉しそうに渡された金貨を納めた。
こいつ、金貨に目が眩んでるな(笑
けれども『魔法円』が売れないと、再び金貨は得られないぞ。
「俺は御茶(やぶきた)を飲んだら教会に行くが、西町の教会で良いんだよな?」
「はい、西町です。昼前なら何時でも大丈夫と言ってました」
「それで、俺が寄付もしてきて良いな?」
そう言って、教会関係者が置いて行った寄付金を求める通知の文書を机の上に置き、サノスに説明をした。
前にも教会への寄付では渋い顔をしたサノスだが、今回は売れた代金から払うと伝えると安心した顔を見せてきた。
今手に入れた金貨を、寄付金として巻き上げられるとでも思ったのか?(笑
「買って行ったお客さんが色々と試したんだ。熱いお湯とか冷めたお湯とか、俺も試してみたがお湯の温度が自在で出来が良いな」
「ニヤニヤ」
再びサノスが嬉しそうな顔を見せてくる。
「それでだ、サノスが最初に描いた『水出しの魔法円』は、店の台所のをお手本にしただろ?」
「はい、台所のをお手本にしました」
「昨日成功した湯沸かしも、お手本にしたのは台所のやつだろ?」
「ええ、そうです」
「昨日、売れたのは、今、御茶(やぶきた)を淹れるのに使った、この『湯出しの魔法円』をお手本にしたんだよな? これは何処で手に入れたんだ?」
「???」
それまで朗らかに応えていたサノスが首を傾げてきた。
俺の言った言葉がサノスは理解できなかったのか?
「今、目の前にある『湯出しの魔法円』を何処で手に入れたかを聞いてるんだが⋯」
「師匠、ボケてませんか?」
「えっ?」
「私が『湯沸かしの魔法円』に失敗して、『湯出しの魔法円』を描きたいって言ったら師匠が渡してくれたんですよ?」
「えっ? 俺がこれをサノスに渡したの?」
「はい。忘れたんですか?」
今度は、俺がサノスの言葉を理解できなかった。
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