2-4 教会と『魔法円』


 抱えた本を作業机に置き、急ぎ足で店に出ると目がチカチカした。


 カウンター越しに来店した客を見て、その衣装の明るさというか白さに目が追いつかない。


 この来客が纏う金糸が施された白い衣装は、教会関係者だとわかるものだ。


「こちらはイチノス殿のお店だろうか?」

「私がイチノスだ。何用だ」


「教会より『通知』で参った」

(あぁ~ 来やがったか)


「通知文を置いていって差し支えないだろうか?」

「わかった。『通知』なら受け取ろう。置いていってくれ」


「ありがとうございます。それでは失礼します。神の御加護を」


 最後に礼を述べた教会関係者は、通知を置いて行けたことにホッとしたようだ。


 置いて行った通知の文書を見れば、教会からの寄付金の催促だった。

 教会は、俺のような『魔法円』を扱う店を回って寄付金を集めている。


 この教会が『魔法円』に拘って寄付金を集める姿勢には、実は俺の魔法学校時代の卒業論文(『エルフ魔法と人間魔法の違い』)に端を発している。

 俺の書いた卒業論文では、『人間種族が使う『魔法円』には、人間が崇める神への感謝を捧げる要素が多大に含まれている』と記している。

 その卒業論文を国王が表彰したことに、教会が目を付けてしまったのだ。


『神への感謝が記された『魔法円』の販売で利益を得ているのなら、是非とも利益の一部を教会へ寄付して欲しい』


 そんな理論を教会が広く唱えたのだ。


 うぅ~ん⋯ 筋が通っているように聞こえるが、どこか違和感を覚える理論だ。


 だが教会との結び付きが深い一部の貴族は、教会と結託して邪(よこしま)な領令(りょうれい)を出してしまう。


・『魔法円』の販売益の一部を教会に寄付せよ


 教会は寄付金が増えると考え、教会への寄付金が増えるなば、貴族は教会への寄付が減らせるとの思惑が合致した領令だ。


 この領令が出された地域の教会では、結果として一時的に教会への寄付金が集まった。

 だが、後に魔法研究所で『魔法円』を使った産業化が進むと流れが変わってしまう。

 何故なら、産業化に用いられる『魔法円』には、神への感謝が描かれていないものが多いのだ。


 あの暗い夜道を照らしてくれるガス灯。

 そのガス灯に組み込まれている『魔法円』などは、神への感謝が描かれていないと聞く。


 その事実が判明した時点で、それまで順調だった教会への寄付が減り始める。

 寄付金が減り行く教会は危機感を抱き、積極的な寄付金集めに動き出した。

 教会の中には、神への感謝が描かれていない『魔法円』に反発を示す派閥や、そうした『魔法円』を排除しようとする派閥などが出始めたのだ。


 俺の店で扱う『魔法円』、特に冒険者が持つ携帯用には、神への感謝が描かれていない。

 これにより小型化しているのだ。


 だが、サノスが描く家庭用の『魔法円』には、神への感謝が描かれている。

 これにより『魔素』を意識して扱えない一般人でも扱える物になっているのだ。


「まあ、サノスの描いたのが売れたら寄付するか⋯」


 そんな事を俺は少し考えた。



カランコロン⋯ ドタドタ


 教会からの通知を店のカウンターで眺めていると、サノスが両手鍋とカゴバッグを手に店に入って来た。


「師匠! 手に入れましたぁ~!」


 サノスが明るい声で話すが、主語がない。

 少し落ち着いて欲しい。


「昼御飯はシチューです!」


 昼御飯のメニューを叫びながら、店のカウンターの脇から、両手鍋を作業場の奥の台所に置きに行こうとする。

 俺もサノスの後を追い、教会からの通知を片手に店の奥の作業場に向かう。


「焼き立てのパンも付いてますよ!」


 俺が作業机の自分の席に座り待っていると、サノスが嬉々とした表情で台所から戻ってきた。


「はい、深呼吸して」

「すぅ~はぁ~」


「落ち着いたら、椅子に座って順番に話してくれ。最初から順番にだ。これも修行の一つだぞ」


 俺はサノスに深呼吸させてから、『修行』の言葉を付けて問いかける。

 するとサノスは自分の椅子に座り、宙を見て何があったかを思い出すように喋り始めた。


「食堂に行こうとしたら、ギルドから出てきたヴァスコとアベルに会ったんで声を掛けたんです」


 そこから話が始まるのか?

 細かくて長い話しになりそうな感じがする。


「ヴァスコもアベルも師匠からの伝言を受け取って、今日の依頼探しを止めたそうです」


 待て待て。

 俺からの伝言が二人への軽い営業妨害になったのか?


『イチノスさん怒ってた?』

『昨日、急に帰ったから怒ってるよな?』

「そんな感じで、何度も聞いてくるんです」


 サノス。二人の物真似は不要だぞ。


「二人とも同じことを何度も聞いてくるから面倒臭くなって、『伝言どおりに昼過ぎに店に来い』って言って放置してきました」


 まあ⋯ 正解だな。


「その後に、食堂に行ったら父さんは居なくて、母さんに話しました」


 ワイアットは午後からの護衛のために、起きて着替えにでも行ったのだろう。

 オリビアさんの反応はどうだったんだ?


「母さんに話したら『魔道師の修行は始めても良いわね。あなたが魔道師を目指すなら始めて貰いなさい。私は応援するわよ』って言ってました」


 サノス、物真似は不要だぞ。

 親子だけに似てはいるが、物真似は不要だぞ。


 物真似はともかく、オリビアさんはサノスの魔道師修行に承諾した感じだな。


「今日の昼過ぎに父が店に来るんですよね? その時に父からの承諾を貰います」

「わかった。それで問題ないだろう。後はワイアットが来たらサノスから話せよ」


「はい! 頑張ります!」


 そう答えたサノスの顔は、本当に嬉しそうだった。

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