2-5 サノスの希望と届け物
「昼までは昨日の続きだ。俺は『魔石』への調整をするから静かにな」
「はい♪︎」
元気に答えるサノスの口調から、魔道師としての修行を始めれる嬉しさが伝わる。
そして俺が書斎から持ってきた机の上に置かれた本に、サノスの視線が行く。
俺はその視線を無視して、本棚にその本を片付けた。
互いに作業机で黙って昨日の続きをして、作業の切りが良いところで昼食にした。
作業机の上を片付け、サノスが両手鍋で買ってきたシチューを食べる。
食後にサノスお手製のハーブティーを飲んでいると、サノスがしびれを切らして聞いてきた。
「師匠、修行ではどんな『魔法』を教えてくれるんですか?」
「最初は、簡単な『魔法』だな?」
「簡単って言うと?」
「『湯沸かし魔法』からが良いと思う」
「ゆ、湯沸かしですか?」
「ああ、湯沸かしだ」
サノスの口ぶりから、何故(なぜ)に『湯沸かし魔法』なのか? と不満気な印象を受ける。
「嫌か?」
「嫌じゃないですけど⋯」
サノスは『水魔法分析論』を読んで『湯沸かし魔法』に挑戦して『魔力切れ』した過去がある。
それを思い出して嫌がっているのだろうか?
「師匠、今、私が取り組んでるのは『湯沸かしの魔法円』なんですけど⋯」
「あぁ、そうみたいだな」
「それなのに『湯沸かし魔法』ですか?」
「ククク、不満そうだな(笑」
今のサノスは、作業場で俺の向かい側に座って『湯沸かしの魔法円』に挑んでいる。
昼食前の作業でも、サノスが挑んでいたのは『湯沸かしの魔法円』の模写だ。
この店で働くようになって『魔法円を描いてみたいです』と言うので挑ませた。
最初に『水出しの魔法円』に挑ませて成功した。
続けて『湯沸かしの魔法円』に挑ませて失敗した。
この2枚の複合として『湯出しの魔法円』に挑ませて成功し、母(フェリス)が来た際にコンラッドが使ってみせた。
そして再度挑戦しているのが『湯沸かしの魔法円』だ。
そんな経験をしているサノスとしては、最初に教わるのが『湯沸かし魔法』なのを嫌がっているのかも知れない。
なにせ『湯沸かし』の『魔法円』には一度失敗して再挑戦中。
その『湯沸かし』の『魔法』を俺が教えると言ったのだ。
「不満と言うか⋯」
「今のサノスがやってるのは『湯沸かしの魔法円』を模写してるだけだろ?」
「確かに『模写』してるだけです」
「サノスはそれで満足か?」
俺の言葉に、サノスは少し固まった感じだ。
そんなサノスに、先程、教会関係者が置いていった通知を見せる。
サノスはそれを2回読み直して聞いてきた。
「模写でも教会に寄付するんですか?」
「サノスは魔道師になって、自分が描いた『魔法円』をお客様に渡して、お金を貰うんだろ?」
「確かにそうですけど⋯」
「サノスは『神への感謝』も一緒に描いてたよな?」
「あれの何処が『神への感謝』なのかを私は知らないんですけど⋯」
「それでも『神への感謝』な部分もしっかりと模写していたぞ(笑」
「それでも教会に寄付するんですか? 模写しただけですよ。あの『魔法円』の何処が『神への感謝』かを知らなくても教会に寄付するんですか?」
「他の領、教会への寄付が決められている領だと払わされるぞ」
「けど、リアルデイルの街は違いますよね? ここはウィリアム伯爵の領です。そんな領令は無いです」
「サノスは納得できないか?」
「⋯ さっき師匠の側に置いてあった本は何ですか?」
「また勝手に読んで、一人で試して『魔力切れ』で寝込むのか?(笑」
サノスが話題を切り替えてきたが、俺はからかうように切り返す。
サノスがやるせなく、少しむくれた顔を俺に向けてきた。
「出来れば『湯沸かし魔法』以外がいいです⋯」
「ハハハ。嫌なら『氷結魔法』にするか? 『湯沸かし魔法』か『氷結魔法』かの二者択一だな(笑」
俺の言葉にサノスの目が泳ぐ。
『湯沸かし魔法』も『氷結魔法』もサノスは挑んで『魔力切れ』した経験があるのだろう。
「これから暑くなる季節だ。『氷結魔法』は氷を作れるから便利だぞ」
「⋯⋯」
サノスが黙る。迷っているのか?
『魔力切れ』を思い出してるのか?
カランコロン
店の出入口の戸に着けた鐘が鳴り来客を報せてきた。
「師匠、私が出ます」
そう言ってサノスが席を立った。
直ぐにサノスが戻ってきて来客を告げる。
「師匠、昨日の騎士さんと父が来ました」
「わかった、サノスは片付けてくれるか?」
そう告げて、サノスと入れ替わりに店に行くと、青年騎士(アイザック)が小箱を両手に持ち、その後ろに軽装備だが帯刀したワイアットが立っていた。
「イチノス殿、荷物を届けに伺った」
「誰からの使いか?」
青年騎士(アイザック)の言葉に切り返して俺が問うと、少し慌てた答えが返ってくる。
「し、失礼した。コンラッド殿からの使いである」
「御苦労、受け取ろう」
そう告げると青年騎士(アイザック)が両手で小箱を差し出してきた。
「中身を確認する故に、暫し待たれよ」
俺は青年騎士(アイザック)から小箱を受け取り、店のカウンターの内側に回り、カウンターの上に小箱を置く。
青年騎士(アイザック)とワイアットが、小箱の中が気になるのか半歩前に出て覗こうとして来る。
ウゥン
俺が咳払いをすると、前のめりだった青年騎士(アイザック)とワイアットが半歩下がり、共に姿勢を直した。
俺は小箱の上に描かれた『魔法円』に『魔素』を流す。
『魔法円』の中央に『フェリスからイチノスへ』の文字が浮かび上がってきた。
カチン
音がして小箱の蓋に掛けられた『魔法鍵』の解ける音がする。
静かに小箱の蓋を開けると、そこには俺を睨み付けるような『魔石光(ませきこう)』を放つそれが見えた。
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