10-2 模写の仕方と授業内容


「ふう~」


 それまで集中して一言も喋らなかったサノスが大きく一息ついた。

 その声に釣られて、俺も新たに書き直した『魔法円』のメモ書きから目を離す。


 サノスの手元へ目をやれば、驚いたことにおおよその『魔法円』の姿が薄紙に描かれていた。


「サノス、聞いて良いか?」

「はい? 何ですか?」


「前から型紙を書いてたのか?」

「そんなには書いてませんよ。これで⋯」


 そう言いながらサノスは思い出すように指を折って行く。

 折り込む指は右手から左手へと進んで止まった。


「7枚目ですね」

「ククク そんなに書いてるのか?」


 7枚も書いていれば、それなりに慣れているのも頷ける。


「変ですか?」

「いや、変じゃないぞ。むしろ素晴らしいことだ」


「へへへ」


 俺が褒めたことを理解出来たのか、サノスが嬉しそうな顔を見せてくる。


カランコロン


 店の出入口に着けた鐘が鳴る。

 その音で、思わずサノスと『誰が来たんだ?』と目が合ってしまった。


「師匠、私が出ます」


 言うが早いかサノスが席を立ち、集中していた体を解すような仕草をしながら店舗へと向かう。


 俺はメモ書きへ目を戻した。

 やはり湯沸かしと氷結の両方を入れた『魔法円』は意味がないと判断して、水出しと氷結を盛り込んだ『魔法円』を設計してみた。

 これからの暑い季節には、この組み合わせが良いだろう。


 何より水出しと湯沸かしは、既に冒険者連中へ売り出している。

 そうしたことを考えると、ここで敢えて水出しと湯沸かしを組み合わせた物よりは、水出しと氷結の組み合わせが良いと思ったのだ。


(すいません。今在庫切れしてるんです)

(そうですか⋯)


(来月には準備できますので)

(わかりました。また来月に来ます)


(わざわざ来ていただいたのに、すいません)


 そんな会話が店の方から聞こえてくる。


カランコロン


 どうやらお客さんは帰ったようだ。


 店の出入口の扉が閉まる音がして、直ぐにサノスが戻ってきた。


「私のお客さんでした」


 サノスの口ぶりから、ハーブティーの種を求めに来たお客さんのようだ。


「ハーブティーの種か?」

「そうです」


「今、店に在庫は無いだろ?」

「えぇ、無いです。それでギルドで作ってるポーション、それに使った薬草を引き取って干してます」


「なるほど、それなら来月は在庫に困らないな(笑」

「でも、ハーブが無いんです」


「ハーブが無い?」

「裏庭のハーブを全て刈り取って、食堂へ卸したじゃないですか」


「そ、そうだったな⋯ どうするんだ?」

「師匠、何か案はないですか?」


「えっ? 俺が考えるのか?」

「だって、店で売る品ですよ。師匠が考えるのが当然です」


「いや、特に案は無いなぁ⋯ 俺よりサノスの方がハーブティーには詳しいと思うぞ」

「じゃあ、私に任せるんですね」


「あぁ、どんなハーブティーにするかはサノスに任せるぞ」

「わかりました。今度は楽しみにしてくださいね」


「おぉう⋯」


 サノス、ちょっと教えてくれ。

 俺は何を楽しみにするんだ?



 互いに自分の作業へ戻り小一時間を過ぎたところで、空腹を感じてきた。

 一段落した俺はサノスへ声をかける。


「サノス、今日も昼御飯を食べてからギルドへ行くんだろ?」

「⋯⋯」


 型紙作りに集中するサノスからの返事は無い。

 今まで気がつかなかったが、こうしてサノスの様子を眺めると、凄まじいまでの集中力だと思える。


 これなら2週間ぐらいで『魔法円』を模写したというのも事実に思えてきた。

 サノスぐらいの年齢なら、もっと移り気な部分があっても良いと思うが⋯


 俺は席を立ち台所へ向かう。

 台所の『湯沸かしの魔法円』の上には両手鍋が置かれていた。


 蓋を取って中身を見ると、キャベツのポタージュスープだ。

 俺は台所用の『オークの魔石』を片手に『湯沸かしの魔法円』へ魔素を流して温め始めた。

 なかなか良い香りが立ち上がる。

 空腹をくすぐる香りだ。


 おおよそ温まり、鍋の中のスープから泡が出たところで魔素を流すのを止めると、サノスが台所へ顔を出してきた。

「師匠、温めたんですか?」

「おう、サノスもお腹が空かないか?」


「お腹をくすぐる匂いです(笑」

「だよなぁ~ 机の上を片付けて食べよう」


「はい♪︎」


 サノスは嬉しそうに返事をして作業場へ戻って行く。

 そんなサノスに続いて作業場へ戻ると、サノスはテキパキと片付けをしていた。

 やはり空腹は人を動かす強い動機になるな(笑


 俺もそれまで作業机へ広げていた、新たな『魔法円』のメモ書きを作業中の箱へ放り込み蓋をした。

 サノスも自分の箱を棚に片付けたところで、薄紙に包まれた『湯沸かしの魔法円』を俺に向けてきた。


「師匠、ここまで描きました。もう良いですかね?」

「どれどれ⋯」


 見せられた型紙は、思いの外、良く描けている感じだ。


「良く描けてるな」

「へへへ」


 だが、目を凝らして見ると、所々に描き漏れが見受けられる。

 その描き漏れを指差して、ちょっと意地悪をするように聞いてみた。


「ここは後で描くのか?」

「へっ?」


「ほら、ここも描き漏れてるな(笑」

「あぁ~ 本当だ」


「女将さんから、型紙作りで描き漏れの話は聞かなかったのか?」

「聞いてません。手順を聞き出すので精一杯でした」


「そうか、9分割とか16分割の話は聞いてると思ったが⋯」

「何ですかそれ?」


 俺は作業中の箱の蓋を開け直して、2本のペンを取り出す。

 それを薄紙の張られた魔法円の上に、3分割するように横平行にかざしてサノスへ見せる。


「こうして見ると3分割だろ」

「えぇ」


 今度は2本のペンを縦平行にかざして見せる。


「あぁ、なるほど! さっきのと合わせて縦と横で分割すれば、9分割になるんですね」


 どうやらサノスは理解してきたようだ。


「木の枠に黒い糸を張ったゲージを作って、型紙の上にかざすんだよ」

「その1マス毎に描き漏れを調べるんですね」


「そうだ。1マス毎に描き漏れが無いかを確認して行くと良いぞ」

「なるほど~ これは良さそうです⋯ そうか! これなら型紙作りでも、魔素ペンを使って描く時でも、描き漏れが減らせますね」


 なんだろう。

 やけにサノスの勘が冴えている感じがする。


「サノスの家には『魔法円』はあるよな?」

「えぇ、水出しがあります」


「それを良く見てみろ。9分割で描かれたか16分割か、何となくだが見えてくるから」

「そういう物なんですか?」


「あぁ、分割枠を使って何回か模写を繰り返していると、そうした部分が見えてくるんだよ」

「へぇ~ 何回か面白いですね(笑」


「東町の魔道具屋の女将さんなんかは、一目でわかるだろうな(笑」

「師匠、その枠って簡単に作れるんですか?」


「簡単に作れるぞ。魔法学校では、魔法円の模写の授業で最初に作るんだ」

「へぇ~」


 そうした魔法学校時代の話をサノスにしながら、俺は考えて行く。


 魔法学校時代の授業内容を整理して、サノスへ指導して行くのが良い気がしてきた。

 バラバラと教えて行くよりは、俺が授業で学んだことを順番に教えて行けば、かなり良いペースでサノスは覚えて行きそうな気がする。


「じゃあ、お昼ごはんにしますね」


 サノスは薄紙で包んだ魔法円を棚へ片付けると、そそくさと台所へ向かう。


 俺も自分の作業中の箱を棚へ片付けながら、魔法学校時代の授業の時間割の行き先を思い出して行く。


 確か⋯ コンラッドに言われて使わなくなった教科書などは木箱に入れた記憶がある。

 その木箱をコンラッドが引き取って行った記憶があるぞ。


 よし、あの木箱をコンラッドがどうしたかを聞いてみよう。

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