16-2 天秤にすら掛けられない
新たに見つかった石扉の前、ワイアット達が集まる後ろ姿には、この石扉を開けることへの強い期待を感じる。
古代遺跡の中を一周歩いた俺だが、結果的に、隠し扉とか隠し部屋と呼べそうなものは、特に見当たらなかった。
だが、気になる事はある。
それは大広間を縁取る黒っぽい石だ。
いや、黒っぽい石が気になると言うよりは、あの『何かを越える』感覚が気になってはいる。
皆へ、あの『何かを越える』感覚について話してみるか?
俺が感じただけの出来事だから、それを皆へ話したとして、受け入れてくれるかはわからない。
俺に背を向け石扉の前に立つ皆が抱いているであろう優先順位を考える。
彼等にとっては、新たに見つかった石扉を開けることの方が、圧倒的に優先順位が高いだろう。
俺の感じた『何かを越える』と、彼らの石扉の奥への強い期待とでは、天秤にすら掛けられないだろう(笑
そんなことを思いながら、俺は3人へ声を掛けた。
「一通り、回ってきたぞ」
「おう、イチノス」
「どうだった?」
「何か見つかったか?」
皆が振り返って聞いてくる。
予想外なことに、皆は俺が何かを見つけることを期待していたようだ。
「残念ながら、何もないな(笑」
「そうか⋯」
「イチノスが見ても何も見つからずか⋯」
「う~ん やはりここに絞られたか⋯」
おいおい、俺が何かを見つけると本気で思っていたのか?(笑
「イチノス、どうするんだ?」
「開けるんだろ?」
「イチノス、頼めるよな?」
やはりと言うか、当然と言うか、皆の期待は石扉を開けることへ向かった。
「わかった。だが、開ける前に御茶を一杯飲もうぜ(笑」
(御茶が⋯)(先か⋯)
誰がとは言わないが、幾分不満そうな声が聞こえた気がする。
だが、喉が渇いている俺は、その声を聞かないことにして、御茶を淹れるための準備へ向かった。
◆
焚火の火は落ちようとしていたので、ブライアンが薪をくべ直して行く。
「今、細かい薪をくべたから、直ぐに湯が沸かせるぞ」
ブライアンの言葉に、少しでも早く御茶を済ませて石扉を開けたい思いを感じる。
それなら、更に早く湯が沸くようにと、ワイアットが貸してくれた鍋へ、水出しと湯沸かしの魔法円で、前もって湯温を高めた水を入れて行く。
ブライアンの思惑どおりに焚き火は直ぐに炎が増して行き、その炎に掛けた鍋から湯気が上がり始めた。
俺は御茶を飲もうと思ったのだが、アルフレッドが既に紅茶葉を準備して待っていた。
「なぁ、アルフレッド。どんなお宝だろうな?」
「ブライアン、それこそ開けてからのお楽しみだろ(笑」
アルフレッドが紅茶の葉を鍋へ入れながら、ブライアンの問い掛けに答える。
二人が石扉の先にあるだろう財宝への思いを口にしている。
そんな会話をする皆へ紅茶が渡ったところで、ワイアットが改めて聞いてきた。
「イチノス、あの石扉の魔法円は入口のと同じなのか?」
「いや、似てるが違うものだな」
「やはり違うんだな⋯ もう開けれるんだろ?」
「そうだな。ブライアンも取っ手を作ってくれたし、これを飲んだら皆で開けてみよう」
「おう。頼むぞ、イチノス」
「「うんうん」」
ワイアットの返しにアルフレッドとブライアンが強く頷く。
やはり皆は早く開けたいようだ。
それなら俺以外の3人で開けてもらうのも手だな。
あの石扉の魔法円は、4つの魔素注入口へ同時に魔素を流せば、砂化で石扉を開くことが出来る。
ワイアットが両手で、アルフレッドとブライアンが右手と左手で、それぞれ1つずつを担当すれば、4つの魔素注入口から魔素を流せる。
「何だったら、3人で開けても良いぞ(笑」
「えっ?!」「「?!」」
俺は半分冗談を込めて話したつもりだが、急に全員が驚きを込めた目で俺を見てきた。
どうしたんだ?
どうしてそんなに驚いた目で俺を見るんだ?
あの石扉の魔法円は、入口と違って4つの魔素注入口から魔素を流せば開けれるんだが⋯
あっ! あっ! あーっ!
俺は皆に説明してないじゃないか!
俺は新たな石扉について、どのように魔法円を描き換えたかを、皆に話していないじゃないか。
そもそも、あの石扉や魔法円が、どんな状態かを皆へ説明していない。
「イチノス! 「もう一度、言ってくれ」」
「俺達でも開けれるのか?!」
「す、すまん。皆にあの石扉について話してなかった⋯」
皆が食い付くように聞いてくる。
それに俺が答えると、ワイアットが普段は見せたことも無い顔で口を開いた。
「イチノス、何度も聞いてすまんが⋯ まずはあの石扉の状態を話してくれないか?」
「「うんうん」」
俺は皆からの理解を促すように、まずは入口との同じ点や違いを話して行くことにした。
「あの石扉の石板に刻まれた魔法円は、入口のと同じで石化の魔法円だったんだ」
「じゃあ、開ける時にはまた砂が出てくるのか?」
俺の説明にブライアンが問い返してくる。
「そうだな。入口と同じで湧き出た砂は、閉める時に使うだろうから集めておく必要があるな」
それに答えたところで、ワイアットが割り込んできた。
「イチノス。入口と同じなら、あれを開けた後で閉めることが出来るのか?」
「出来るぞ。入口と同じで閉めれるように描き直したよ」
そこまで答えると、3人が互いに顔を見合わせ小声で呟いた。
(おいおい、ワイアット⋯)
(なんだよ、話が違うぞ⋯)
(いや、待て待て⋯)
何だ? 話が違う?
何が違うんだ?
もしかして、俺の選んだ方法が間違っていたのか?
俺は石扉の石板に刻まれた魔法円を調べて、あの魔法円が使われていたであろう状態へ戻したんだが⋯
「イチノス、確認だが⋯ あの石扉はイチノス以外、例えば俺達でも開けれるのか?」
「開けれるぞ」
ワイアットの口ぶりに、若干、違和感を覚える。
俺は開け閉めして使われていたであろう魔法円と考えたから、その状態へ戻してみたんだが⋯
「それで、何か問題があるか?」
「いや、俺達でも開けれるとは思ってなかったし、後で閉めれるなんて考えて無かったんだ」
ん? どういう事だ?
もしかして俺の説明が足りてないのか?
「ワイアット、すまんが俺の説明が足りてなかったな。あの石扉は、元々は開け閉めして使われてたみたいなんだ」
そこまで伝えると、ブライアンが割り込んできた。
「イチノス、だとすると、あの取っ手の凹みはその昔に使われてたってことか?」
「俺はそう考えてるが⋯」
「なるほどな⋯ 確かに言われてみればそうかも知れんな」
「ブライアン、どういう事だ?」
今度はアルフレッドが割り込んできた。
「俺が作った取っ手は見ただろ? イチノスと一緒に石扉を調べた時に気付いたんだ」
「あの凹んだ石扉の取っ手だよな?」
「そうだ、ああして扉の本体に凹みで取っ手を作るのは、それなりに開け閉めする場合があるんだ」
「へぇー」「⋯⋯」
「後付けの取っ手だと、扉の重さに負けて壊れる可能性が高いだろ?」
ブライアンのアルフレッドへの説明は、説得力のあるものだ。
それにしても、ワイアットと俺の考えに差がありすぎる。
そもそも、どうしてワイアットはそんな考えをしてるんだ?
自分達で開けずに、俺が開けるとか⋯
また閉めれるのかとか⋯
待てよ⋯
もしかして⋯
「ワイアット、聞いて良いか?」
「何だ?」
「以前にサルタンの古代遺跡で、隠し部屋を開けたと言ったよな?」
「あぁ、これを手に入れた時の話だよな?」
そう言ってワイアットが腰の魔剣へ手を添える。
「そうだ。その時は、誰が開けたんだ?」
「誰が開けたって⋯ あの時に雇った魔導師が開けたぞ」
あぁ⋯ 話が繋がった気がする。
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